流れ獣人

 ごうを形作る、昔ながらの部族生活を送る獣人が、郷を捨てると『流れ獣人』となる。その状態になった者は家名にもなる郷名を持たず、個人名だけの存在になってしまう。

 集落を捨てて移転したスーチ郷はそのままスーチ郷として存続するが、デデンテ郷にキイロオナガネコ連を残したレレム達シロネコ・ヤマシマネコ両連は郷を捨てた形となり、今は郷名を持たない流れ獣人である。


   ◇      ◇      ◇


 子株取りを終えて新獣人郷に戻った元デデンテ郷の狩人達は次のから子株の植え付け作業と周囲を囲う柵作りに汗を流し、ナーフス園を作り上げた。

 その後、レレムとその仔猫アムレ、ミルム達五人は新郷に残る民の見送りを受けつつ、新スーチ郷に移動する。レレムが同行したのは、ホルムトまで国王アルバートに挨拶に出向く為である。その為にカイ達はセイナから、ミルム達が乗る分とは別にセネル鳥せねるちょうを借り受けてきている。全て通常セネルだが、それなら放っておいてもパープルに着いてくるので楽なのだ。


 カイ達とミルム達はスーチ郷の群生地探索にも協力しなければならない。幸い、群生地は三ヶ所が近場に見つかり、一陽いちにちで探索は終えられた。やはり、あの研究所らしき遺構が近いだけあって、群生地の数も多いのだろうと思われる。

 新スーチ郷のナーフス園も出来上がって一陽いちにちだけ休養を挟むと、先に帰した職人たちを追うようにホルムトに向けて旅立つ。メンバーは、元の九人に加えてレレムとアムレ、ムジップと、カイに頼まれて同行するアサルト、ウィノ、アキュアル、ピルスの総勢十六名になった。

 残った者達は通常の生活に入る事になる。とは言っても、やる事といえば密林のごく浅い場所での狩猟と採集、ナーフスの子株の経過観察くらいのものだ。カイ達が残して行ってくれた小麦粉や芋が有れば余裕で一往36日は食い繋げられる。今後はナーフス園が出荷可能になるまで三巡18日置きくらいを目途に小麦粉などが送り届けられる段取りになっている。こちらは王国持ちだ。ナーフスの専売権と引換えだという考えの元、グラウドが予算を通した。


 マルテやアキュアルといった若い獣人達が起こす騒動に笑いの絶えない珍道中を経て、一行はホルムトに到着した。


   ◇      ◇      ◇


 ピルスは珍しく口を一文字に結んで、大人達の醸し出すピリピリとした雰囲気の中で目を真ん丸にしている。ゆったりと微笑むウィノが抱き上げていなければ、とうに泣き出していただろう。アキュアルでも、ずらりと居並ぶ近臣や騎士達から突き刺さる視線が物理的なものであるかのように感じられて無駄に構えてしまっている。

 彼女自身慣れた訳では無いのだがそれでも先人として獣人達を守るように、フィノは彼らの前に佇んで毅然として顔を上げている。


 ホルムトに入り、カイ達四人の先導で城門もくぐった獣人達は一時、アセッドゴーン邸に腰を落ち着けた。カイ自身が出向いて謁見の申請だけ行おうかとしていたのだが、快く出迎えた老執事が遣いを走らせて済ませてくれた。この老執事は未だに彼をこの家の子として扱ってくれる。カイが頭の上がらない数少ない人の内の一人だ。

 特に急ぎの重要案件ではない彼らの謁見は早くとも数陽すうじつ後との事であり、新たに訪れた獣人達にホルムト観光をさせてあげる時間は十分に取れる。

 そしてこの、彼らの姿は謁見の間に在った。


「遥か西の地より良く参った、獣人のともがらよ」

 国王アルバートは獣人族を同じ人類と捉えていると思わせる言葉を選ぶ。これまでのホルツレインを考えれば相当な譲歩であり配慮だと言える。

「お心遣い感謝いたします。厚かましくも御挨拶に上がらせていただきました、シロネコ・ヤマシマネコ連を率いております、レレムと申します」

「同じくスーチ郷を率いております、ムジップにございます、陛下」

「長の旅、苦労であった。レレム、ムジップ」

 笑顔で労う国王に、慇懃に頭を下げる二人。


 ムジップと名乗った初老の獣人が長だというのは解る。しかし、レレムと名乗った妙齢の獣人は長と呼ぶには若過ぎるように思える。だが紅玉の瞳の奥にある理性と理知の光は、とても神に見放されし蛮族などとは言えない。黒髪の青年に聞いていた為人は、過言ではないようだ。


「ありがとうございます。これより我ら獣人族、陛下の民に加えさせていただきたく存じます」

「良かろう。余が民として王国への貢献を望む」

 前以って二人には、王国の直轄領民になる事は伝えてある。

「御意に従います。つきましては幾つか陛下にお願いしたい儀がございます。お聞きいただけますでしょうか?」

「許す。何でも申せ」

「まずはわたくし達、元デデンテ郷の民。今は郷を捨て流れ獣人となっております。宜しければ陛下に新たな集落の名付けをお願いしたく思います」

「おお、なるほど。それは困っておろう。余で良いのか?」

 チラリとカイのほうを見て、彼らの恩人への気遣いを見せる。

「はい、是非に」

「うーむ、では『エレイン』を名乗るが良かろう。余が母の名だ」

「それは……、本当に宜しいので?」

 アルバートは鷹揚に頷く。

「これは光栄の極み。では今陽きょうよりわたくし達はエレイン郷を名乗らせていただきます」

 ホルツレイン初の新郷、エレイン郷の誕生である。


「まだ有るのであろう。遠慮は要らぬぞ」

 思わぬ結果に恐縮するレレムに、アルバートは気前良く訊く。彼らとの融和がもたらす利益を思えば近臣達も否やは無い。

「はい、では。御存じの事だとは思いますが、フリギアの獣人居留地は陛下の名誉騎士様に助言をいただき、大きな改革の時を迎えております」

 隣国の話を始めたレレムに、近臣達からはしわぶきが聞こえる。上機嫌の国王に妙な事を吹き込むなという意味であろう。

 しかし、レレムにとってはこの話は重要なのだ。圧力に負けて引ける場面ではない。

「次に来たりますは人口爆発だとわたくしは考えております」


 栄養状態が極めて良好になった獣人郷は間違い無く人口が増加する。だがその変化は本人達が思っているより急激に進むと彼女は考えている。

 高栄養の食事を摂るようになった彼らは、狩りや採集の効率も上がり好循環に入ったとは理解出来るが、それに浮かれるばかりで特に対応は考えないだろう。体力の充実で狩猟中の事故は減り、出生率は上がっていく。

 膨れ上がる人口は繁栄を意味するようで、狩場の困窮をもたらす。その対策に、獣人郷は『連分け』を行うしか無くなるだろう。新たな狩場に合わせて連から若者を集団で送り出し、纏めて新たな郷を作るのだ。その流れを止められないとレレムは予想している。


「その時、連分けされた冒険心豊かな若者達は新天地を求めて、国境を越えてくると思うのです。陛下に於かれましては、その者達をご寛恕いただけないものかとわたくしはお願いいたしたく存じます」

「ふむ、そなたの話は頷けるものだ。だがそれは制限無くとはいかん。我が国にも秩序というものがある。容易に曲げる訳にはいかぬものだ」

「それは我らも同様。接する郷の長の許しなく新たな郷は作られない掟がございます。新郷を望む者が現れれば都度、陛下にご報告し、ご許可をいただくよう取り計らいたく考えております」

 厳環境下で生き抜いてきた獣人族。掟を破る者はすぐさま排除され、野垂れ死ぬ定めだ。まず居ないと考えて良いだろう。

「ふむ、それなら問題無かろう。細かい取り決めは政務卿と詰めるが良い。どうだ?」

「お任せいただけるのであれば、こちらで差配いたします」

 グラウドが一礼して担当者となる事を受けた。


 ホルツレイン北部にも新しい風が吹き始める事だろう。

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