託宣の剣士

 ロードナック帝国の片田舎にあるバガレスト村に生まれたケント、ティルト、カシジャナンとジェラナは幼馴染である。


 カシジャナンは幼い頃から高い魔力を示しており、村に住む引退魔法士から指導を受けていた。十一歳の時にケントが身体強化を発現し、後を追うようにティルトとジェラナが身体強化を獲得する。それ以降は、三人は家計を助けるべく冒険者を目指して共に身体を鍛え続けていた。

 幸い、街道筋に位置するバガレスト村には冒険者ギルドがあり、十四になった時に四人で登録を済ませてパーティーを組んだ。


 それから二、冒険者としてそれなりに稼ぎ、ランクも上級冒険者と言えるスレイヤーが見えてきたのだが、彼らは行き詰まりを感じていた。順調にポイントは稼げるのだが、技量にも進歩が見られるかと云えば違うと自覚がある。四人に足りないのは経験でなく、技能に関する知識である。村の小さな冒険者ギルドに立ち寄る冒険者は少なく、他者の仕事振りを目にする機会に恵まれていなかったのだ。


 そこへ帰ってきたのがミュルカである。彼女も村の出身者であるが、傭兵稼業で各地を転々としていた。しかし、ロードナック帝国の拡大政策は止まず、戦場を渡り歩く陽々ひびは彼女を精神的に疲弊させていった。

 傭兵団などに所属していなかったミュルカは比較的気楽な身であり、しっかりと時間を取って故郷で自分を取り戻そうと帰還したのだ。


 バガレスト村に戻ったミュルカは、そこでもがいている少年少女と再会する。村を出た頃はまだほんの子供だったのに、今では一人前の戦士として悩みを抱えていた。

 彼らを見ていると何かを思い出せそうな気がした彼女は、冒険者としてパーティーに加わりケント達の面倒を見始める。


 衛士や自警団の先達たちに武器の振り方の基本だけは教わって身に着けていた少年達に、自分が戦場で学んできた手管を教え込む。それに飢えていたケント達は貪るように吸収していった。

 特に斥候士スカウトであるジェラナはミュルカを姉のように慕い、短剣の扱いの腕をみるみる上げていった。


 そんな時が一を数えた頃、バガレスト村にジギリスタ教の司教が現れ、そして衝撃の事実を告げる。

『託宣が下りた。紫髪のケント、君は勇者に選ばれた』と。

 近隣の街から急ぎ派遣された司教は、自分と共に帝都ラドゥリウスに向かい、認証式に出席するよう要請される。


 何を言われたかも解らないケントだったが、かろうじて立ち直ったミュルカに肩をどやされ何とか我に返る。皆に祝福の言葉を掛けられ、それでも雲を掴むような話に浮足立っていたが、少しずつ飲み込めてきた。

 周りの者にしてもあまり状況は変わらない。現パーティーメンバーの者達も同行を求められたからだ。司教は、そういう決まりなのだと語る。勇者にとって、同行者は実力ではなく心の繋がりこそが重要なのだと言う。他人事ではなくなった彼らは、逆に動揺を隠せなかった。


 バガレスト村から帝都ラドゥリウスへの道程、ケントは自分が変容しているのが実感出来た。を追う毎に感覚は鋭敏になっていき、身体つきが変わっている訳でも無いのに筋力が露骨に上がっていると分かる。身の内から何かが湧き上がってきて、今まで意識も出来なかった魔力が膨れ上がってくる。全体の性能そのものがグンと上がってきて、彼は自分の身体に振り回されそうになった。

 挙動一つ一つに細心の注意を払わねばならない状態がしばらく続いたが、しばらくすると落ち着きを見せてケントを安堵させる。その間も道程は進み、彼らは帝都を臨む位置まで辿り着いていた。


 帝都の皇城では、熱烈な歓迎と丁重な扱いをされ、下にも置かないもてなしを受けた。それもその筈、勇者は人類の希望であり、間違いなく救世主となるべき存在なのだ。そこまでの旅路でケント達もそれを飲み込み始めていた。

 認証式では、皇帝の座する玉座と同じ高さに立つという他では絶対に有り得ない経験をし、ジギリスタ教教皇の手ずからの証明書の贈呈に与かる。それを手にしたケントは万雷の拍手の中、自然と右腕を差し上げていた。まるで己が世界を救う事を知らしめるように。


 そして、彼らは魔王探索の旅路を歩み始める。


   ◇      ◇      ◇


 それは唐突であった。彼らの前にその青緑の髪を持つ青年が現れたのは。


 勇者一行の旅は単調である。その目的は魔王討滅それ一つであり、それ以外は些事になる。それでも何くれとなく頼まれ事が届くのも事実であった。

 それは凶暴な魔獣の討伐であったり、社会に仇なす盗賊団の討伐であったりする。それらは冒険者時代であれば依頼という形で受け依頼料を受け取るのだが、もう立場が変わっている。勇者というのは勇者という職業であり、冒険者のように依頼は受けられない。


 しかし、陳情という形で要請を受け、礼金を受け取る事になる。勇者の仲間も同様の扱いとなり、この名目の変わった問題解決にも励まなければならない。そうそう断りを入れる訳にはいかない。彼らは正義が具現化したものとして扱われる。彼らが断れば、そこは神の見捨てし地と誹りを受けてしまう。

 ただし、細々した問題が持ち込まれる事も無い。なぜなら最も大きな変化は、その礼金の額だからだ。下世話ながら、滅多な事では頼れないというのも本当であろう。


 或る街で凶悪魔獣討伐の陳情を受けた彼らは意気揚々と出没地域に向かう。何しろこの頃には、勇者ケントの強化に引かれるように、皆の実力も段違いに上がってきていたからだ。

 実際、斥候士のジェラナは標的の魔獣を容易に発見してきて仲間に伝える。ケントとミュルカでこちらが優位になる立地に追い込み、ティルトに守られたカシジャナンが魔法による大ダメージを与えて動けなくなったところでケントが止めを差す。さほどの時間も要しなかった。


 証拠代わりに討伐証明部位を持ち帰ろうとしたところで、気配を感じさせる事も無く目前に青年が現れた。

 謎の青年はムルダレシエンと名乗り、否応なく彼らに着いてくるように命じる。ティルトとカシジャナンは息巻いたが、ミュルカに制止されて引き下がった。彼女には心当たりが有ったようだ。


 森に入り、霧を抜け、辿り着いたその場所には簡素な家々が並び、彼らの故郷の村と変わらない暮らしをしているように見えた。ただ不思議だったのは、その集落には若い男女の姿ばかりが目立ち、子供の姿も老人の姿も認められなかった事だ。

 そして、そこの者達は余所者である彼らの素性を問いもしない。連れ込まれた者が何者であるかを知っているかのように。


 一軒の幾分か大きめの家屋に前に着くと待っているように言われ、しばらくの後にムルダレシエンはひと振りの大剣を持って現れる。それをケントに捧げるように渡すと、それが『聖剣フェルナル・ギルゼ』であると告げる。勇者の生涯の半身であり、唯一無二の武器であると教えられた。

 ミュルカは納得顔をしていたが、他の四人は驚愕の事実に慄く。この時になってようやく気付いたのだ。目の前のムルダレシエンとこの集落の者達が『導きの民』である事を。


 ケント達は速やかな退去を求められた。その先は彼らの役目だとでも言うように放り出される。その後もとある手段を用いてケント達に神意は伝えられているが、その集落には立ち寄った事は無い。それどころかどこか記憶が曖昧で、どの辺りであったかも思い出せない。

 だが、その『聖剣』がケントの手に馴染み、比類なき性能を発揮するのは間違いなかった。


 こうして勇者の手に『聖剣フェルナル・ギルゼ』が渡ったのであった。

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