幻惑の奇襲(2)

 クオフは驚きを隠せない。


(何です、これは? 一斉に散ったかと思えば)

 まるで露払いのように、ごく短時間に通常種の闇鼬ダークウィーゼルを屠ってしまう。

(決して容易な相手ではない筈です。しかも大型化したこの個体は風鼬ウインドフェレットでしたか)

 見守る自分達のところへ駆け戻ってきた巨体は紛う事無く魔獣のそれである。

(彼は魔獣を連れ歩いているのですか? 世界に名を轟かせる英雄が?)


 その当人は、セネル鳥せねるちょうから降りると下がらせ、変異種と睨み合いをしている。闘気を漂わせて怪物じみた巨大な相手を釘付けにしていたのだ。

 その間に彼ら三人と一匹は、邪魔な通常種を駆逐してしまった。


 そして今、雰囲気を一変させた黒髪の青年は静かに歩み出した。

 出現した大型で武骨なガントレットを装備し、その甲に幾何学模様の紋章を光らせ、ちらりと窺える頬にも輝く紋様を浮かび上がらせている。

 その姿に変わってからは、放射する圧力のようなものが段違いに上がって、距離のある狐獣人さえ震えが来そうな威圧感を覚える。


(あれが神ほふる者の姿…)


 クオフは息をするのを忘れるほどに見入っていた。


   ◇      ◇      ◇


「ヂッ?」

 怖れもなく近付いてくる人間に、無造作に前肢を振り下ろして潰そうとした闇鼬ダークウィーゼルの変異種だったが、その手応えに違和感を感じたようだった。


 それもそのはず、掲げられた黒髪の青年の左手が受け止めていた。

「まさか…」

 クオフが漏らした呟きに青髪の美貌は苦笑する。


 立ち上がった変異種は頭頂までの高さが1600メック20m近くはある。ほとんど高層建築と戦っているようなものだ。その高さから振り下ろされた大重量を人の身で受け止められるなどとは思いもしなかったのだろう。

 しかもカイが払い除けるように腕を振ると、前肢は弾かれるように跳ね上がった。


「これはどういう事です?」

 警戒の度を深める闇鼬ダークウィーゼルに彼は問い掛ける。

「魔力酔いを起こしている訳でも、変異による障害で狂気に侵されている様子もない」

 カイは、弱々しい呻き声を漏らしている地狼ランドウルフ達を手で指し示す。

「なのに、山に住む同胞にこの仕打ちは何なのですか? 対立が有ったのですか?」

 鋭い視線が相手を射抜く。

「それとも、力に酔っているのですか?」


「ヂヂッ! ヂールルッ!」

 嘲るように鳴いた闇鼬ダークウィーゼルから薄闇が吹き付けてくる。

 侮っていた様子は消え去り、青年を本気で敵と認識したようだ。


 巨大な姿が薄闇に溶ける。

 通常種とは比較にならない広範囲の薄闇に、光盾レストア程度では相殺し切れないと分かる。状況的には困難な筈なのに、カイは泰然と立っている。皆が危機感に背中の汗を意識する中、彼だけは静かに佇んでいた。


 ゆらりと右腕が振られると、激しい衝突音がした。青年の身体も軽く揺らぐが、足はしっかりと大地を食んでいる。

 左手が掌底の形で突き上げられると衝撃が広がる。その後も、青年が腕を振る度に重い激突音が周囲に響き渡る。自然に振られた銀爪が空間を薙ぐと、チャム達から少し離れたところへ何かが飛んできて、大地で跳ねた。

 転がったそれは、刎ね飛ばされたひと抱えは有りそうな爪だった。


「これは…、攻撃を弾いているのか?」

 薄々感じていた事をスアリテが口にする。

「そうね」

「彼には見えていると?」

「いえ、見えていないわね。見えていたら腕ごと切り飛ばしていると思うわ」

 麗人の言っている事が理解出来ない。

「だったらどうやって?」

「攻撃の気配。空気の動き。殺気とか、そういうのを読んで防いでいるみたい」

「すごいな。だが、防いでいるだけでは危なくないか?」

 受けに回っていれば、いつかは防ぎ切れなくなるかもしれない。あの巨体から繰り出される攻撃だ。一撃でも食らえば吹き飛ばされてしまうと狐獣人は思っているのだろう。

「そうでもないかしら?」

「だよな?」

「え?」

 同意したトゥリオに彼が驚きを覚えていると、カイが一歩踏み出した。


 大地を蹴る音と同時に彼の身体は宙を舞い、差し上げた右の裏拳を叩きつけると、何かが地を揺らす。そこには頭部を大地に打ち付けた闇鼬ダークウィーゼルが姿を現した。


「やっぱり見えていたんじゃないか!」

 それを叩き落したのが彼だというのはスアリテにも分かったようだ。

「だから見えていなかったって言っているでしょ? 本体がどこにいるのか探っていたのよ」

「探っていた? どうやって?」

「相手の攻撃からですか?」

 クオフが推測を口にすると、チャムは頷く。

「その通り」


 見えないまでも、攻撃の気配を感じるカイはそれを受け続ける。

 その角度や力具合、方向から変異種の位置や動きを推測するとともに、受けに徹する事で相手の慢心を誘う。攻撃が単調になり、本体の動きが読めて、且つ停止していると感じた瞬間、その頭部があると推定した位置を打ちぬいて叩き落したのだ。

 それらを実行するには受け続けられる膂力も耐久力も必要だが、何より卓越した戦技が必須である。スアリテが、開いた口が塞がらない様子を見せるのも仕方ないだろうとチャムは思う。


 ともあれ、衝撃で集中を切らし、姿を現してしまった闇鼬ダークウィーゼルの末路は決まったようなものだ。

「他者の命を弄ぶような真似は許せません。覚悟を」

 鼻先に舞い降りたカイは、そのまましゃがみ込むとくるりと回転。地を這うような軌道からの回し蹴りが、魔獣の顎を捉え打ち上げる。再び天高く跳ね上がると、鼻面に上からの肘打ちを叩きつけた。

 闇鼬ダークウィーゼルの頭は忙しなく上下を繰り返して轟音とともに大地に叩きつけられる。既に激しく揺らされた脳は、攻撃を回避するような信号を身体に送れず、朦朧としている。

 落下した黒髪の青年は頭頂部へ降り立つと、勢いのままに拳を打ち付ける。込められていた力は全てが衝撃に変換され、頭蓋骨を破砕するとそれで大脳を押し潰した。


 宙を回転して地に降り立つカイ。

 その後ろでは闇鼬ダークウィーゼルの変異種が白目を剥き、舌をだらしなく垂らして事切れている。

 何らかの原因で発生すると言われている変異種は、脳の変異で分泌系に問題が生まれ、ほんの数輪すうねんで異常成長をする。その現象は魔獣に限って起こる事から、魔力に起因するとも言われているが定かではない。

 ただ、動物が魔力を得るのが自然の摂理から外れているのだと思えてならない。


 危険が去ったと確認した彼は、駆け出すと負傷した地狼ランドウルフ復元リペアで癒して回る。だが、残念な事に何頭かは命を失っていた。

 抱えて一ヶ所に集めると、傍にやってきた狼のボスに問い掛ける。

「地に還るのがあなた方の弔いでしょうか?」

 ボスは頷きを返した。

 やってきたフィノとともに黙って魔法で穴を掘る。そこに横たえると、順番に土を被せていった。

「勇敢なる戦士に哀悼の意を捧げます」

 胸を手を当てて、皆で黙祷する。それに合わせるように地狼ランドウルフ達が遠吠えを奏でた。


 闇鼬ダークウィーゼルの皮を剥ぎ、魔石だけ取り出すと肉は狼達に譲る。それも山の摂理だろうと思ったからだ。

 地狼ランドウルフは感謝の意を示すように、青年に頭を擦り寄せる。カイは交互に挨拶にやってくる狼達を笑顔で撫でている。


「彼はそういう方なのですね?」

 クオフの問い掛けにチャムは少し考えた。

「何と言えばいいのかしら? 厳しくもあり優しくもある、正義の信念の人。この正義・・が曲者でしょ?」


 彼女が窺うように見ると、狐獣人も微妙な顔をしていた。

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