対決の前に

 ハイハダルの計算違いは、士気の落ちた配下の冒険者達の行き足の遅さだった。

 メルクトゥー国境手前で捉えるべく尻を叩いていたのだが、全く進まない。順調に領土拡大を進め、それを自分達の成果と鼻に掛けていた彼らは、ただ一度の敗北を経験しただけであからさまに士気が下がり、やる気の無さそうな態度を見せる。なのに幹部連から鼓舞の声が飛ぶ訳ではなく、叱咤の声しか聞こえてこない。

 更には、銀髪のデュナークに見下されて、聞えよがしに捨てて行けと貶される。彼らの士気は底無しに落ちていくばかりだ。


「どうなさいますか、ハイハダル様」

 幹部連の一人が問い掛けてくる。


 今の進み具合では国境までに冒険者ギルド一行は捉えきれない。翌朝、出発すれば一刻72分としない内にメルクトゥー国境まで辿り着くが、一行の姿さえ見えない。もしかしたら、既に国境を越えている可能性さえある。


「構わん。このまま国境を越える」

 街道上でギルド一行を捉えられれば良し。仮にどこかに逃げ込まれていれば、そのまま無視してザウバまで攻め上がれば良いとハイハダルは語った。

「内紛で弱ったメルクトゥーにはまともな戦力は無い。一気に攻め滅ぼしてザウバに籠る。メルクトゥーの民を人間の盾に使えば、北方三国連合軍も無茶は出来まい」

「さすがハイハダル様。そこまでお考えで」


 これほどの長駆遠征となれば連合軍の活動期間は限定される。諦めて軍を引いたところから立て直しを図ればいいだけの話だと蛮王は考えている。

 当面は北方三国の目は厳しいかもしれない。それなら目の向けどころを変えても良い。南部を押さえていれば西への道が開ける。潤っているというホルツレインを窺って軍資金集めに動くのも一手だ。

 十分に力を蓄えてから中隔地方の攻略に再び乗り出しても良い。それまでに配下の冒険者とは別に、軍の保有を考慮すべきだろうと今回の失敗で学んでいる。


 そんな風に都合の良い想像を膨らませていたハイハダルの前に、国境沿いに展開しているメルクトゥー軍三千の姿が在る。そして、その前にはくだんの九人の冒険者らしい姿もあった。


   ◇      ◇      ◇


(戸惑っているな)

 ガラハにも察せられる

(無理もない。どうせ国境も無視して雪崩れ込もうとしていたんだろうが、目の前には軍勢が待ち構えていたんだからな)


 昨夜はゆっくり休息の時を取る事が出来た。その時、ここまで同行してきた四人組がメルクトゥーで何をしたのか耳にする機会を得たのだ。


「それでお前達は、女王陛下に顔が利くって事か」

 特に自慢げにする様子も無い彼らには驚きを禁じ得ない。

「そうよ。私達にしてみれば契約通りに冒険者として力を貸しただけなのだけど、彼女は相当恩に感じているみたい」


(いや、それはありがたいだろうさ。これほど凄腕が戦闘の前面に立てば、そうは揺らがないだろ)

 従軍経験はないガラハにも、彼らが本気で正面戦力で立てば、どういう事が起こるかくらいは想像が付く。


「さすが伝説の英雄様はやる事がでっかいわね」

 ウィレンジーネが呆れ気味に茶々を入れると、オルディーナも続く。

「あたし達が変に意地張らなくても、ラダルフィーもけりが付いてたっぽい?」

「そんな事は有りませんよ。攪乱していなければ妨害が入っていたかもしれません。最悪、秘密裏に始末しようという動きが有ったとしても不思議ではありません」

 カイはそう言うが、彼らならそんなものは軽く一蹴しただろう。だがガラハ達ではどうなったか解らない。

「カイ、優しい」

「単に気を遣っただけではないですよ。僕は信条無き行動には結果は伴わないと思っています。貴方達が誇り有る冒険者として行動していたからこそ、ラダルフィーでも多くの笑顔が見れたのではないですか?」

「そうですね。私達は正しかった。だからこそ、今ここで後悔する事無く笑い合っていられるのだと思います。この経験を忘れないようにしましょうね?」

「おい、リーダーの台詞を持っていくんじゃない」

 ペストレルが導いた結論に、ガラハが半笑いで突っ込む。

「形無しね、ガラハ」

 彼らが寝静まるまで笑いが絶える事は無かった。


 そして、夜が空けて、蛮王を前にしているのである。


 強い恐怖感は覚えていないにしても、千五百もの冒険者集団を敵として前にすれば圧力は感じてしまう。


「これはちょっと辛いものが有るわね。足が震えて来そう」

 ウィレンジーネも現状を前に顔を顰めざるを得ない。

「問題は無いですよ。連中が見ているのは私達でなく後ろの三千もの兵です。軍相手に大敗したばかりではそう簡単に仕掛けて来れない筈ですから」

「ああ、ここに立っているのは俺達だけじゃない。透かして後ろを見ている」

 ペストレルが相手の心理を分析し、ガラハが後押しして仲間を勇気付ける。

「大丈夫よ。こっちにはの魔闘拳士も居るんだし」

「絶対、負けない」

 オルディーナもとチッタムも落ち着いてはいるようだ。

「そうですね。彼らが標的にしているのはきっと僕です」

 カイが不敵に笑いながらそう告げる。


 ラダルフィー軍はここを突破しないと背中から大軍の追撃を受けてしまう。しかし現状はペストレルが指摘したように軍と正面から当たる度胸は無いだろう。何とか敵軍を崩す手段が必要になる。

 そこで狙うべきはカイの存在だ。彼らが魔闘拳士を倒したとあればメルクトゥー軍に動揺が走り、普段通りに戦う事は適わなくなると考えるだろう。その為にはまず魔闘拳士を打ち倒すなり捕えるなりしなければならない。

 そう動くとカイは予想して見せた。そしてそれはいみじくも、カティーナがハイハダルにした進言と一致していた。


「なにゆえ我が覇道を阻むか、魔闘拳士! お前も生業としている冒険者の社会的地位の低さ、それを憂う我が思いを否定するか? それとも英雄と祭り上げられ、冒険者を下賎と見下すほどに増長したか?」

 ハイハダルはその場の全てに聞かせようと声を張り上げる。カイを選民主義者に貶めて、戦場の空気を自分側へ傾けようという狙いだろう。

「僕は決して冒険者を見下したりはしませんよ。それどころかこの職業に誇りを持っています。だってそうでしょう? 生まれ持った強い力で人々を守り、人々の役に立って、自らの矜持を満足させられる上にお金まで貰えるんですよ? こんなに素晴らしい仕事はなかなか無いじゃないですか」

 彼はなぜ分からないかと言うように両手を広げる。

「貴方がもし見下されていると感じているのだとしたら、それは貴方こそが相手を見下しているからでしょう? 自分はこんなに強いのに、自分が守ってやっているのに、なぜ皆は自分を敬わない? 弱くて守られないと生きていられないのに、なぜ自分を崇め奉らない? 心の奥でそんな風に考えているからです」

 その胸の内を代弁していると言うように、胸に手を当てポンポンと叩く。

「僕はそんな風には考えられません。もし僕みたいな危険な男が、強さを鼻に掛けて居丈高に振る舞えば、誰一人としてこちらを見てはくれなくなるでしょう。だから僕は一生懸命相手を見ます。どういう風にすれば相手が自分を好きになってくれるか一生懸命考えます。そうやって真摯に依頼者と向き合えば、快く受け入れてもらえるものです。お茶を御馳走になったりお菓子をご馳走になったり、時には心を包んでくださったりします。それは誠実の結果であって、依頼者と冒険者の関係はこうあるべきだと思います」

 ゆったりと往復しつつ指折り数えていたカイは、くるりと振り向きハイハダルを指差す。

「でも、貴方は向き合わなかった。依頼者とも自らの民とも。それは冒険者徽章にも玉座にも相応しくない者の振る舞いです」


「止めろ ── !」

 カイの長広舌を遮るように怒声が響く。

「止めろ止めろ止めろー! 貴様は……、貴様は英雄なんかじゃない!」

 肩で息をしながらデュナークが吠える。


「拳士なら拳で語れ!」

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