集いし正義

 擦れ違い様に焔獅子ブレイズライオンを上下に真っ二つにする勇者ケント。馬車の向こうから覗いていた人々からは歓声と共に拍手が上がる。


 そこはラルカスタン公国の街道脇。群れで狩りに来ていた焔獅子ブレイズライオンに囲まれていた商隊は、五騎の騎馬によって救われた。一気に駆け寄ってきた彼らはあれよあれよという間に強力な魔獣を退治してしまう。救助されたのが公国でも有名商会の商隊だった為、要請されて共に公都を目指した。


 公都ボリクフドに到着すると、勇者一行はすぐさま城に案内された。大公ナキサリウス・ラルカスタンはまだ年若き為政者であり、頼りなげな発言も目立ったが、時折見せる瞳のぎらつきは少なからずある野心を窺わせる。

 そのは、我が儘で堅苦しい公式の場に姿を見せたがらない第三公女ララミード・ラルカスタンが謁見の間に顔を出しているのを、近臣達は不思議そうに見つめる。粗野な行動言動が多く、常に腰に細剣レイピアを履いている変わり者の公女の、かしこまった姿が珍しく映ったのだろう。そんな公女とて、勇者の姿は拝みたいと思ったのだろうと囁き交わす。


 ところが、驚いた事に公女ララミードは、退出間際の勇者ケントに向けて手合わせを申し出た。謁見の間は、上へ下への大騒ぎである。近臣達がどれだけ諫めようと、大公が烈火の如く怒って叱りつけようと全く耳を貸さず、その場で細剣レイピアを抜いて勇者に突き付けさえした。

 場の収集に困り果てるラルカスタンの人々を慮って、ケントはその手合わせを了承する。実力に自信が伴いつつある彼には、このような公の場でも余裕を持てるくらいの落ち着きが備わってきていた。勿論、その手合わせで公女の身体を傷付けずに打ち倒す自信も有っての事だ。


 結果はララミードの大敗である。幾度も這いつくばり、草まみれ土まみれになって食らいついてきたが、ケントに一筋の掠り傷さえ与える事は適わなかった。

 彼は倒れた公女に手を貸して立ち上がらせつつ、疑問をぶつける。なぜ自分に挑んできたのか、なぜそんなに必死に突き進んできたのか、と。

 ララミードは答える。それは強い願望だった。自分は戦いたい。勇者のように正義の為に戦いたい。でも、自分は勇者ではなくそれほど強くもない。それならば、誰かに託さなければならないのなら、その強さを自分で確かめたかったのだ、と。


 それはケントの中にも芽生えてきたものだった。使命を託され、聖剣を託され、強さを望まれ、正義を望まれ、押し出されるように進んできた。それでもケントは自分の中に新たな思いが生まれつつあるのを感じている。応えなければならないのではなく、応えるのが勇者という存在であり自分の意味であると。

 そうなりたいという願望とそう在ろうという決意が視線という形で交差する。そこには一つの共感があった。だから彼は口にしてしまった。一緒に来るか、と。


 比類なき強さを手に入れようとも、立場に合った余裕と立ち居振る舞いを手に入れようとも、ケントに足りないものはまだまだ有る。その一つが悪い形で出てしまったのであった。

 勇者は神の託宣の戦士。その一言は、神の代行者のそれである。その重みと影響力は大きい。そして、それは時に誰かによって非常に都合の良いものであったりしてしまう。


 権力者、特に為政者にとって、勇者の側に身内が置けるのはとてつもなく大きな意味がある。事実としてそうでなくとも、その者の意向が勇者に届くように思えてしまう。本人がわざわざそう示唆せずとも、周囲が勝手にそう思ってくれる。

 勇者の影響力の一端たりともが、乗り移るようなものだ。これは為政者にとっては喉から手が出るほどに欲するものだと言えよう。


 大公ナキサリウスはその言を零さず拾い、大きな宝を手にした。望まれるのであれば、どうぞお連れくださいとララミードを差し出す。

 滅多なところに嫁がせる訳にはいかない公女という立場。どこに嫁がせるか困るような本人の性向。扱いに心悩ませていた大公の憂慮が転じて、逆に僥倖へと変わってくれたのだ。この好機を見過ごすなど以ての外である。周囲が呆れるような速度で話は進んでいったのだった。


 帝都ラドゥリウスで送られた優秀な軍馬に跨る一行に、白い駿馬を駆る一騎が加わった。厄介払いと言う訳では無く、出来得る限り美麗で強固な装備が準備され送り出されたララミード・ラルカスタンの姿が在る。

 皆が遠慮して公女と呼ぶが本人はそれを嫌う。彼女は、それでは本当の仲間になったような気がしないと主張し、気安い関係を望んだ。貴族社会など無縁に暮らしてきた彼らもそれに甘える事にして、パーティーは新たな仲間を得た。


 かくして六人となった勇者一行は、魔王を倒すべく探索の旅に戻る。広い東方を巡る旅は時間が掛かったが、彼らが絆を深めるには好都合だったのかもしれない。未だ杳として居所の知れぬ魔王を求めての旅路で、様々な物事に触れつつ成長をしていく。


 世界を巡る勇者一行の旅はまだ終わらない。


   ◇      ◇      ◇


 話題の中心が昔話になったのは、西方という遠方の地に身を置いて、望郷の念に駆られたからだろうか? 気候・風土の違いは勇者一行に目新しい景色を与え続けたのだが、それこそが故郷を想起させたのかもしれない。

 彼らが魔王を倒しその使命を果たした時、また故郷で静かな暮らしに戻れるのかは分からない。どうあれ、今はまだ安らぎの時を求めるべきではないのは確かだ。

 まずはすべき事を完遂してから考えればいい。その為の情報を求めて西方の地までやって来たのだから。


「初めて見る牛だなぁ。さすが西方だぜ」

 ホルツレインの王都ホルムトの街壁を近く感じ始めた頃、その外に円弧を描く柵の姿が見えてきて、見た事も無い牛の姿が見えてきたのだ。

「縞々だぜ、縞々。面白いな。目立って仕方ないだろうに」

「あれはあれで意味が有るんじゃないか?」

「そんなん、学者先生にしか解らないだろ?」

 ケントの疑問にティルトが適当に返す。学が無いのは二人して同じでは埒が明かない。

「訊けばいいんじゃない。誰か世話してるでしょ?」

「あー、居る……。ちょっと待て! あれ、ガキばっかじゃないか!」

「ちょっと! 冗談でしょ!? 近いとはいえ街壁外よ。いつ魔獣が襲ってくるか解らないのに」

 牛の間を行き来している人影があまりに小さいのに気付き、騒ぎ立てるティルト。

「おい、嘘だろ……」

「何だよ、ジャナン」

「あの牛そのものが魔獣だ。魔力を感じる」

「え…? あ、本当だわ! あれ、全部魔獣じゃないのよ!?」

 簡単な魔法なら扱い、魔力感知に長けたララミードも驚嘆を漏らす。

 牧場脇を通り過ぎる駅馬車から、目を丸くしてその光景に見入る五人の勇者一行。


 まだ午前中の時間帯とあって南大門は空いていて、それほど待たされる事なく通過出来た。未だ疑問は拭えないが、彼らにとっては完全に異邦の地である。どれほどの常識の違いがあるか知り得ないのだ。

 大門広場で駅馬車を降り、街中へ歩みを進める。異邦の街の風景を楽しみつつ城門に向かえば、通してもらえる筈だ。その為に東方各国の王達からの紹介状を預かってきているのだ。魔王という大災厄に立ち向かうには、全ての国が勇者に便宜を図らねばならないのは常識だ。何の心配も要らない。


 キョロキョロと見回しつつ大通りを歩く彼らの横をカシカシと爪音を立ててセネル鳥せねるちょうが通り過ぎていく。その背後には台車が取り付けられていて、台車の上の子供達が大きめの缶を支えていた。

 セネル鳥は馴染みのある乗り物だが、この西方の国には居ないと聞いていた。しかし、あまりに自然に通り過ぎていき、街の人々も驚いた風はない。


「どうなってんだ、ホルツレインって国は?」


 疑問は深まっていくばかりだった。

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