追跡の蛮王

 ハイハダルとて他国の本格侵攻を予見していなかった訳ではない。だが、十分に対処は出来るものと信じていたのである。組織立った動きをする軍隊は、それは脅威と言えよう。野盗の類ではそれは歯が立つまい。

 しかし、冒険者は違う。普通の人間には抗する術の無い災害としか思えないような魔獣相手でも戦える者達なのだから。それを日常としている戦士が揃えば軍隊など物の数ではないと考えていた。


 現実は違った。集団戦闘を専門とし、同等の身体強化の掛かった軍は容易に冒険者達を圧倒した。

 これまで配下の冒険者を国境を越えて投入し、村町を奪い取り続けられていたのは単なる僥倖だったのかと思う。が、それほど偶然が続くと思うほどハイハダルも間抜けではない。

 村町を背に戦う配下の者に、強引に攻め入って住民達に被害を出す訳にはいかなかった軍側の対応に思い至る事が出来ていなかっただけなのだと気付く。

 ならば今回も同じ事をやれば良いとハイハダルは考えた。ラダルフィーには住民もいれば各ギルド職員もいる。盾にするには事欠かないではないか。


 ところがハイハダルが目にしたのは、ギルド職員はもちろん半ば以上の住民が逃げ出した王都の姿だった。冒険者ギルドを確保すべく送り出した手の者は通りに転がされている。いかな彼も唖然とする。

 王都ラダルフィーに籠城する目論見だったハイハダルは考え直さざるを得なくなった。籠城したところで王都の街壁は、魔獣相手なら役に立っても軍勢相手となれば紙同然。


(焼かれる)


 それは当然の危惧。

 街並みは遮蔽物程度には役に立とうが、奇襲しようと潜めば火を放たれて終わる。彼は王都をも放棄する判断をするしかなかった。

 ギルド職員だけでも確保すべく、デュナークに二十の騎馬を付けて先行を指示するが、配下を引き連れて街道を南下したハイハダルの目に入ったのは、無造作に転がされている騎馬の者達とむっつりと座り込んでいるデュナークの姿だった。


「これはどういう事だ? 何が有った?」

 明らかに不機嫌そうなデュナークの応えはこうだった。

「こいつらが役に立たないからやられた」

「誰にやられたというのだ。メルクトゥー軍が入り込んできているという報告は聞いていないぞ?」

「冒険者ギルドの護衛」

「俺に逆らってギルドの護衛に付く者が居るだと? そんな奴は…」

 そこまで言ったハイハダルは、国内を掻き回してくれていた冒険者パーティーが二組も居た事を思い出す。

「まさか連中が? 何人居た?」

「九人」

「たった九人にむざむざやられたと言うのか?」

「違う。二人」

「何だと!? デュナーク、お前!」

 舐めて掛かって反撃を受けた可能性がハイハダルの頭をよぎる。

「……が居た」

「何が居たって?」

 銀髪の男の不機嫌は最高潮だ。

「魔闘拳士……」

「魔闘拳士、だと!?」


 ハイハダルは我が耳を疑う事になるのだった。


   ◇      ◇      ◇


 冒険者ギルド一行は意外とのんびりと南下の道を辿っている。逃避行とは言え無理が利くような顔触れではなく、特に女性が多い事でそう急かす訳にもいかないという部分もある。だが、最も彼らの心の支えになったのは、あの凄腕冒険者、銀髪のデュナークを一蹴した二人の冒険者の存在に有ろう。その心強さが、疲れが溜まってきているであろう女性達の顔にも笑顔をもたらせていた。


「やっぱりかっこいい」

 チッタムの憧憬の度は更に強まっていき、カイの視界に入ろうとうろうろそわそわと忙しない。ガラハ達は完全に見守ろうという態勢である。

「ねえねえ、わたし、役に立ってる?」

「ええ、細かい目配りが出来ていますし、勘も良いですからガラハさん達にとっては無くてはならないメンバーだと想いますよ」

「えへへ、嬉しい」

「でも、僕と居る時はサーチ魔法が有りますから、もっとゆっくりしていても良いんですよ?」

 カイの関心が買いたくて、彼女が頑張り過ぎないよう気遣いを見せる。

「カイ、優しい」

「そうよ。無理しないでいいから休める時は休みなさい」

「うん、ありがとう、チャム。でも、もっと役に立ちたい」

 正確に言うと、良いところを見せたい、だろう。

「わたし、フィノに習って少し治癒キュア使えるようになったの」


 努力している姿は皆が目にしている。以前の魔法講師が悪かったのか、フィノが優秀だったのか、両方かもしれないが、チッタムは少しずつ治癒キュアが使えるようになってきていた。


「癒してあげるから、怪我して?」

「え! 僕、怪我しなきゃいけないの!?」


 一行が笑いに包まれ、和やかな時間が訪れる。


   ◇      ◇      ◇


 持続型光輝ブリリアントを幾つか浮かべて光源を確保し、焚き火も熾して夕食にする。食料の供給は完全に二つのパーティー頼りになっている。


 彼らが特に高価な食材を保有している訳でも無いし金額的にも知れているのだが、これは依頼料と共に経費として支払いされる契約になっている。確かにカイ達は、調味料や香辛料はそれなりに値の張るものも取り揃えて遠慮なく使用もしているし、肉類に関しては中には市場では高価で取引される物も含まれてはいる。

 前者は購入した物だが、後者は自給品なので元手は掛かっていない。別に無償で提供しようが惜しくは無いのだが、彼らは冒険者ギルドとの距離感を不必要に近くしたくないという理由でそういう契約にしていた。


 何せ護衛対象は冒険者ギルド職員だ。査定の専門家も居れば経理の専門家も居る。使用される食材は事細かに記録され、後々の支払いに備えられていた。

 だが彼らの本心を言えば、見た目はともかく味は高級料理店に近い物を提供されれば、それに応じた金額を支払いたいと思っている者も少なくないのだった。


「ちょっと意外だったわよ。あなたが自制するとは思わなかったもの」

 食事中に投げ掛けられた台詞にカイはきょとんとする。

「自制? 僕が?」

「私はてっきりラダルフィーに残って蛮王を叩き潰すって言い出すかと思っていたの。だって連中の遣り口って民心を無視した強引なものだったでしょ? あなた、そういうの嫌いじゃない」

「そりゃ、好きか嫌いかって言われれば嫌いだよ。でも、実際には北方三国が立ち上がって蛮王の野望は潰えようとしているでしょ? それって僕がわざわざ手出し口出ししなくたって自浄作用が働いているように感じているんだよ。だったら静観するよ。危険に晒されそうな人は助けるけどね」

「要はお前がキレる前に北の国々の堪忍袋が先に切れちまったってだけだよな?」

「自分達で解決出来るなら自分達で解決したほうが良いってカイさんは考えているって事ですぅ?」

 顎に手をやって、どう説明したものかと思案するカイ。

「そうだねぇ。病気の時に薬を使えば時には劇的に効いてすぐに治るけど、何でもかんでも薬ばかり使っていると身体の自然治癒力は下がっていってしまうんだよ。それは身体の為には良くないんじゃないかって思わない?」

「そう言われればそうねぇ」

「ですぅ」

 そこでカイは一本指を立てて振って見せる。

「何よりさ、ここで僕が蛮王を倒してラダルフィー王国を終わらせちゃったりしたら、また新しく『王国潰しキングダムクラッシャー』なんて通り名が付いてしまいそうじゃない? それだけは絶対嫌!」

「有り得るな、高確率で。むしろもう呼ばれているんじゃねえか?」

「止めて」

 数の内に二つもの国を潰せば、遠からず付けられてもおかしくない異名だ。


 チャムとフィノは顔を見合わせて手を口に当て、ほくそ笑んでいるのだった。

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