勇者来訪
ホルツレイン王宮の謁見の間にて、ケント達五人は跪いている。臣下の礼ではないので頭を垂れてはいないが、一国の王への礼として跪いたのだ。
ホルツレイン国王アルバートは、既に老境が近い年齢の筈だが矍鑠としていて、その瞳は力強く炯々と見下ろしてきていた。
「よくぞいらした、勇者ケントとその共達よ。楽にして構わぬぞ」
その言葉に一礼を返して彼らは立ち上がる。そこまでへりくだる必要など無いのだ。
「ご配慮、御礼申し上げます。魔王討伐の旅の道すがら、御挨拶にと伺わせていただきました」
「うむ。本来であれば、ここで教導者が貴殿らをこちらに招くのであろうが、我が国は現在政治的には決まった信仰を持たぬのだ」
国王が言及した段取りが通常の流れとなる。しかし国教を定めず民心掌握手段ともしてないホルツレインでは、教導者が重臣の列に居ない。
勇者とは、あくまでも神の戦士にして執行者である。多神教故に、それぞれの神を奉ずる様々な教会に分化はしているが、基本的にその立場はそれらの教会に根差している。つまりもてなすべきは各教会の役目であり、教会が王国に要請する形になるのが普通なのだ。
ところが、ホルツレインでは神聖騎士騒動以降、完全に政教分離を果たしている。アトラシア教はその勢力を大きく減じ、その代わりとなる寄る辺としてはルミエール教の台頭が目立つようになってきた。
境無く博愛を説くルミエール教は、今のホルツレインの気風に合致しているのかもしれない。フリギア王国のように託児機能を併設はしていないものの、教会の姿は二
「よってこの場にはその役割を担う者がおらぬ。高いところから済まぬぞ」
「いえ、無作法者故あまり高い位置は得意ではなく、こちらのほうが安心していられますのでお心遣いなく」
「そう申してくれると助かる」
勇者一行も、この場で軽い台詞を口に出来るくらいには場慣れしている。
「東方よりとなれば長き旅行き、苦労も多かったと思う。貴殿らを国賓としてもてなし、部屋を準備させる故、
「お言葉に甘えさせていただきたく存じます」
「
勇者一行には、これも恒例行事のようなものである。断る理由などなかった。
「お心遣い感謝致します。楽しみにさせていただきます」
「西方の珍味、堪能してもらおう。時に……、もう一つ催しがある。勇者の来報を記念して、武芸大会も予定しておる」
「は? 武芸大会でありましょうか?」
「そうだ。人類共通の難敵に対する為には、民の糾合鼓舞を要する」
勇者一行の来報を利用して、国威発揚を狙う催しの企画のようだ。
こういった例も少なくはないのだが、これまでは精々騎士の精鋭達と試合を望まれる程度だった事を考えると、大規模な催し物への参加要請だと感じた。
「参加を頼む訳ではない。勇者に敵う者などおりはせんのは余も理解しておる。ただ、勝ち抜いた者への褒美として一手合わせてやってはもらえないかと考えておるのだが、どうだろうか?」
「申し上げますが、我らは魔王討滅への道行きの途上。あまりゆるりとする訳にも参りません」
急な怪しい雲行きに、世慣れたミュルカが予防線を張りにいく。
「案ずるな。国中に調査を命じておる。闇雲に歩き回っても成果は上がるまい? 取りあえず結果を待たれてはどうか? その間の余興である」
「そこまで仰せになられるのであれば」
調査の下命を飛ばしているのは事実である。既に勇者の誕生も、来訪予定の報も巷に流れていた。その状態で王国が何ら動きを見せないのは不自然に過ぎる。
一通りの挨拶が済んだ後は、ケントが一行の仲間を紹介していく。それぞれに拍手が送られる中、ラルカスタンの公女が紹介されるとどうあれ儀礼的なやり取りが行われる。だが、ララミードのほうにも自国への貢献を考える気持ちが無ければ社交辞令で終わる。
「ところで、陛下。宜しければお尋ねしたい儀がございまして」
一段落して、空気が落ち着いたところを見計らってカシジャナンが耐え切れずに口を開いた。
「こちらに伺う途中、大門の外で牧場を見掛けたのですが……」
「おお、あれを見たのか? 立派な物だったであろう?」
「え、ええ、設備は充実しているようにお見受けしたのも本当なのですが、あれは……」
「うむ、良い乳を出すぞ。実に美味い。おお、そうだ! 今宵の王家との懇親夕食会にて馳走しよう。無理を言えば都合出来よう」
勇者一行の魔法士は、はぐらかされているような気持ちになる。国王のほうにそんなつもりは無いように見えるのだが。
「いえ、ですからあれは草食獣とは言え魔獣ではありませんか?」
「
焦れてきてしまうカシジャナンに、事も無げに国王は返す。そればかりか視察に行った折りの感想まで交えている。
「…………」
(何だ、この反応?)
(まるで当たり前のようだったわよ?)
(も、もしかして俺に常識が無いのか?)
(いや、そんな事は無い……、筈だが?)
顔を合わせて囁き交わす勇者パーティー。あまりに礼を失する行動だが、咎め立てする者は誰も居なかった。それもその筈、アルバートがニヤニヤとその様を眺めているからだ。
重臣達は内心げんなりする。こんな場面でいたずら心を起こさないで欲しいという思いだった。
「では、その……、あの働いていた子供達はどういう者なのでありましょうか?」
微妙な空気になりつつあるところなのだが、思い切って質問を続ける。
「あれを運営しているのはルドウ基金なのである。院の者達が交代で面倒を見て、自分達が飲む牛乳を得ておるのだ。我らはその余剰分を時折り回してもらっておる」
「ああ、あれは孤児達だったのですか」
彼らもホルムトに至る過程で託児孤児院の存在を耳にし、その目で確認していた。福祉国家を標榜するだけはあると感心したものだが、街壁外で労働させるという事は保護と養育の代償を彼らは払っているのだろうかと感じてしまう。
「強制している訳ではないぞ。あれは院の子達が望んで始めたものだそうだ。牧場には
誤解が彼らに納得顔をさせていると見て補足する。
視察の折にアルバートは、カイが魔獣除け魔法陣を進化させているのを知った。牧場に設置されている魔法陣には
「では、彼らは自らあれを……」
確かに、よく思い出せば子供達は笑顔で駆け回っていたと思い出される。勇者一行はその誤解を恥じる。
「勤勉だぞ。余は彼らが育って王国の為に働いてくれるのを楽しみにしておる」
「…………」
(まるで将来、あの子達を登用するみたいな口振りなんだけど?)
(あたしにもそう聞こえたわ)
(いや、幾ら何でもそんな事は)
(でも、陛下は大真面目な顔をしていらっしゃるわ)
(どうなっているんだ、この国は?)
知るにつれ、どんどん混乱を深める勇者一行であった。
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