緑の神の誘い
「あの変異種出現の報告に上がったところ、神よりお言葉があったそうです。あなたの存在をお知りになっていたようで、遣いの者にお連れするようにとご命じになったと」
彼らにとっては意外な話ではなかったので疑問はない。
「あれだけ騒がしくすれば、やはり気付かれてしまいましたか?」
「何言ってるのよ。あなた、わざとやったでしょう? あれくらいなら
膨大な魔力で擾乱すれば、感知に長けたものならかなりの距離でも察するだろう。苦笑いがそれが図星であると示している。
「黙っておいてくれてもいいのに」
「ダメでしょ? 相手が譲歩を見せてくれているのだから、正直になりなさい」
これも芝居みたいなもの。悪意がないのを悟らせるように会話をしている。
議事堂から出てきた人々の大半は困惑しているが、クオフを始めとした一部の者はそれを察して苦笑を浮かべている。彼らがどういうタイプの人間か、少しは理解が進んだと思っていいだろう。
本当なら十分に納得した形で要望が通るのが理想だが、あくまで理想。全員を翻意させるには時間も掛かり、そこまで先方を待たせる訳にはいかない。むしろ『緑の神』との会談が彼らを翻意させる近道だと思える。
コウトギ側の準備が整い次第の出発の意を伝えると、安堵の表情が窺える。未だ意見は纏まっていないのだろう。
こちらの配慮に目礼を送ってきたクオフに微笑で応える。これから彼らはまだ協議しなくてはならない事が山ほどあるのは想像に難くない。
閑古鳥が鳴いている冒険者ギルドに顔を覗かせた程度でその
◇ ◇ ◇
「お前も行くのか?」
トゥリオが尋ねると彼は顔を輝かせた。
「今回の仕切りはクオフがやっているし、ネーゼドのトクマニ様もいらっしゃるからその護衛。スアリテも神に会うのは初めてなんだ」
「そうか。どうも噛み合わんな。神に対する意識の違いか」
トゥリオにとって神とは
「そう、ここの人達にとって神は話の
首を捻る大男にカイは補完するように言う。
「今までも妙な言い回しが多かったでしょ? 『報告する』とか『上がる』とか。察しなさい」
「あー、やっぱりそうなのか?」
「おそらくはそうなのですぅ」
四人の納得する様子にスアリテは怪訝な顔をした。
長議長のアマツリは今回の件に賛意を示していたが、長議員達は賛否両論で纏まりようがない。シロスジグマ連の彼の泰然自若な姿勢も本件ばかりは通用せず、皆が好き放題に危険性を説いた。
結局、それらを収束させたのは、狐獣人のクオフの「緑の神の意向なのですよ?」という一言だったのだ。それには抗すべくもなく、議論は決着を見せた。最終的には神の御判断に任せるという総意に纏まる。
その様子を見てアマツリは、本件の責任者にクオフを任じたのだ。
「お騒がせして申し訳ありません」
道すがらにそんな話を聞いてカイは詫びる。
「いえ、仕方のない事なのです。人族の国のように集権体制でないコウトギの業のようなものでしょう。難題にぶつかると意見集約に時間が掛かります」
「きっと
「ですが、いざという時は取りも直さず救援に向かう意思は感じられましたよ? 協調性や社会性に欠くとは思えません」
危機に際しての即応性は高いと感じた。
「そう言っていただけると希望が持てます」
「ただ、コウトギにはあれが無かったんですよねぇ。割と楽しみにしていたのに」
「子供部屋?」
吹き出すのを抑えるように口に手を当てたチャムが言い添える。
「そうだよ。あれは西方特有の習慣だったんだね?」
「そうみたいですぅ」
「何ですか、その子供部屋というのは?」
フィノがその仕組みをクオフに説明する。
母親の時間を確保する為に子供が集められて育てられる部屋の事を。それが幼少期の子供にとって社会性や協調性を育む一助になっている事も。
保育園のようなその仕組みが東方の獣人郷では見られず青年を落胆させたというのも。
「なるほど。それは興味深い」
クオフは大きく頷きつつ興味を示す。
「生活が厳しいからこそ生まれた仕組みかもしれませんですぅ。ここみたいにゆとりが有れば不要なのかもぉ」
「試してみる価値は感じました。帰ったら相談してみます」
将来的にコウトギにも子供部屋が普及するかもという期待にカイは胸を膨らませた。
◇ ◇ ◇
夜営を挟んで山中に踏み入っていく。ラトギ・クスの南の山脈は比較的標高が高めのように感じた。
この付近には獣人郷が無いのだそうだが、分け入る道はしっかりと踏み固められている。それで頻繁な通行があるのだと知れた。
聞くに、緑の神は魔獣狩りで得た魔石の一部を欲するらしい。この地域を守護する代わりに、魔石の奉納を求めるのだという。それで頼み事の他にも、魔石の奉納の為にこの道を使うので道が整備されている。
(人身御供を求めるような神様よりは遥かにマシだけれども、魔石?)
カイは大きな疑問を感じる。彼の推測した神は、魔石を必要とするような存在ではない。
その山は、形状的には休火山のように見える。
山頂は削り取られたように失われていて、そこに大穴が空いているのだそうだ。だが、彼らが今から入ろうとしている坑道も含めて、全てが緑の神の手によって作られた構造らしい。
「お断りしておきます」
坑道に入る前に、クオフが足を留めて振り返る。
「これからお会いいただく神は、外見的には極めて特殊なお姿をされております。しかし、高い知性と優れた精神性をお持ちの方ですので、間違っても驚いて襲い掛かったりしない事をどうかお願いします」
「お約束しましょう。不安でしたら拘束してくださっても構いませんよ?」
その提案に狐獣人は心が動いてしまう。だが、それは恩人に対してあまりに礼を失すると思い直した。
「藁縄程度であなたを拘束出来るなどと考えてはいませんよ?」
「確かにそうかしらね?」
目を細めての言葉に、それが冗談だと分かる。
坑道の壁面は歴史を感じさせるに十分な朽ちた雰囲気を醸し出していたが、構造的には高い強度があると感じさせて不安を煽ったりはしない。幅も広めにとってあって、数人が横並びに歩いても問題無い。
高さ的にも十分で、
そこには極めて広い空間が設けられているようで、
坑道を抜けた先は、緩やかな坂道になっていて出入りが容易にしてあった。
そして、その先には城の一つくらいはゆうに建築出来るほどの空間が広がっている。ただ、その空間は、とある生物によってかなりの部分を占められていた。
「緑竜…」
全長で
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