ゼプルの遺構

 フィノの話に耳を傾けていたカイだが、その情報には引っ掛かる。


「フィノ、ちょっと聞いても良い?」

「はい、どうぞ」

「『ゼプル』って読み取れたって事は、その皮紙には君達が読める文字が書いてあった訳なんだね?」

「え!? ……あ! はい! そう書いてありました」


 フィノはすぐに察したらしい。彼女もカイが異世界人だと知ってから、出会う以前の深い話も聞いている。遠話器の話に絡めてダッタン遺跡の事も聞き及んでおり、彼がゼプルの遺構を転移者の遺跡と比較して正体を見極めようとしていると気付いた。


「昔の資料で読んだ遺構の構造と類似点が各所に見られますぅ。ですからこれはゼプルの遺構で間違いないかと? その……、カイさんが思っているような物ではないと思いますぅ」

「みたいだね」

 彼の心情を慮ってか上目遣いで窺うように言ってくるが、特に気にしていないようなカイにホッとするフィノ。

「ゼプルと神使の一族は違うのかな?」

「御覧のようにゼプルの遺構は、一様に魔法が用いられている形跡が無いのが特徴ですぅ。高度な魔法技術を誇ったと言われる神使の一族とゼプルを関連付けるのはちょっと難しいですぅ。でもゼプルはさっきも言ったように何が何だか解らない存在ですし、神使の一族の関連資料は多いんですけど史実なのかおとぎ話なのか選別するのも困難な代物が多くて、得体の知れなさは似たようなものですし」

 どうにも雲を掴むような話に、結論は遥か遠くにも見えない気がして苦笑いする。

「議論は無駄っぽいね?」

「お役に立てず申し訳ないですぅ」

「とんでもない。面白い話だったよ。それに、この施設が何だったかは分かるからね」

「え、本当ですか!?」

 予想外の話の流れにフィノは面喰ってしまう。


「これはね、研究施設だったんだよ」

 彼が推測する施設の目的を語り始める。

「そもそも、ナーフスにだって種は有ったのさ」


 ナーフスの原種はそれなりの大きさの種を持ち、そこに栄養を奪われる実は太りが悪かったのだろうとカイは言う。そんな原種の中に、或る時突然変異で種の無いナーフスが現れた。そのナーフスは種が無い分太りが良く、食べられる部分も多くて味も良かった。


「それを発見した人はどう考えると思う?」

「そりゃ種の無いナーフスのほうが良いに決まってるぜ」

「そうにゃ。美味しいほうが良いにゃ」

 察しの良いフィノは導入から結論が見えたらしく言葉を挟んでこない。

「そうだね。種無しナーフスを増やしたいって思うよね?」


 その突然変異のナーフスを大事に育てて、子孫を増やすのが簡単な方法だ。しかし種無しナーフスだけに子孫を増やす方法が解らない。試行錯誤の結果、子株(吸芽)の存在には気付いただろう。だが、その方法だと子孫を増やすのにかなりの時間を要するのにも気付いてしまう。


「それに気付いた人は、もっとそのナーフスを深く調べて、人為的に種無しナーフスを作り出せないかと考えたんじゃないかと思う」

 そして研究した結果、種無しナーフスが三倍体という特殊な種類のナーフスなのだと解明する。次にその三倍体を作り出す研究を始めた。その為の研究施設がこの遺構なのではないかとカイは言うのだ。

「その研究は成功したのか?」

「その答えはここに在るよね?」

 彼は手を広げて周囲の大群生地を示す。

「なるほどな」


「最初の種無しナーフスを発見したのがゼプルだったんでしょうか?」

 好奇心に駆られたフィノが訊いてくる。

「確証は無いけど、状況を見るとそうじゃないかな?」

「その三倍体っていうのを人為的に作り出す技術ってとんでもなくないですか?」

「そうだね。植物や動物の仕組みに関して相当研究していたんだと思うよ。そうじゃないとこうはならない」


 カイは獣人郷で調べたバナナの知識を思い出す。地球のバナナは気長に子孫を増やして世界中に広まったものだが、三倍体を人為的に作り出す技術も存在する。それは近代技術ではあるが、動植物に応用すると、子孫は残せないものの巨大に成長する産物を生み出せる技術だ。応用範囲は広い。


「そして彼らはもう一歩考えを進めたんだと思う」

 単一種では病気などに侵されて壊滅的打撃を受ける可能性は否めない。更に種無しナーフスを進化させるべく、病害虫に強くなる因子を組み込んで実験を重ねたのではなかろうか。

「そのナーフスを各地に移植して回ったんじゃないかと思う。それが獣人居留地に見られる群生地じゃないかな? たぶん色んな環境下での成長記録を取ろうとしていた」

「にゃっ! その人達は美味しいナーフスを分けてくれたのにゃ。良い人達にゃ」

「良かったね。その人達に感謝しなくちゃね?」

「するにゃ!」


(別にマルテに食べさせてあげたくて作った訳じゃないんだろうけどさ)

 まあ、本人がそれで良いなら構わないだろう。


「なぜ、それほどの技術力を持った人々が今繁栄していないのか、理解に苦しみますぅ」

 バウガルが採ってきてくれたナーフスをしげしげと眺めながらフィノは零す。

「それだけは僕にもさっぱりだね。文明は様々な理由で栄枯盛衰を繰り返すから」

「動植物の性質を捻じ曲げるなんて神の領域だろ? 天罰が下ったんじゃねえか?」

「人は少なからず環境を変える生き物だよ。有用なものを大切にし、有害なものを排除する。他の生物と比較すれば、それは徹底している。どれが神の禁忌とやらに触れるのか解らないんじゃない?」

「そう言われると返す言葉もねえがな」

 トゥリオはすぐに降参してしまう。

「そこを突き詰めると魔獣も狩れなくなっちまう」

 ニヤリと笑うカイに、仕方ないなとばかりに笑い返す。


 子株は順調に集まり、それを反転リングの袋に詰め込んでいった。やはり結構な量になって冒険者の『倉庫』にまで零れてしまう。まあ、有るに越した事は無い。何らかの原因で根付かなかった場合、根を切り過ぎていたり掘り出す時の傷で腐ってしまったりした場合に置いておけばいい。

 おしゃべりしながら軽い駆け足で新獣人ごうに戻る獣人達に合わせながら、セネル鳥せねるちょうを緩やかに進ませる冒険者達。チャムがスッと横に付いてきているのに気付くカイ。


あれ・・を知ってるの?」

 視線は正面に据えたまま、抑えた声で訊いてくる。

「うーん、正確に言えば似た物を知っている、だね」

「あなたの世界の物?」

「そう、こっちじゃ見掛けない物だから動揺しちゃったよ」


 前述の通り、セメントを作るのはそう難しくない。石灰石を砕いて焼けばセメントになるが、貝殻で同じ事をやっても質は落ちれどもセメントっぽい物にはなる。それに砂を加えて水で練ればモルタルだ。遺構はそれで出来ていた。


「僕の世界だとすごくありふれた物を見せられるとね」

「望郷って訳でも無いでしょうに」

「論外だね。せっかく君から勝ち得た信頼を棒に振るって有り得ないよ。世の男どもがどれだけ大金を積もうが金銀財宝を捧げようが得られないものをさ」

「ぷ、ここで口説く?」

 呆れて視線を合わせ、吹きながら返す。

「時々念を押しとかないと忘れられそうでね。こんな冴えない男が努力を忘れたら、良い所が無いでしょ?」

「自分で冴えないって言ったらお終いよ?」

「そこに自信が持てるなら人生は楽なんだろうなぁ」

「だからそんなに卑下しないの。私はあなたの笑顔は好きよ」

「はい、いただきました」

「まったくもう」

 終始、沈黙を保ったチャムに疑問は感じている筈なのに、それをおくびにも出さない。


 引き出した台詞に喜ぶ青年を、チャムは苦笑いで見る。

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