王宮の獣人達

 謁見は、ピリピリしたものを内に孕んだものの静かな雰囲気を保ったまま終了した。

 保守派にしてみれば腹立たしい事この上ない一事なのだろうが、アトラシア教会の件以来、公式に差別を口にするのを憚る風潮が強く、謁見の間での暴言は避けたのだと思われる。


「あんたは本当に肝が据わってるな。ムジップは緊張で喉もカラカラで何も喋れんかった」

「レレムも緊張していましたよ。それでも見守ってくださってましたから」

 雰囲気に当てられて未だにプルプルしているアムレを抱いたレレムは、後ろを進むカイのほうを見て小さく頭を下げる。

「立派でしたよ。僕の補助など不用でしたね?」


 彼はそう言うが、臣の列に睨みを利かせていたのを一部の者は気付いている。侮蔑の言葉など吐こうものなら覚悟してもらおうと言わんばかりの視線は物理的な圧力さえ伴っているかのようだった。


「残念ながら旧態依然とした思想は一部王宮に蔓延っているようで、どうにも」

「あまり気になさらないでください。フリギアが楽園という訳ではないのですから」


 確かにフリギアでも獣人が爵位を賜ったり国の要職に就く事は無い。それでも差別は少なく自由はある。そこまで持っていくのが第一歩だ。


   ◇      ◇      ◇


 国王アルバートの配慮で、それほどの規模ではないが歓迎の宴も開かれた。


 国王派に属する、主に若い貴族や出入り商人などが集まった席で軽装の堅苦しさの無い形式のもの。ミルム達五人が賑やかに入場した時こそ騒然となったが、彼らが蛮行に及ぶような事は無く、整然と料理を片付けに入ると話し掛ける者もポツポツと出始める。

 アサルトがウィノをエスコートして姿を現すと嬌声も上がった。極めて獣相が濃く、鋭利な雰囲気の相貌を持つアサルトは、少女達の目にはある種の美に映ったようだし、パーティードレスを纏ったウィノの艶やかさは誰の目にも明らかだった所為だろう。

 重責を終えて力の抜けたムジップはそれなりの風格を漂わせていた。そして次に現れた、白いドレスを纏ったレレムの純白の美しさと気品に溜息を吐く者が続出する。革新派を標榜する貴族の子弟達は次々と彼女に声を掛けるが、彼女が未亡人であり今は亡き夫への愛を未だ忘れられていないと知ると悲嘆の声を上げた。その話は逆に、恋を夢見る少女達の共感を買い、女の園が現出したりもしたが。


 そんな様子を静かに入場した冒険者達は眺めていたのだが、遠巻きに関心を集めている。それというのもカイが抱き上げている二人の獣人の子が原因だろう。三歳のまだ幼いアムレは獣相も色濃く、ほとんど直立する仔猫のようなものだ。

 そのアムレがカイの首に抱き付き丸くなっている様は非常に愛らしく、人目を惹き付ける。更に、やっと獣相が抜けつつあるピルスが屈託の無い笑顔を振り撒き、時に二人が手を繋ぎ合って笑い合っている姿には「可愛い!」という声が漏れ聞こえてくる。

 遅れて入ってきた王太子一家の内、王孫二人がそこへ更に加わる。その奇妙な状況にカイは零す。


「何で僕、結婚もしていないのに子だくさん子煩悩の父親みたいになってんの?」

「カイ兄様は良い父親になりそうですわ」

「父さま?」

「かい、いいにおいー」

「かい、しゅきー」

 口々に上がる意見に何とも言えない顔をする。

「兄ちゃんも形無しだな」

 アキュアルにまで笑われてしまう。


 一部の困惑を含みつつも、大きな騒動も無く宴は終わる。


   ◇      ◇      ◇


 その剣の切っ先は半円を描いており、剣身の刃も潰されている。こしらえは簡素だが、作りはしっかりしていて頑丈なように見えた。


 以前、頼み事を示唆されて、ずっと引っ掛かっていたガジッカがカイに問い質した結果、渡されたものだ。彼はその剣を幾本も取り出して、ガジッカを含めたミルム達五人に振って見て欲しいという。種類としては一般的な長剣に分類されるであろう長さの剣は、大柄なガジッカには少し物足りないと思わせる。

 短剣のみを武装として密林を活動の場としてきた彼らは、その意味するところは解らないままではあったが、それぞれが手に取り振ってみる。


「見た目ほど重くないんですよね」

「ペピンでも余裕」

 ミルムとペピンでも鋭い風切り音を立てて軽々と振るう。

「バウガルはどうにもしっくりきません」

「間合いがよく解らない」

 見よう見真似でバウガルとガジッカが振り下ろす剣は衝撃波を伴いそうな物騒な音を立てている。

「簡単にゃ。長いだけにゃ」

 そう言ったマルテは両手に剣を取り、小気味よく短剣のように振るう。

「危ないから止めて、マルテ」

「いや、それで正解なんだよ、きっと」

 顔を顰めてミルムが注意するが、カイはそれを制止する。

「無理に剣士みたいな振り方をする必要はないから、短剣を使うように振ってごらん。膂力が有って手首も握力も強い君達にはそう難しくないんじゃないかな?」

 思いもしなかった事を言われて、獣人達は顔を見合わせる。


 王宮練兵場の一画に陣取り、それぞれに両手持ちになった彼らは思い思いに剣を振るう。

 普段から鋭い攻撃を旨とし、全体の補助を務めるミルムだけはいつも通り片手持ち。しかし、先ほどと違って柄に両手は添えず片手のみで振っている。


「あれ、思ったほど違和感無い?」

「振れる」

「へっちゃらにゃ」

「問題無いかな? じゃあ師匠せんせいに稽古を付けてもらうと良いよ」

 指し示されたチャムは、やはりと思い失笑する。

「よろしくお願いします!」

 声を揃えて一礼する彼らに嫌とも言えない。


「ではミルムから」

 責任感か、いきなり前に出てきたのは縞毛を持つリーダーだ。

 半円の切っ先は突きを躊躇わせない。彼らが最も得意とするその突きは鋭さを失っていない。普通の剣士にはあまり見られないほどだ。


(その上にこの間合いな訳よね)

 伸びてくるそれは普段とは全く間合いが違うが、つい弾きにいってしまう。

(重い! やっと逸らせるだけで弾き切れない)


「やっ!」

 ミルムが掛け声と共に放つ連続突きを刃潰しの剣で捌き続ける。重い金属音が響き、問題無く逸らせることは出来るのだが、いつもほどの余裕は無い。彼らが使う剣と同じものを手にしようと思ったチャムだったが、カイの忠告でいつもの刃潰しの剣を手にしたのは正解だ。手慣れたバランスの剣でなければもっと苦労していただろう。

「はっ!」

 工夫の必要性を感じたのか、ミルムが薙ぎを加えてくる。


(つっ! 重っ! 何て力なのよ! 私だって手首は鍛えているのに)

 叩き落した筈の剣が、何てこと無いように跳ね上がってくる。

 数合の遣り取りを経て自信が付いてきたのか、振りは大きく大胆になってきた。基本的に受けに回っているが、それだけだと腕が持ちそうにない。

(受けきったとしても、この子達の体力相手じゃ押し負ける)


「頑張れ、ミルム!」

「いけるかも」

「押し込め!」

「目に物見せてやるにゃー!」


 五分に打ち合っているように見えてきた仲間達から声援が飛び始めた。傍目に見ても苦戦しているように見えるとは、チャムの剣士の矜持が疼き始める。そのままでは済ませられない。

 肘から突き出すようにしてストロークを増した剣でミルムの薙ぎを弾き続けると、困った彼女は得意な突きを織り交ぜてきた。その剣に、自らの剣を絡めてグルリと跳ね上げた。するとミルムの剣はその手を離れて回転すると、少し離れた地面に突き立った。


「握りが固すぎるわ。重さを意識しているんでしょうけど、加減はしなさい」

 偉そうに指摘するが、内心はホッとしている。何とか威厳は保つ事が出来た。


 しかし、彼女の後ろには四人も控えている。

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