英雄信奉

 デュナークは強く英雄に憧れていた。絵本の中の英雄達は眩しく輝き、人々の中心に有り、感銘を与える存在だ。身体・精神ともに頑健で、苦境から人々を救い、悪を善しとしない。憧れだけでなく、そこへたどり着きたいと望んでいた。強さの先にそれが有ると信じていた。


 だからこそ彼には強固な理想像が有った。普段は温和で言葉少なく人々を見守り、いざ事有れば勇猛に先頭に立つ。それがデュナークの英雄像だ。

 しかし、目の前に現れた英雄と呼ばれる男はそれを打ち砕いた。流暢に詐欺師のように語り、細かい事をねちねちと批判し、物知り顔を向けてくる。彼にはそれが絶対に許せなかった。怒りが頂点に達して、目の前が真っ赤に染まる。


   ◇      ◇      ◇


「拳士なら拳で語れ!」

 剣を抜いて、鋭く指し示す。

「俺は貴様を英雄だなんて認めない!」

「僕は自らを英雄だなんて名乗った事など一度も有りませんよ? それを批判されてもお門違いだとしか答えられませんから」

「黙れ!」

 逆上したデュナークは剣を振り上げ闇雲に突進してくる。

「言葉でしか人を斬れない貴様など弱いに決まっている!」

「やれやれ、子供ですねぇ」

 已む無くカイは薙刀を取り出し、マルチガントレットの籠手で握った。


「デュナーク、魔闘拳士を押さえておけ!」

 ハイハダルは好機とばかりに動き出す。

「雑魚を仕留めて魔闘拳士を圧し包むぞ!」

「誰が雑魚ですって?」

 しかして、そこには剣呑な笑顔をたたえた美貌が青髪をなびかせている。

「フィノ」

「準備万端ですよぅ。爆炎星バーストノヴァ!」


 フィノのロッドの先の上空には直径50メック60cmは有りそうなオレンジの火球が形成され、冒険者軍団の後方で構成を編んでいた魔法士集団のほうへ放たれた。

 慌てて一部の魔法士が魔法散乱レジストを張るが、大火球はそれを飛び越えて地面に着弾すると巨大な爆発を引き起こす。


 爆心地に近く、爆炎に飲まれた数名の魔法士は一瞬で焼き尽され、周囲に居た者も灼熱の奔流に巻き込まれ、焦がされて戦闘不能に陥っていく。


(何だ、これ。ほとんど対軍団魔法クラスじゃないか? あんなに軽々と編み上げるとは)

 ペストレルは開いた口が塞がらない。


「ほらほら、呆けてないでゴミ掃除に行くわよ?」

「あ? ああ!」

「フィノの事はトゥリオに任せて上手に位置取りしなさい」

「トレル! 少し前に出るぞ!」


 ガラハの声でやっと目が覚めた気分になる。フィノはトゥリオの先導でもう前に駆け出していた。


   ◇      ◇      ◇


 鋭い斬撃が走り、長柄の武器で火花を散らす。青草を踏む音が続き、剣戟の音が周囲に響き渡る。


 後方で大きな爆炎が上がったというのに、遮二無二斬り掛かってくるデュナーク。

(確かに良い腕をしている)とカイは思う。


 しかし、彼が薙刀で捌ける程度だ。チャムには及ばない。彼が打ち込む隙さえ有る。斜め下からの斬撃を柄で弾き、そのまま足を払いに行くが機敏に後退する。大地を踏み蹴って反転すると、地を這うように接近した。

 鼻先に放たれた刀身を剣が払い、伸び上がって横様に剣閃が走るが、下から膝が迫っているのに気付き左手を添えて跳ね下がる。


 今度はカイが地を蹴り、鋭い突きを連続で放つと、デュナークは器用に捌きながら徐々に前に出る。

(いかんせん、強引過ぎる)

 連続で襲い来る斬撃や打突、そこを抜けても拳が待っていると解っているのに、崩しも掛けずに向かってくる。それだけ技量に自信が有るのだろうが、カイにしてみれば対処し易いと言えよう。


「無駄です。貴方の剣は僕には届きませんよ?」

 刀身を下から跳ね上げて出足を挫きながら忠告する。

「煩い! 黙って戦え!」

「貴方が僕の中に何を求めているのか知りません。ですが、戦ってそれが変えられる訳ではないでしょう? もし仮にここで僕が敗れたとしたって、絶対に生き方を変える事は有りませんよ? それくらいに貴方の剣からは、力が有っても心が伝わってこない。殺意も無ければ、僕を諫めようという意思も無い。それで人に影響を与えられると思いますか?」


 デュナークの剣は何も伝えて来ないのだ。まるでポイントを競う試合の最中のように感じてしまう。

 組手でさえ、相手がチャムであれば全然違う。彼女は色々と剣で語ってくる。


(そんな受け方したら、ここを攻めちゃうわよ?)

(絞りが甘いから、打ち込みが軽いのよ)

(崩しが足りないままに斬り込んできたら、隙が出来ちゃうわ)

(誘いが露骨過ぎると、次が読めるから)


 色んな意図の込められた剣閃が走る。剣戟の音だけが響いているのに、二人は非常に多くを語り合っている。そんな時は懐かしい思いに駆られる事も有る。カイは自分が、拳に於いても刀剣に於いても師匠に恵まれていると思えるのだ。

 もしかしたら目の前の銀髪の男には、そんな存在が居なかったのかもしれない。


 デュナークの回転数が上がって来る。次々と斬撃が襲ってくるが、質は下がってきている。雑になってきているのだ。怒りに飲まれかけているのだろうと思える。


「何かを成し遂げたいと思うなら、もっと向き合うべきです。剣とも自分とも。そして周りの人とも。人に理想を押し付けるのではなく、自分が追い求めなければ何も手には出来ませんよ? 夢を見るなとは言いません。僕だって夢も理想も何も捨てられませんから。まずはその為に何をすべきか考える事から始めてはどうですか?」

「綺麗事だ!」

 剣筋の荒れた斬撃を軽く弾いて、カイは踏み込み石突をデュナークの腹に突き込む。

「綺麗事ですよ。それの何が悪いんです。僕はいつも一生懸命手を伸ばしているんです。大人げないと指差されようとも、夢見がちだと笑われようとも、そこに手を伸ばします。誰かの持ち物を指を咥えて見ていても駄目です。自分で欲しがらなければ近付く事など出来はしないから」


 苦悶の表情を浮かべて見上げてくる銀髪に、(解りましたか?)と視線を送る。そして、刻み込むように右拳が左頬を打ち抜いた。


 弾け飛ぶように宙を舞ったデュナークは、数度地を跳ね、意識を失い転がった。


   ◇      ◇      ◇


 左右に陣取った魔法士から途切れなく魔法が襲い来る。


爆炎球バーストフレア!」

爆泡バブルボム!」


 装備の重い鈍重な者から戦闘不能に追い込まれていく。

 速度あしの有る者は抜けていくのだが、そこには青髪の女剣士が待っている。冴え冴えとした美貌に似合った、優美な曲線を描く剣が美しい剣閃を描き、或る者は腿を裂かれ或る者は足首の腱を断たれ、地をのた打ち回る。

 回り込もうとすれば両翼には黒髪の女剣士達が控えていて、足を止められる。するといつの間にか他の誰かが迫り、仕留められていってしまうのだ。


(こうも固いか? 混成パーティーに見えるが、やはり最初から手を組んでいたと見るべきか?)


 片や帝国から入ってきたと見られる者、片や西方から入ってきた見られる魔闘拳士。連携はしていないという結論に達していたハイハダルの頭を迷いが支配する。様子を窺うと、デュナークも魔闘拳士に翻弄されているのが確認出来た。


「カティーナ、ワクンカタムに準備させろ」

 最後の切り札である特殊魔法士の名を告げて、最終手段に出る算段を整える。

「陛下、あれ・・を他国の軍にぶつけるのは後々問題になるかもしれませんが?」

「この場を切り抜けなければ我々に浮かぶ瀬は無い。他にどこで使えと言う? なに、ここらで我が国の切り札を他国に見せつけておけば、後々示威行為の見せ札に使えるだろう?」

「解りました。そこまでお考えであれば……」

 カティーナの呼び掛けに答えて薄墨色のローブを纏った陰鬱な表情をした魔法士が進み出てくる。


 ワクンカタムと呼ばれたその魔法士は、ブツブツと何かを唱え始めたのだった。

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