最強対最強

(最初から全力全開な訳ね)


 屈伸運動を始めとした各所のストレッチを改めて念入りにしているカイを見て、チャムはそう思う。

 確かに両手ナイフの狼頭の戦士に自分は後れを取っている。そのアサルトが今陽きょうは両手剣を装備するのだ。彼自身、数度は剣を使った事が有るらしい。間合いを考えれば戦闘能力は数倍に跳ね上がっているのではないかと思える。

 カイの行動を見れば、彼がアサルトの技量をどう評価しているかは一目瞭然だ。それでも、真剣で構わないと言う彼を制止して普通の刃潰しの剣にさせたのは良い判断だったと思う。切っ先は鋭いままでも多少はマシな筈だ。


 試合を受けたアサルトは自然体で剣を下げて対峙している。対するカイからは、薄く呼吸音が聞こえてくる。それが空手の息吹だとはチャムにも解らなかったが、呼吸を整えて身体から無駄な力を一切排除し、集中しているのは理解出来る。

 強く地を蹴ったカイは身体を浮き上がらせず、地を滑るように間合いを詰める。それは「瞬動」や「縮地」などと呼ばれる歩法。素人であれば瞬間移動したかのように見える移動法だ。

 急接近したカイに、全くと言っていいほど挙動を見せずに剣が走る。衝撃波さえ伴う速度で振り切られた剣は拳士を斬り裂いたかのように見えるが、そこにはもう標的の姿はない。頭の中で警鐘が響いたアサルトは無意識に上体を反らせる。そこを空気を裂く音をも鳴らせて足刀が突き抜ける。伸び上がった足は明らかな隙になる筈なのに、斬り掛かる気にならない。摺り足で退くと、頭の有った位置を踵が刈り取っていく。留まるか踏み込むかしていれば、後頭部に致命的な一撃が決まっていただろう。


 黒髪の拳士が相当の腕だとは出会った瞬間に解った。言動や身の熟し以前に、強者の雰囲気を嗅ぎ取っている。彼が『魔闘拳士』だと知ったのは後になっての事だ。スーチ郷を出入りする商人が、この辺りも魔闘拳士が通った筈だと話しているのを聞いて、彼以外は思い当たらなかったのだ。獣人郷ではそうと名乗らなかったカイだがそんな形で噂は広まっている。

 自分にアキュアルを託した人物が伝説の英雄だと聞いて納得はいく。タテガミクロオオカミの少年はきっちりと地に足を付けた戦いが出来るように鍛えられていた。

 この幼い少年の生い立ちを聞くと真面目に鍛錬に取り組んできたのだろうとは思うが、指導者にも相当の心得が無ければこうはならない。獣人の身体能力を見れば、派手な動きも見逃しがちになってしまうからだ。

 その、無敵と噂される拳士が自分の前に立っている。油断など欠片も無い。


 慣れてきたのか、アサルトの両手の剣が連動して動き始める。そうなると間合いの短い拳士は、身体を滑り込ませる隙間が失われていく。躱すという選択肢が潰されてしまうのだ。次に考える事は、どうやって剣士の手を止めさせるかになる。

 ここまで盛んに仕掛けていたカイがスッと手を下げる。それで待つ訳ではない。穏やかに歩を進めて間合いを詰めていく。懐に入らせるのは得策でない狼頭の剣士の双剣がふわりと動く。中段まで上がったかと思えば、掻き消えたように切っ先がカイに向かって走るが衝突音とともに弾けた。

 彼は動いていないかのように見えるが、中間の距離で火花が散ったところを見ると迎え撃ったのだと解る。


 数合が弾かれると、アサルトの剣の軌道が変わってきた。穴を見つけるかのように様々な角度から剣が襲い来る。しかし、カイを中心に不可視の防御壁が半球を形作るように火花が散る。爪先が届く範囲から内側には剣を入れられない。

 その距離では見切られているという意味だ。カイがニケアにも見せた技巧。それは剣士に打ち込みを躊躇わせる一つの布石になる。


 両手の剣を中段に、右足を半歩前に肩幅に開いて悠然と立っていたアサルトの腰が下がる。頭の位置がぐっと下がると、右脇から猛烈な突きが飛んでくる。爪先の距離に届くと外に弾かれるが、右を引く力も利用するように左が突き込まれる。これも弾かれるが振り子のように再びの右。これが繰り返される内に、突く剣が寝かされていく。すると火花が散る位置が徐々にカイに寄っていく。それがこの技の弱点なのだ。

 カイは、薙ぐ、或いは突く剣の切っ先の横を銀爪で突き弾いている。横薙ぎならば、突き上げたり落としたりすれば軌道は逸れる。しかし突きとなると話は変わってくる。寝かされた突きを上下に逸らそうとすれば、軽く弾くだけでは逸らし切れない。強く押し続けなければならないとなると引き込まないといけないし、対処できる手も制限される。結果、長く火花は散り続け、切っ先は深く突き込まれる。

 ゆっくりと歩を進めていたカイは立ち止まり、逆に足を引く。そうなるとアサルトはジリジリと前に詰め始める。攻守逆転したかの遣り取りはカイが右の突きを右拳で叩き落し、そのまま肘を飛ばしてきた事で形を変化させていく。


 ほぼ密接状態での打ち合いが始まった。本来その距離は拳士の距離だ。全ての拳が届く位置で、拳士の回転力に敵う剣士などそうはいない。

 普通の剣士なら相手に柄を叩き込むのが精々になる。ところがアサルトは一瞬剣を手放すと瞬時に逆手に持ち替えて上体を捻って刃を走らせる。膝から沈んだカイの頭頂の毛が数本吹き飛んだ。


(まともじゃない。刃潰しの剣で髪の毛を切り飛ばせる?だから真剣でも良いって言ったんだよ。結局同じ事なんだから)


 それは短剣ナイフの振り方だ。ショートソード程度ならともかく逆手でロングソードをそれだけの速度で振り抜けるなんて非常識もいいところ。獣人の膂力に合わせて、剣筋を綺麗に立てる技量、自らの身体を思い通りに動かせるようにする鍛錬、全てが揃って初めて実現する斬撃と言えよう。だからと言って怖れて退くなど有り得ない。この距離でなければカイの決定打は届かないから。


 見上げると逆手の柄が落ちてきている。その後には刃筋が続いてくる。距離を稼ぐ為に更に上体を地に伏せさせるように落とすと、左足を跳ね上げて柄を蹴り上げる。反動で蹴り足を下すと次の斬撃が迫る前にその場で回転して右肘を脇腹に打ち込む。それに気付いたアサルトは斬撃を止めて、肘に肘を当ててきた。鈍い音が響いて肘同士が打ち合わされる。


   ◇      ◇      ◇


(痛っ!)


 見ているだけでそう思えてくるほどの激突だった。

 観戦者でさえ身の縮こまるような戦いだ。ほぼ零距離の打ち合いである。もし真剣でそんな事を続けていたら幾つ命が有っても足りないように思える。それでも二人は離れる事無く打ち合っている。


 低い体勢のカイにアサルトが膝を突き上げる。顎に吸い込まれるかのように見えたそれは、拳士の顎の数テルメック数mm先を通り過ぎていく。突き上げた膝をカイの掌底が打ち払い、その勢いのまま回転して回し蹴りが跳ね上がる。その足刀を躱して僅かに身を退いたアサルトに、連続で前回し蹴りが迫る。柄で打ち払おうにも脚力と腕力では比較にならない。アサルトが選択したのは同等の力だったのだろうとチャムは思う。


「ゴヅン!」


(いった ── い!)

 打ち合わされた脛同士が立てた派手な音に、さすがの彼女も目を瞑って顔を顰める。その痛みを想像しただけで背筋がゾクゾクする。

 しかし、彼らはすぐに足を下すと、アサルトが放った斬撃をマルチガントレットが受け、風切り音を鳴らせて打ち放たれた拳を柄元の剣腹で受け止める。


 いつ終わるとも知れないような打ち合いに、観戦者も魅入られたようになってしまう。

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