追う者、追われる者

 ラダルフィー軍は負傷者を王都に街道にと点々と残して、冒険者ギルド一行を追跡して南下している。そして彼らも北方三国連合軍九千の追撃を受けている立場でもある。

 今更反転攻勢など望むべくもない。ハイハダルが率いている冒険者は既に千五百を切っているのである。この上は是が非でもギルド一行を捉えなければ浮かぶ瀬は無い。


「魔闘拳士か。選りに選って『無敵の銀爪』だとはな」

 デュナークの言葉によって、奇しくも南から入り込んできたパーティーの正体が判明した。西方で暴れ回っているという噂は耳に入って来ていたが、その存在がラダルフィーにまで波及するとは欠片も考えていなかったハイハダルである。

「稀代の英雄が、国に属さず冒険者に身をやつしているとは聞いていたが、それがここに来て関係して来るか?」

「遊び半分で冒険者をやっている者でしょう? 陛下の御心など理解は出来ますまい。冒険者の現実を知らず、我らの成す事など歯牙にも掛けずに夢のような理想ばかり唱えているのでしょうから」

 彼と付き合いの長いカティーナが慮って声を荒げてくれる。

「違う。あれは英雄じゃない」

「どうした、デュナーク」

「絶対に違う」

 彼は何か意固地になっている様子だ。癖が強く、思考に沈むと言葉も届かなくなるデュナークでは、聞き出すにも一苦労なので誰もが諦める。

「分が悪いか?」

「吟遊詩人の詩など誇張に彩られているものです。話半分以下だと思ってよろしいかと。人一人の武力で相手出来る人数など大きく見積もっても三桁に届けば良いほうでございましょう? 我らの戦力は千五百。押し包めば抗す術も有りはしません」

 彼女は何かにつけハイハダルを王として立ててくれる。彼の精神安定の為には、無くてはならない存在となってきていた。

「だろうな。その上で俺とお前やデュナークで相手すれば下せない事も無いだろう。かの魔闘拳士を倒したとなれば、俺の言葉を軽視できる国など無くなる筈だ。ラダルフィー王国を立て直すのも難しくはあるまい」

「仰せの通りかと」

「最悪はあれ・・を使っても良い。こんな僻地でならそう大きな被害も出ないだろう」

「陛下、出来得るならばあれ・・は本当に最期の手段とお考えくださいますように」

「解っている」


 事務官などの情報収集源は失ってしまったが、補佐してくれる者はまだ居る。無策で挑む必要など無いのだ。


   ◇      ◇      ◇


「相当南まで来てしまったが、当てはあるのか? メルクトゥー王国も今までの冒険者の蛮行を踏まえたら受け入れてくれるかどうかは解らない気がするが」

 国境が近く感じられるようになれば、ガラハの懸念ももっともだと言えよう。そんな意見が出れば冒険者ギルド職員達も不安を拭えない。

「国境付近にいるラダルフィーの冒険者だけ何とかしてくれれば、私が何とか交渉しよう。メルクトゥーの国境警備の兵でもギルド長の言葉であれば無下には出来ない筈だ」

 それはカイも納得できる話だ。ただ交渉相手が誰になるかは彼も思うところが有るのだが。


 二後。

 メルクトゥー国境を拝める所まできて、彼らは奇妙な光景に出会う事になった。


「何なの?」

 オルディーナが疑問に思うのも仕方ない。それは侵攻作戦の為に国境付近で待機していたのであろう冒険者達が這う這うの体で逃げ出していく姿だ。何の指示も受けては無いのも事実だろうが、彼らに対して一瞥もくれずに逃げ去っていった。

「あいつら、何から逃げて行っているの?」

「彼らでは手に負えない相手からですよ。どうやら出てきたみたいですね?」

「まさか? 幾ら何でも早過ぎねえか?」

「シャリアなら、その辺手抜かり無いんじゃない?」

「軍隊、居る」

 チャムのその予想は間違いないだろう。チッタムも遠見の魔法で確認したようだ。

「メルクトゥー軍が出てきているの?」

「そういう事ですぅ」

 フィノは何かを期待しているのか、目がキラキラとしている。


「魔闘拳士様!!」

 冒険者ギルド一行の姿を認めたメルクトゥー軍からは一台の馬車が進み出てきて、軽鎧を着けた女性が下りてくる。

「クエンタさん、なぜ貴女まで?」

「つれないお言葉……」

「国王自ら出陣するような状況ですか?」


 シャリアならば王都ラダルフィーに数名の間者は置いているだろうとは考えていた。その間者は王都の様子を逐一伝えていただろう。敗走してきたラダルフィー軍がそのまま南下してくる状況も察知していようが、それにしては動きが早過ぎる。

 情報を掴んでから軍を編成し、進軍してきたのではこの段階で国境間際に位置取ることは不可能だ。シャリアは北方三国同時侵攻の情報を得た段階で、軍の編成を始めていたのだとしか思えない。彼女の遠望あってこその現在の状況だと言えよう。


「待て。姉上は俺の将としての初陣を見守ってくださる為に出陣を決意なされたのだ」

「おや、もう解放していただいたのですね?」


 しっかりとした作りの鎧を纏って前に出てきたのはラガッシだった。話からして、将としてメルクトゥー王国に仕える形になったらしい。

 正規兵の、彼への忠心は高い。この起用は適材適所と言っても良いだろう。とは言え、まだ大きな権限を持たせるには不安は残るだろうが。


「まだラガッシに軍を任せる訳には参りませんから」

「……そう、ですか?」


(隠そうともせずに方便を)


 カイを前にしてクエンタは喜色満面だ。喜び勇んで出陣を主張したのだろう。シャリアがこの事態を予想して耳打ちしたのかもしれない。

「ともあれ、とりあえずは冒険者ギルドの方々を保護していただいても良いですか?」

「喜んで」

 差し招かれたギルド長が、クエンタの前に跪いた。

「貴国に於かれましても冒険者が大変なご迷惑をお掛けした事と思います。我らが対応にお憤りは御尤もと思いますが、どうか今はお慈悲をいただき職員の保護をお願い出来ませんでしょうか?」

「貴方がたに対して思うところが無いとは申せません。ですが、我が国を救ってくださったのも同じ冒険者であるそちらの魔闘拳士様でもあります。ここは水に流して当国での保護を認めましょう」

 後ろからシャリアの進言を受けたクエンタは、冒険者ギルドの対応に含みを持たせながらも彼らの要請を受け入れて恩を売る形で決着を見せようとする。

「ありがたき幸せ。陛下の御厚情、各地の冒険者ギルドには必ず報告させていただきたく思います」


 クエンタの言葉を受けて、ギルド長は冒険者ギルドが今後メルクトゥー王宮に対しての便宜を匂わせる台詞を送る。シャリアの思う壺なのだが、それはギルド長にしても飲み込んだ上での大人の対応である。

 既に国境を越えていた冒険者ギルド職員達は、兵の先導を受けて軍の後方に下がっていった。


「きっと来てくださると思っておりましたわ」

 いそいそとクエンタの側に寄っていったフィノが、女王付きメイドからお菓子の包みをもらってポリポリと齧っている。

「約束しましたからね。調べてみたのですが、思ったよりずいぶん荒れていましたよ。それももう半分終わっちゃってますけどね」

「こうなったら蛮王を完膚なきまでに叩きのめしてやる!」

「まあ、そう勢い込まずに。無理に戦争状態に入らなくとも、ここで国境線を抑えておくだけでも、北方三国の反攻に対する貢献度は十分に有りますから」

 シャリアの思惑に乗っておく。

「ふむ、釘付けにすれば後背を襲ってくれるという事か」

「はい、とりあえずは僕達で足留めしますから」

「では、最高の席で魔闘拳士様のご活躍を観戦させていただきますわ」


 クエンタはニッコリと微笑んで何の不安も無いように下がっていくのだった。

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