双剣の猛攻
彼女にしてみては調子に乗ってしまったと思っているのか、反動でシュンとしてしまっているミルム。
「スジは悪くないんだよ。もしかしたら君が一番良かったかもしれないから、仲間の健闘を見ていてごらん」
そう言われて頭を撫でられた彼女は、意味が理解出来ずに不安げにカイを見る。力付けるように頷いてくるもう一人の師匠に、気を取り直すと正面を見据える。
「見てるにゃ、ミルム。
両手に剣を手にしたマルテの瞳が爛々と輝き始める。短剣を手に、圧倒的な
「行くにゃ ── ん!」
横薙ぎに走る剣を受けると耳障りな激しい金属音が鳴り、火花が散る。
(このバカ猫! なんて力なのよ!)
その一撃だけで腕が痺れそうな感触に顔を顰めるチャム。だがそれでは終わらない。右手の剣が引かれると左手の剣がすぐに迫る。
身を屈めてやり過ごすと、また右手の剣が追ってくる。刃筋に添わせて上に流すが、そのまた次の左。キリがない。
(獣人の膂力を最大限利用した剣圧に、この回転力。途切れない攻撃なんて冗談じゃないわ!)
回転して同方向からの連続攻撃が来るかと思えば、思い出したように切り返しの攻撃も来る。盾まで動員して防戦一方になる。更に横回転かと思えば縦回転にも変化もする。
重力も加えた斬り落としの重い攻撃に、地を削るように迫る変則軌道の斬り上げの剣。集中して受けたり流したりしていると、自分が相手しているのがたった二本ではなくもっと数多くの剣であるかのように錯覚さえしてくる。
これをやっているのはマルテであり、計算の上ではなく、本能だけでやっているのだから堪ったものじゃない。次に何をやってくるのか全く予想出来ないのだから質が悪い。
手首の返しだけで剣閃が変化を見せる。流そうとした刃が、自分の剣に食い付いてくる。そうなれば次の攻撃は盾で対処するしかない。盾の表面を刃が滑る擦過音が嫌な感触と共に去っていくと、次なる剣閃の動きを追わなければならない。マルテ相手に苦慮している自分に、チャムは歯噛みする。
様々な方向に回転するマルテの動きに合わせるように、二人の立ち位置はクルクルと代わる。チャムの視界もずっと変化しているのだが、一瞬だけ視界の隅に映ったカイが何かジェスチャーをしているのに気付いた。意識してもう一回確認すると、彼はしきりに自分の目を指差している。
(何!? 目? 良く見ろっていうの?)
そのままマルテに合わせていてはしっかり見る余裕は無い。摺り足で下がり、数撃の攻撃をスカして軌道を見る。
(これが見えないなんてどうかしているわ。そんなつもりはなくても少し熱くなっていたのかしら?)
自分の身の内の焦燥にやっと気付かされて、頭を掻きむしりたい気持ちになる。
確かにマルテの剣圧は強い。回転力も凄まじいし、軌道の変化も馬鹿にならない。しかし彼女の剣筋は立っていない。軌道に対して剣の角度にズレがある。
それは仕方のない事だと言えよう。何せマルテがまともに剣を振ったのは
それが分かれば対処の方法は変わってくる。真っ正直に受ける必要はない。
チャムは迫って来る剣筋を見極める。受ける剣の刃筋は立てたまま、相手の剣筋がズレた方向に寝かせる。すると振られる剣に込められた力は相手の剣には伝わらず、衝撃の瞬間にズレた方向に逃げてしまう。マルテのように剣圧の強い剣ならその傾向は尚更だ。普通に受けているように見えるのに、まるで弾き飛ばされているように感じるだろう。
受ける音の質も変わる。甲高く響いていた金属音が、重く鈍い音に変わる。力が逃げている所為だ。
「ず、ズルいにゃ! 魔法を使っているにゃ!」
異変に気付いたマルテは距離を取って文句を言ってくる。彼女は何が起こっているのか理解出来ないのだ。
「魔法は使っていないわ。私はそんな起動の早い魔法は使えないもの」
「嘘にゃ嘘にゃ! ズルだにゃー!」
「本当ですよ。魔法を使えばフィノには解りますぅ」
「むぅ」
距離を詰めて攻撃再開するが、状況は変わらない。マルテの剣は簡単に外に弾かれてしまう。こうなればチャムにも余裕が生まれてきて、軌道さえ見えてくる。
左上から斜めに斬り下ろされてくる剣には下から盾を突きあげて、剣腹に盾先を当てて弾き飛ばす。基本的に剣で捌きつつ盾でも弾き、少しずつ前に出ていく。激しく回転しているマルテは押し出されるように否応無く下げられる。そのままでは追い込まれるだけだと感じたマルテは、動揺で悪い癖が出始めてしまう。
大地を蹴り出して向かってくるマルテの剣は確かに速い。だが身体が浮いてしまっている状態でその剣を弾かれてしまえばどうなるか? 踏ん張りが利かない身体は弾かれたほうに泳いで流れる。それはどうしようもなく決定的な隙でしかない。チャムは手首を返すと、剣腹で彼女のお尻を強かに叩く。べちゃリと地面に潰れるマルテ。
すぐに立ち上がって突っ掛かっていくが、既に取り戻しようのない状態になってしまっている。そこからのマルテの行動はちぐはぐで、簡単にあしらわれてしまう。
「そこまで。終わりだよ、マルテ」
「うみゅ ── 」
悔しさに、目に涙を浮かべる彼女を隣に座らせ、なぜ負けたか説明に入る。剣を振る方向に合わせて剣の筋を揃えなければ意味が無い。剣筋を立てるという行為だ。
今、チャムと対峙しているペピンの動きをよく観察させる。彼女の剣筋はマルテよりは立っていると言えよう。しかし、速度と大胆さでマルテに劣る。速度と手数が減れば、それを捌くチャムの負担も少なくなり、かなり余裕を持って対処しているようだ。
「解る? 剣を振る時は刃先に力を集中させる為に、剣の筋も綺麗に通さなきゃいけないんだよ。出来るようになるまでは素振りを頑張るしかないかな?」
「やるにゃ。負けたままは嫌にゃ」
短剣なら突きが主になるし、後は押し当てて引き斬るのが普通だ。だが剣は違う。しっかりと振って薙ぎ斬るのも主な攻撃方法になる。
「それじゃ、ミルムが一番良かったというのは?」
「そう。君は鋭さを追い求める戦い方を続けてきたから、経験則として剣筋を立てる方法を身に着けていた。かなりいい感じで振れていたんだ。だからチャムは君に手こずったし、マルテも同じくらい使えるんじゃないかと思って幻惑された」
「ミルムが一番最初に組んだから、チャムさんは戸惑ったんですか?」
「それで受けに回って結果的に振り回されてマルテの剣筋の悪さに気付けなかった」
二人は手元の剣の柄を握る手に力を入れたり緩めたりして確かめている。剣の柄の断面は楕円形をしていて、握りだけで剣の筋を確認せずとも判るように出来ている。振りと剣筋を合わせられるよう身体に染み込ませるのが素振りだ。
棍棒なら重心の位置を意識するだけで、振れば効果を発揮してくれる。だがきちんと振らなければ最大限の効果を発揮出来ないのが「剣」という武器だ。それだけに攻撃力は絶大なのだが。
続いてあしらわれたペピンを迎えつつ、自分達が手にしている物の意味を知っていく獣人達だった。
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