馬車作り(2)
「物好きですね?」
思わず漏れてしまったのだろう。冒険者ギルドのカウンターに
「お手数で申し訳ありません。ちょっと訳ありでして、こちらはついでみたいなものなんです」
「うう、口に出てしまってましたね。すみません、駆除対象魔獣をこんなに討伐していただいたのに……」
「構いませんよ。儲けにならない仕事を持ち込んできているのですから」
カイが苦い顔をしている分だけ彼女も恐縮せざるを得ない。
疲労を重ねるだけの狩りにはなってしまったが、カイの希望する素材は十分に手に入った。
◇ ◇ ◇
帰るのは昼過ぎになってしまい、腹ごしらえして湯を浴びて汗を流した一同は、また部屋に集まった。
金属塊を取り出したカイは直径
次に作ったのは、先の円筒に内接する分厚い円盤だ。その円盤には円周に溝が彫られており、ロッドが取り付けられている。そのロッドの先にも穴あき耳が付いていてやはり固定可能になっている。素材は同じ。
この二つはシリンダーとピストンのセットである。シリンダーの内部は磨き上げられたようにピカピカだ。
ここで
シリンダーの中にピストンを差し込み、彼がグッとロッドを押し込むが手を離すとスッと戻る。パッキンは機能してくれているようだ。
「カイ、それってもしかして?」
「うん、吊り下げ皮ベルトの代わり。これは上からの荷重を支える構造になっているけど」
カイが作っていたのは空気圧式緩衝装置。上からの荷重を柔らかく受け止めると共に、衝撃も軽減させる事が出来る装置だ。
実は以前にこの世界に来た時も、この空気圧式緩衝装置を作ろうとした事が有る。カイも馬車の振動には辟易したクチなのだ。しかしその時は実現しなかった。パッキンに使うゴム素材に困ったからだ。色々探してみて見つからず諦めたのだが、遠話器作りで
「ふわんふわんですぅ」
「面白いわね」
女性陣はシリンダーを床に立てて体重を掛けて遊ぶ。
「これもカイさんの世界の道具ですかぁ?」
「そうだよ」
「これってボールと同じ仕組みですよねぇ」
この世界にも子供の玩具としてボールはある。ただそれは魔獣の胃袋に空気を入れてパンパンに膨らませたものだが。
「何でこれがボールと同じなの?」
「あれって圧縮した空気が元の大きさに戻りたがる性質を利用しているんですぅ。これも中の空気を圧し潰すと戻る構造になっているでしょう?」
「本当だわ」
言われてみれば納得出来る理屈である。
「ご名答。フィノの洞察力には感服するよ。その調子で協力してくれるかな?」
「フィノは何をすればいいんです?」
「魔法でシリンダーの中に圧縮空気を作って欲しいんだけど」
カイは一度ピストンを引き抜くと、中を指し示す。そこに圧縮空気を入れてもらうとピストンを差し込み、シリンダの縁を変形させて返しを作る。ピストンが抜けないような形になったところで魔法を解除してもらう。
「もう解除していいよ」
「しましたですぅ。これだと圧力が掛かって固くなっちゃいますよ?」
「これで良いんだよ。
「なるほどね。確かにそうだわ」
再び彼女達が床にシリンダーを立てて体重を掛けるが、今度は少ししか沈まないし、強い力で戻ってくる。
「すごいわね。これを座席箱の下に取り付けたら全然ガタガタしなくなるわよ」
「それでも良いんだけどね。もうひと工夫するよ」
とりあえずもう一本同様の空気圧式緩衝装置を作る。
「今度はベアリングを作るから」
「あの
チャムが笑顔になる。釣りに関係した事となると上機嫌になるチョロさに笑いを噛み殺す。
「そうそう。かなり重い物でも大丈夫な構造にするから、ちょっと形が違うけどね」
「そう言えばあの時、フィノは車と名の付く物には何でも使えるって言ってたものね。これを予見していたのかしら?」
「まさか! そんなの無理ですぅ」
チャムがフィノをからかっている内も、カイは作業を始める。
まずはボールベアリングの時と同じ外輪と内輪を作り上げる。ただし今回は内輪の内側の直径でも
そしてステンレス鋼の丸棒を作り出すとピッタリ等間隔で切り出し、同じ重さにする。それからコの字型のゲージを取り出すと、切り出した欠片を中に入れ、仕上げの成型をした。出来上がったのは金属の円筒形の「ころ」だ。今回のベアリングは円筒ころ軸受なのである。ボールベアリングと比較すれば僅かに回転の円滑さに劣るが、荷重には断然強い。点でなく線で荷重を受けるからである。
「金属部品が多くてかなり重い馬車になっちゃいそうね」
「相当重くはなるよ。でもこのベアリングを組み込むから、引っ張る力はごく少ない力で済む筈なんだけど」
「そうですね。お馬さんはだいぶん楽できると思いますぅ」
「ああ、そうか。忘れてた。これは楽に引けるけど止まり難くなっちゃうな。いけないいけない。制動装置も考えなきゃ」
危うく問題点を見過ごしそうになる。おそらくこの辺りが専門の技師との差になるだろう。所詮、カイは物作りの専門家ではないのだ。
車輪は木製にする。ここは消耗部品になるので、製造・交換が容易でなくてはならない。カイが居なければ動かなくなるような代物では話にならない。
カイが作り出した車輪を見て、三人はちょっと驚く。普通、馬車の車輪は
「小せえな。そんなんで大丈夫か?」
「小さい方が走り易いし止まり易いし舵も切り易いんだ。踏破性は低くなるけど、そんな荒れ地を走り回らなきゃ気にならないし、石くらいなら車重で弾き飛ばしちゃうかな?」
「そんなもんか」
この車輪を二つ作る。ベアリングを通した金属車軸の両側に車輪を取り付け、サンドイッチするような構造に組み上げる。これで一つの車輪にするのだ。これを四方に配置し、箱を支えるのである。つまり四点独立懸架方式。自動車と同じ構造にするのである。
この世界に於いては実に独創性に富んだ形状に仕上がるだろう。
出来上がりの形を想像しつつ、新たな部品を作り出すべく思いを巡らせるのだった。
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