黒狼の剣

 ペピンまでは順当にいなしたチャムだが、相手がバウガル、ガジッカとなると簡単にはいかない。純粋に剣圧だけでも男子組は大きく跳ね上がるのだ。剣筋は決して良くはない為、弾く事は出来るのだが、弾いたとしてもかなりの衝撃が腕を襲う。衝撃音もズシリと重く、彼女が顔を顰める場面も少なくない。

 それでもバウガルの剣もガジッカの剣もチャムには届かなかった。それは明らかに技量と経験の差がものを言っただけの結果である。もし、相手がただの一線級冒険者だったならば獣人達は圧倒していたかもしれない。騎士達でも上位の者でなければ互角が良いところだったろう。彼らが剣の振り方を覚えた時の事を思うと少々頭が痛いチャムだ。


 疲労を隠し切れないチャムが、獣人達が車座になって強くなる努力に関する議論をしている所まで戻ってくると、カイの傍らでアキュアルが物欲しそうに訓練剣を眺めまわしている。


「良いわよ、アキュアル。君一人くらいなら相手してあげるわ」

「本当!?」

 嬉しそうに顔を輝かせる彼に微笑ましい気持ちがチャムの中に生まれる。

「いや、アキュアルの相手は僕がしよう」

「うん? そんなにヘトヘトって訳じゃないわよ?」

「まあ、いいから」

「兄ちゃんが見てくれるの? やった!」

「使うのは一本だけにするんだよ」

「うん!」

 本人が喜んでいるので任せようかとチャムは思う。


 広い場所に出たカイは普通にマルチガントレットを両手に装備する。それを見たチャムは疑問に思う。アキュアルの剣は一本だけ。片手で遊んでやるだけかと思っていたのだ。

「アキュアル、君はちゃんと両手で柄を握るんだ。持ち方は解るね?」

「大丈夫!」

 まだ身体の小さい彼には訓練剣は長過ぎ、そして重過ぎる。持たせたら大剣であるかのように見えてしまう。当然の忠告だと思っていた。アキュアルがカイと打ち合い始めるまでは。


 綺麗に空気を切り裂く音が鳴り、剣閃がマルチガントレットで受けられると美しい金属音が奏でられる。

(え!? ちょっと待って? 嘘!)

 アキュアルが剣を振るい、カイが受けたり爪先で逸らせたりしつつ後退していく。カイは円弧を描くように後退し、それを追うようにアキュアルが真剣そのもので剣を振りながら追随する。

 その様を驚愕の表情で見ているのはチャムとトゥリオだ。ミルム達も異変には気付いているようだが、ハッキリとした違いは見て取れていない。


(見事に剣筋が立ってる!? この子だって今陽きょう初めて剣を手にした筈よ!)

 チャムはトゥリオと顔を見合わせて信じられないという思いを共有する。


「素晴らしいね。綺麗な剣筋だ。頑張ったね」

「そうかな? アキュアルはちゃんと振れてる?」

「十分だよ。予想以上だ。大変だっただろう?」

「ううん。アサルトは良いお師匠様だから」

 二人とも笑顔で組んでいる。アキュアルは息も切らしていない。体力的にも鍛えられているようだ。


「驚きね」

「そうだろう。しっかり鍛えたからな」

 背後からの声に振り向くと、アサルトがウィノを伴って歩み寄ってきている。ピルスはウィノの腕の中で兄に声援を送る。


 今になって初めて解る。カイはこれを想定していたのだ。普通の状態ならチャムでも受け切れるだろう。だが五人を相手して疲れた状態で、綺麗に振れている鋭い剣閃を受け切るのは難しかったかもしれない。

 実際に、目を見張るような攻撃が走り、マルチガントレットに弾かれ打ち落とされている。それでも剣筋が通っている分だけ反動は小さく、アキュアルが手を痺れさせる事は無いようだ。


「なるほどね。あなたは子供でもあんな風に仕上げちゃうのね」

「当然だ。きちんと仕込んでやらねば、刃物など持たせられん」

 こういうところはカイに似ていると思う。トゥリオの剣筋が整うまでは、彼も決して斬れる剣を渡そうとはしなかった。逆に危ないからだ。

 持たせるならちゃんと振らせる。論理的だとは言え、本人にはなかなかに厳しい道になる。


「見事に仕上がっているね。君は刃物の振り方を正しく理解している。そのまま成長すると、ちょっと怖い事になりそうだ」

「油断させようとしたってダメだよ。アキュアルに生き方を見せたのは兄ちゃんなんだから。いつか兄ちゃんと同じ所まで行くんだ」

「素直に感心しているだけだよ。君が手抜きするタイプじゃないって知っているからね」


 アキュアルの剣は真っ正直な剣だ。小細工は含まれていない。だが目標の向こうまで斬り抜くような鋭さは比類を見ないほど。(今はこれで良い)とカイは思う。

 正直過ぎて受けやすい剣だが、小手先の技はもう少し経ってから身に着ければいい。それはアサルトからも学ぶだろうし、いずれ自分からも盗んでいくだろう。


 銀色の爪先に剣腹を払われた剣は、地面に食い込む事無く刃を返して空間を切り裂く。その切っ先はカイの腰辺りから入って胸を通り頬を掠めるように抜けていく。平均して保たれる距離は2~3メック2.4~3.6cm。二人の距離は剣の組手のそれではない。アキュアルの磨かれた軌道とカイの見切りが実現した距離だ。それを美しいと見るか恐ろしいと見るかは、見る者の心得次第と言えた。剣を持ち続けた者はその美しさを羨ましいと感じるだろう。

 振り下ろし、突き、払いと流れるようなコンビネーションを躱されたアキュアルが見上げると、カイが視線を合わせて彼の手首に右のマルチガントレットが添えられ「このくらいにしておこうか?」と声が掛けられた。アキュアルは頷くと剣を下げて「ふう」と息を吐く。それなりに緊張はしていたらしい。


「どうです? 彼らを買いませんか?」

 横に少し身を返してカイが誰かに声を掛けた事で、アキュアルはやっと近付いてくる人物に気付く。煌びやかな騎士に囲まれた人物は、先陽せんじつ玉座に掛けていた人だ。

「見せてもらった。うむ、確かに悪くない」

「全くの素人でこんな感じです。彼らが剣の振り方を覚えるとこの子みたいになるんですよ?」

 肩に手を掛けられて押されて前の出たアキュアルは戸惑い、拳士の顔を見上げる。

 国王アルバートその人の後には、宴でこの国の次の王様になる人だと紹介された人物とその家族が続いている。

「陛下、私はこれは買いだと思いますよ。彼らの潜在能力は測り知れません。磨けばすぐに輝き始める事でしょう」

「遠見の魔法で見させてもらっていた。ブラックメダル冒険者を手こずらせるほどの力。それが原石に過ぎぬと言われれば食指が動こうというものよのう」

 見られていたと聞いて顔に手を当てて(あちゃー)となっているチャムは、気を取り直してカイを睨む。

「ちゃんと説明しなさい。みんなポカーンとしているじゃないの?」

「そうだね」


 カイは、皆の合意が得られれば獣人騎士団を作り出したいと考えている。その立ち位置は近衛に近いのが理想だとも思っている。

 無論、彼らが分隊として機能してこそ最大戦闘能力を発揮するのは間違いない。しかし、単独でも人族を軽く凌駕する戦闘力を有する彼らであれば、要となる防衛力としても十分に機能してくれるだろう。

 特に女性近くに控える護衛騎士としては最適かもしれない。男性の騎士が入れない場所は多数有る。今も鍛えられた女性近衛騎士が付いてはいるが、戦力的に一段劣るのは否めない。

 それが獣人騎士に変わったらどうだろう? 女性でありながら人族男性を圧倒するほどの膂力の持ち主であれば、押し負ける事もまず無くなる。それは大きな安心感に繋がると思える。


「じゃあ、次に彼らを束ねる隊長候補の腕前を見ていただきましょう」


 そう言いながら、魔闘拳士は狼頭の戦士を指し示す。

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