世界間の図式

 実に奇妙な図式が出来上がっている。

 人類が生み出した神々が次元境界を緩める事で魔法文明を開化させ、発達させてきた。人々はそれを享受し、文明レベルに見合わない簡便さを手に入れる。

 それを、次元境界の向こう側からやってきたドラゴン達が裏から支え、慈しむように守っている。誰からも讃えられる事もなく。

 カイはそう感じてしまった。


「これは…、この事実は広く知らしめるべきです! あなた方はもっと尊敬を以って迎えられなくてはいけない!」

 青髪の美貌は悲痛な面持ちで訴える。

「気にせずとも良いのじゃ」

「ですが!」

「讃えられずとも満たされるものはある。それを最も知っておるのはお前さんじゃろう、巫女の血の娘よ」

 チャムは言葉が継げなかった。あまりに的を得ていたからだ。

「それにの、我らとて何も得ておらぬ訳ではないのじゃ」

「そうでしょう? 何らかの動機が無くては、それ以降もこちらに渡ってくる個体は出なかったと思います」


 それほど多くの種ではないものの、ドラゴンにも種族が確認されている。彼らが知り得ているだけでも金竜銀竜、そして目の前にいる緑竜。他にも紅竜や青竜、紫竜や黒竜も記録には載っていた。

 それらが一気に転移現象に巻き込まれたとは考えにくい。何らかの意図があって、後に渡ってきたと思える。身体を持たぬ彼らが種族差を出す為に、色を用いて差異を生み出したのだろうと推察出来る。


「我らは志願者じゃ。原初の個体は生に飽いで自らを滅した」

 固有形態形成場ごと身体を変化させられる彼らには老化など無縁だ。死は望むものなのだろう。

「じゃが、役目を継ぐ者は少のうない。この世界は驚きに満ちておるからの。実際、儂の目の前に驚きの権化みたいな者がおるわ」

「では、あなたのような冒険心に富んだ方は何をなさっているのです?」

 差し出した前肢の爪でカイを示すように大地をトントンと叩くと、それに青年は肩を竦めて尋ねる。

「先に言うたであろう? 転送しておるのじゃ」


 魔力から変換された熱量エントロピー、つまり各種電磁波は、高次世界では実に重宝するのだという。

 そこからの説明はカイにも理解が及ばない内容を含んでいたが、要するに高次世界の生命にとって美味しい栄養であったり、活力源であったり、現象を引き出すエネルギー源になったりするのだそうだ。

 それらは高次世界でも生み出されてはいるものの、こちらの世界ほどではないらしい。この世界の生命は活力バイタリティーに満ちていて、魔力の変換効率が異常に高いらしい。

 技能に長けて、魔力の様々な活用法を知るドラゴン達だが、種として生み出す熱量では劣るという。だから、魔力をこの世界に輸出し、加工してもらってから輸入する感覚で転送しているらしい。


「その担い手だとおっしゃるのですね?」

 この世界でドラゴンが演じているのは仲介役だという。

高次世界あちらでも、この世界で生み出されたエネルギーは無くてはならぬものになっておるからのぅ。我らはこちらで命を継ぎながら転送し続けておるのじゃ」

「平衡を保つ為に必要な作業が利益を生み出しているわけですか」


 この世界は熱量エントロピーが増大し過ぎれば次元融合の危機にさらされる。高次世界は熱量エントロピーを欲している。天秤が見事に釣り合っているからこそ、現在の関係が保たれている訳である。

 そこは触れてはならない関係だと思えたが、カイには別に気掛かりがあった。


「では、魔王は高次世界ではどういう役割があるのでしょう?」

 青年の目が鋭さを増す。

「はいぃ? あれは別の世界からの侵入者ですよねぇ、カイさん?」

「そんな話になったじゃねえか。忘れたのかよ」

「そうだと当たりを付けていたんだけどね、この前まで。でも、それは勘違いだって分かっちゃったんだ」


 シトゥラン翁に、暗黒点セルヘンベルテでの経緯を説明する。

 その時に次元壁反響ディメンションエコーを取った時に触れた感触のことも。


「明確な反響波は返って来ませんから穴だとは感じました。ただ、魔力変調波が空間に広がっていく感触だけは掴めてしまったんですよ。あれは魔法空間、あなた方の故郷の高次世界です」

 その時の感触を思い出すように手を見る。それは間違いなく魔法空間のものだった。

「まさか、うそ…。何を言っているか分かってるの? ドラゴンと魔王が同じ世界の住人だって意味よ?」

「うん、そう言っているんだよ」

 チャムはたった今、この世界を守る存在であると知れたドラゴンを生んだ高次世界が、魔王をも生み出しているとは思いたくないようだ。

「ううん、違うわ! よく考えて。魔王の世界には魔素であるあの黒い粒子が存在している筈なのよ。確かに魔王の発生条件を考えると、あなたが言うように情報体? それの統合生命だって思えるから、ドラゴンと同じ高次生命体だって可能性は高い。でも、同じ世界にドラゴンほどの強者が情報思念体として存在していれば、まずは彼らに挑み掛からない? あれほど好戦的なのよ?」


 そしてあの黒い粒子状態の情報体の欠片であれば、ドラゴンは容易に駆逐してしまうだろう。そう考えればとうに絶えていなければならない。

 しかし、現状この世界にとって脅威になっているという事は駆逐されてはいないという事でもある。この世界を守ろうとしているドラゴンが、敵意を持つ黒い粒子との共存を許し、この世界の脅威となるのも許している筈がないと訴えてくる。その論調でいけば、黒い粒子は別の高次世界からの侵略者でないと辻褄が合わない。


「でもね、チャム。彼らがそう言ったんだ」

 言い聞かせるように伝える。

「金の王は僕にこう言った」


 金の王ライゼルバナクトシールと邂逅した空の上。

 カイは彼に、魔王に隠遁を勧めたと語った。それはチャムも横で聞いていた。この人は何を言い始めたのかと思ったから、よく覚えているようだ。

 それに対し、金の王は憂いを含んだ目で応じる。

『彼奴はそういうものなのだよ。あれは…、結晶だ。自らを形作るものからは逃れられん運命にある』


「その時ははっきりと意味するところが分からなかった。別世界の住人でありながらドラゴンとの間に抗争の歴史でもあるのかと思っていたんだ。でも、あの感触が僕に教えてくれた。ドラゴンは魔王を形作っているものをよく知っている。同じ世界の住人であると」

 彼の服を引っ張りながら主張していた麗人は、目を瞠ると手から力が抜ける。

「仕方がないのぅ」

 否定を返してくれるよう、望むような視線を送った青髪の美貌に、緑竜はそう告げた。


「漏らしてしもうたか。あれもまだ若いのう」

 声の響きに諦めの気配が混じる。どうやら彼らにとっては語りたくない話だったらしい。

「責めないであげてくださいね。金の王も、まさか僕がその言葉の意味するところに辿り着くなどとは考えてもみなかったのでしょうから」

「それを若さと言うのじゃよ。お前さんを見くびっておるからこんな事になっておるのじゃ。本人がどう思うておるかでなく、素直に同格と捉えておれば油断もしなかったじゃろうて」

 そこには慈愛の響きが混ざっていた。叱りつけたりはしないだろうとカイは胸を撫で下ろす。

「では、教えてくださいますか? 魔王がどういう存在なのかを」


 それは問い詰めてでも聞き出さなければならないと考えていた。

 現在の対応策は、どう捻ったところで対症療法でしかない。魔王の脅威をこの世界から取り除かねば、おそらくチャムは解放されないだろうと彼は思っていた。


「あれはの、人の子じゃ」

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