魔闘拳士の要望
変異種
避難させていた子供などの弱い者達は、護衛に付いていた連絡員とともに戻り、集落防衛の為に待機していた戦士と再会し、抱き合う姿が多数見られた。
夕暮れを迎えつつあったので歓待の集まりが酒宴に変わり、その
「あれが伝説の魔闘拳士ですか。凄まじい強さですね?」
青髪の美貌とにこやかに語っている青年を後ろから眺めつつクオフは尋ねる。併走してきた彼にトゥリオは応じた。
「近接戦闘なら最初っから並外れて強かったんだがな、最近はもう人間離れしてやがる。そうそう本気は出さねえが、さすがにあんな災厄じみたのが出てくりゃあな」
「加減は出来ませんか?」
「…ああ、まあな」
一瞬の躊躇が内心を表す。それで、あれでも全力ではないと察せられた。
(神をも越える力というのも、あながち誇大表現ではないと?)
格違いの力を見せられたと感じる。
「なあ、あんなのといつも組手してるのか? そりゃ、スアリテが敵う訳ないよな」
魔法士女性の向こうから顔を覗かせたネーゼドの連絡員が問い掛ける。彼女は機嫌良さげに場所を譲った。
「トゥリオさんも弱くはありませんが、カイさんとは比べられないですぅ」
「組手なんてものじゃねえな。稽古つけてもらっているだけだ。俺が一番弱い」
「盾士なのですから固さで勝負ですぅ」
フィノのフォローが入るが、固さでも黒髪の青年には及ばないだろう。
「はぁ…。盾士に剣技で負けたんじゃ立つ瀬がないな」
「そうしょげるなよ。これでも相当鍛えてんだぜ? 負けたくねえからな」
「ああ、だろうな。まあ、あの魔闘拳士の仲間と試合した事があるって言えば自慢になるか」
肩を竦めて苦笑する。
「そう言わずに、何ならあいつに直接稽古つけてもらえよ?」
「お前、スアリテを殺す気か!」
奇しくもトゥリオが放ったのと同じ台詞が口を吐いて出た。
この時になって、やっとその台詞の意味を正しく理解したスアリテだった。
道が川沿いになったところで、河原に下りて休憩にする。
彼らもお茶を淹れ、そこでカームテが出てきた。白砂糖を振った揚げ菓子は、疲れた身体に染み渡るようだった。
「本当に助かりました。或る程度の被害は仕方ないと思っていましたし、人的被害も多少は覚悟が必要だと思っていましたので」
額面通りの礼ではない。無論、感謝はしているが、カイを促すためのそれだ。
「構いませんよ。出来れば、帰ったら冒険者ギルドに討伐依頼手続きをしていただければ、我らは報酬が入りますしポイントにもなります」
「その程度で宜しいのですか? 我々は貴殿に大きな借りが出来たのですよ?」
「では、お願いしても良いですか?」
本題を切り出し易いように誘導する気配を見せたクオフに、見透かされたと感じた青年は自嘲の笑いを見せる。
「あなた方の神、『緑の神』に会わせていただけます? 心配なさらずとも興味本位ですので」
「興味本位ですか…」
想像通りの要求に副長の獣人は溜息を漏らす。
誤魔化せるなどと甘い考えを持っていたわけではないが、難題であるのは間違いない。一応は確認をしておきたかったのだ。
おそらくカイは、彼が引き出さずともラトギ・クスに戻れば長議会に同じ希望を求めていただろう。だが、クオフはその前に自分で交渉しておきたかった。
それが責任だと思っていたのだ。
「笑ってくださっていい。クオフは怖いのです」
正直なところを吐露する。
「これは我が国にとって、非常に重大な秘密なのです。万が一にも失ってはならない、大きな寄る辺と考えています。恩人に愚かしいお願いとは思いますが、忘れていただけないでしょうか?」
「ご心配なのは理解出来ます。ですが、本心から害意は無いのです。信じてくださいとしか言えませんが、『神
「申し訳ありませんが、クオフは避けたく思います。あなたがどう思おうと、神がどう対されるかも不明です」
青年は瞑目して頷くが、それは翻意ではなく何か気付いたようだった。
「やはり、無理ですか。大層な呼び名を付けられてしまいましたが、僕はひと柱の神とて滅してなどいないのです」
「それは本当。でも、信じるのは難しいかもしれないわね。今は諦めましょう? 帰ってから長議会に諮ってもらったほうがいいわ」
「うん、クオフさん一人の権限でどうにかなるとも思えないし、責任も負わせられないもんね」
麗人の取り成しにカイは首肯し、先送りにする気になったようだ。
「ご無理を言ってすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。クオフからもひと言入れさせてもらいますが、長議会も同様の考えだと心得ておいてください」
彼は、長議員達が、彼を翻意させるに足る答えを用意出来るよう願った。
◇ ◇ ◇
結果としては、長議会の判断も否であった。
変異種討伐の報に議員達は口々に感謝を述べたが、カイが希望を口にすると揃って渋面を作る。彼らは、現在の苦難を憂う一個人であると同時に、このコウトギ長議国の将来を担う議員でもある。未来に大きな影を落とす可能性がある選択肢を選ぶ事など出来ない。
彼も、それは致し方ないだろうとも思う。
だからと言って諦めるつもりもなかった。
この上は、独自に探索してこちらから出向けばいい。獣人達の口は重く、情報を得るのは困難を極めるであろうが、不可能ではないと考えている。
この件は特に急ぐ話ではない。諸国の情勢に留意しつつ、地道に探せばいいだけである。
「あっ!」
取り急ぎ報告を済ませた彼らが議事堂から姿を見せると、三角形の大きな白い耳がぴくりと反応して駆け寄ってきた。
(まあ、そうなるだろうな)
トゥリオはそんな感慨を抱き、急速に覚めていく。
満面の笑みで走ってきた白銀の美形獣人フスチナは、トゥリオに見向きもせずに黒髪の青年に一直線に向かいその腕を取ろうとした。
「ふぁっ!」
ところが、彼女はそれを許されはしなかった。
「止めてください。僕はあなたのような女性がひどく苦手です。妙な事は考えないでくださいね?」
「どうしてっ!」
右手の人差し指でフスチナの眉間を突くと、そこから近付いて来れずにじたばたと暴れている。
「何でダメなのよぅ!」
「何をされてもあなたに気持ちが動く事などありません。無駄を省いて差し上げているのです」
「えー、フスチナはこう見えても尽くすタイプなのよぅ?」
上目遣いで媚びた視線を送るが、欠片も通用していないようだ。
銀狐獣人はびくりと固まると、小さく震えはじめた。
その肩に手が掛かる。
「ねえ、あなた。あっちでちょっと話し合わない?」
耳に囁かれるのは、艶を含んだ妙なる調べ。しかし、その内容は険悪なものだった。
「ひっ! け、結構ですっ!」
「あら、そう?」
速やかに避難する彼女の後ろ姿にチャムは冷たい視線を向けた。
そんな悶着が起こっているのを余所に、議事堂に駆け込んでいく若者の姿がある。
それほど気にしていなかった者達も、すぐに騒然とした空気が漏れてくるに至っては、無視してもいられなくなった。
喧々囂々の議論の気配の他にはしばらく動きはなかったが、クオフを先頭に獣人達が出てきて伝えてくる。
「緑の神があなたとの会談を求めています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます