種の使命

 列挙される根拠と潰されていく可能性を、緑竜シトゥランプラナドガイゼストは興味深げに眺めていた。

 自ら老体となぞらえたが、彼に枯れた印象は全く感じられない。逆に悪戯な子供のような視線が刺さってきているように感じる。


「反論はないぞ。続けるとよい」

 窺うように見る黒髪の青年に、ドラゴンは告げる。動揺など微塵も感じられない。

「では、二つ目の論拠を」

「ふむ」

「竜族の方々はこの世界の神々とは対立とは言わないまでも、一線を引いた存在として対しているように感じました。形態形成場、つまり理の具象化である神の干渉を受けない立場でなければ、その対応は難しいでしょう?」


 要するに、ドラゴンの形態形成場はこの世界のものではないという理屈だ。

 神々は人類の形態形成場の具象化ではあるが、情報体という性質を持つがゆえに他種の形態形成場にもある程度の干渉力を行使出来ると思われる。人類の意識に干渉するほどでなくとも、幻覚を見せるくらいの事は容易いはずだ。

 形態形成場の情報濃度にもより干渉出来る度合いは変化するだろうが、全く干渉を受け付けないほどではないと考えられる。


「もし、全く受け付けないのだとしたら、僕のように全く異質な形態形成場に属する存在になります」

 カイは問い掛けるような視線を送る。

「そうでなければ筋が通らぬと言いたのじゃな?」

「こちらは論拠としては多少薄いかもしれません。ですが、この二つを合わせれば信じるに足る材料は揃ったように思えます。いかがでしょう?」

「なかなか隙のない理屈じゃの」

 横目で観察するように見ていた緑竜が、真剣になったかのように首を振り向けてきた。小山のような頭部が自分達のほうを向く様は、かなりの迫力がある。


「以前、チャムが僕に言ったのです。ドラゴンは一種の魔法生物だと」

「え? あれは、ただの例え話のようなものなの…」

「考えを進める切っ掛けに過ぎないよ」

 責任を押し付けるつもりはないと手を振って見せる。

「この世界の生物でないのであれば、どこからやってきたのでしょう? 魔力操作に極めて長けた生命体。それが偶然この世界に入り込んできたとは考え難い。最も分かり易いのは、元々魔力を扱う生命だったという結論。つまり、あなた方ドラゴンはあの魔法空間、魔力に満ちた世界からやって来たのではないかと?」

「見事なものじゃ。与えられた情報を統合して推論を立て証明する能力。お前さんの世界は、とてつもない個体を生み出してくれたものよの」

 明言はしていないが、それは認めたも同然だ。

「惑星思念とはお前さんの言う形態形成場よりは格上らしいのぅ。その一端でもこの有様じゃ」

「緑の王もそうお考えですか?」

「考えるも何も、そう視える。これの中身は人の子ではあり得ぬよ」

 チャムの問い掛けに緑竜は呆れたような声音で伝えてきた。

「お褒めに与かり光栄ですが、ここから先がほとんど分かりません。あなた方がこの世界に存在する動機が」


 次元境界が弱まった時点で巻き込まれたというのが最も確率の高い転移理由だと思える。しかし、それなら帰ればいいだけの話だ。彼らにはそのくらいの能力はゆうにあるだろう。

 ところがこの世界に留まっている。そこには必ず動機があると考えていた。


「買い被りだとは思わんかの? 我らも迷子のようにこの世界に取り残されたのじゃと」

 笑いの気配が混じっている。

「本来、あなた方は形を持たぬ生命体のはずです。神々のような高エネルギー情報思念体でしょう? 緩んだ次元境界を越えるなど難しくないはず。それがわざわざ固有形態形成場まで構築して、質量を持つ肉体を構成してまでこの世界に残っている。なぜです?」

「ふっふっふっふ、本当に面白いのう、お前さんは。そこまで見抜いておったか」

「僕とあなた方では住む次元が違うのですから」


 高次存在であるドラゴンの世界、魔法空間の世界は時の流れが形を成す。そんな世界で、化学反応を含めた定まった流れで起こる物理現象が基本となる生命活動が行えるはずがない。

 カイが思うに、個を保つ生命活動は純然たる情報体としてしか存在し得ない。そうでなければ筋道が通らないと考えていた。

 しかも条件は揃っている。魔力の存在だ。思念活動によって相を変化させ、情報を蓄える事も出来る空間媒質に満たされた世界。そこでなら情報思念体が生存可能だと思える。


「確かに儂らは形を持たぬ」

 緑竜の応えに、チャム達は驚きに包まれた。

 驚異の生命体ドラゴンだが、まさか彼らがそうと認識出来る生命でさえなかったというのだ。

「原初の数体は本当に巻き込まれたのじゃぞ? 勝手に引き込まれてしまったのじゃ。じゃが、帰る術を模索しようにもこの世界には住めなんだ。情報片が剥離拡散してしまうのじゃ」

「それで肉体の器を構成してその中に閉じ込めたのですね?」

「うむ。余計な災いを招かぬよう、巨大で怖れを抱かせるような近寄りがたい身体を作ったのじゃぞ? 無駄な争い事を起こさんようにの」


 元は情報体たるドラゴンに形状のくびきはない。六肢を持とうが、それを十全に制御出来る。飛行可能とする事で、既存生物との生活圏を極力分けるような配慮までした。

 神秘的な強者として君臨する事で、諍い事を排除する狙いだったと主張する。


「まあ、どこの世界にも無謀に挑む冒険心の強い者はおるがの?」

 シトゥラン翁は、人の世の伝承の類を揶揄する。

「どうかそれはご勘弁を。実際に挑み掛かって倒せる者など居はしません」

「それはどうかの?」

 目を細める緑竜に、カイは苦笑いで応じる。

「まあ、よいじゃろう。ともあれ、これ以上二つの世界が近付き過ぎると困った事になるのじゃ」

「それはどういう事なのですか!?」

 世界の危機となると聞けば、青髪の美貌が反応する。

「融合が起こるのじゃ。正確に言えば我らの空間に、この空間が飲み込まれてしまう」


 魔力という、この世界に存在しない媒質が流入し続けると、次元融合が起こるという。それは魔法空間側に統合される形で起こってしまうらしい。


「熱量エントロピーの問題でしょうか?」

 思考に埋没するように瞑目した青年が言う。

「よう気付いたの?」

「それです」

 カイは木の盆に積まれた魔石を指差す。

「魔力やそこから変換された各種エネルギーは本来、この空間には無いものです。魔法を使えば使うほど熱量エントロピーは増大する。僕は、それらは熱や光という形で宇宙に放出されているのだと思っていました。そうではないのですね?」

「そうなのじゃ」


 宇宙から見れば、惑星一つで増大した熱量エントロピーを吸収するくらい訳無い事だと黒髪の青年は想定していた。ところが現実にはそうではないらしい。

 局地的に増大したエントロピーが次元境界を圧して、いつか決壊させるようだ。そうなった時には、この惑星せかいは魔法空間側に吸収されてしまう、と。


「そうならないよう、あなた方は魔力をあちらに送り返していらっしゃるのですね? もしかしたら、その他のエネルギーも吸収して送っているのでは?」

 その為に僅かずつでも魔力を内包した魔石を回収しているのだと推察した。

「うむ、それらは我らの生命維持にも使うからの。摂取して転送もしておるぞ」

 ドラゴンの広大な翼は、魔力や諸々のエネルギーを吸収する器官でもあるそうだ。彼らにとって飛行そのものがエネルギー摂取の術だという。


「じゃあ、ドラゴンがこの世界を…」

 麗人は息を飲んだ。


「彼らがこの世界を守ってくれているんのだよ」

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