新領視察行
馬車作り(1)
この世界の馬車というのは基本的に軸受けの上に荷台が乗っているだけの物であった。もちろんそのままでは非常に乗り心地は悪く、路面状態によっては慣れないと酷い目に遭う事請け合いだ。
当然付加価値として様々な努力が行われてはいる。車輪に皮を巻いて衝撃を抑える。軸受けの部分に金属板バネを用いて振動を緩和する。中には
皮は消耗が激しく頻繁な交換が必要。金属板バネは掛かる負荷が小さいと効果が薄い。風魔法に至っては魔力の消耗が大き過ぎて、どんな優秀な魔法士が同乗しても移動出来る距離は微々たるものという始末。
結局生き残っているのは、吊り下げ式馬車と呼ばれる車両となった。これは車軸懸架した骨組みから
「何とかしてくれ」
泣き付いてきたのはクラインだ。
別にセイナの説得を頼みに来た訳ではない。それに関しては王太子は陥落している。更に言えばエレノアにまで、自分一人を置いていくのかと問い詰められた。
頼みたいのは馬車についてだ。彼はクナップバーデン行きの時、腰と尻が上げる悲鳴に泣かされたのである。その時は強行軍だったのもあるが、それでも長旅を意識すると痛みが思い出されてしまうのだ。
「なぜ僕の所に来るんです? 王国召し抱えの技師の方が居るでしょう?」
「あの時だって最先端の方式と素材を使った馬車だったんだぞ。今、新調したところで同じ物しか出来上がって来ないさ。だから君に頼んでいるんだ。この視察の元になる提案を出したのは君なんだから、それくらい聞いてくれてもいいだろう?」
「嫌なところを突いてきますね。僕なら何とか出来るとでも?」
「出来ると信じたからこうして来ている」
攻め方がいやらしい。こんなところばかり成長したって仕方ないと思われるが。
「そんなんじゃ姉ぇに嫌われますよ?」
「相手は選ぶさ」
「……はぁ。少し思い付きは有るので努力してみましょう。でも、タダじゃやりませんからね?」
「もちろんだ。出来如何で言い値で買おう」
「言質は取りましたからね。評価は任せますけど」
門外漢の内装関係は専門家に任せる約束をして、カイは馬車作りに乗り出すのだった。
◇ ◇ ◇
いつもはあまり行かない辺りの森に来ている。チャムでさえ初めて来た場所だ。
「珍しいとこ来たみたいだけど、もしかして危険地帯?」
「外れ。むしろ獲物が少なくってほとんど誰も来ない所」
「それはまた変わった場所選んだのね。何事?」
彼が何の理由もなくそんな場所に連れてくる訳が無いとチャムは思っている。
「それはね、お金になる魔獣が少ないからこそ、お金にならない小型魔獣が集まるからだよ」
「小型魔獣?」
「そう。だから
「いっぱい狩らないといけないんですか?」
お金にならないと言っている以上、目当ては素材であろう。
「出来ればね。どこにでもいる魔獣だけど群れているのはここくらいなんだよ」
「何を狙えば良いんですか?」
「
「うぎゃ!」
フィノが奇妙な悲鳴を上げたのには理由が有る。
その割に敏捷性は高く、名の通りに木々の間を飛び回って非常に狩り難い魔獣なのだ。急に襲ってくる事は稀だが、時に群れを成しており、刺激すると襲ってくる事がある。そうなると厄介な事この上ない。
「何でまたそんな面倒な獲物を狙うんです?」
フィノは以前、迷った森で
「とりあえず皮膜はキープしておきたいかな? 他の場所の皮も、質的に悪くなかった気がするんだよね」
「
「勘が当たれば使える筈なんだけどな。僕も相手にしてこなかったから記憶が怪しいんだけど」
「まあ良いわ。射撃練習の的には最適かもしれないし」
そんな風に言いつつ、樹幹を見上げている。
風属性である彼らは滑空を始めてからが厄介になる。魔法を交えて縦横無尽に飛び回り、木登りにも適した鋭い爪で引っ掻いて来たり、尻尾で叩いて来たりする。
よほど集中攻撃を受けなければ命に関わるような事はまず無いが、鬱陶しいのは間違いない。
そんな
安全地帯まで出て来てそれをやるので、小動物を狩った肉で生計を立てている猟師が困ってしまうのだ。そういう存在なので新人冒険者が小銭稼ぎに狩っている程度なのが実情だ。
そこまで樹幹にひそむ
チャムやフィノが撃ち落としたそれをカイが止めを差し、回収する手順だ。彼は皮膜に触れては「意外と良質?」とか、腹側の柔らかいブニブニした皮に触れて「これならいけそう」などと言っている。
一匹だけ解体して、腹側の皮を剥ぎ取り水分を抜くと丸めてグッと握る。はち切れそうになりながらも、指の間からもはみ出してくる様子を見るとかなり弾力性は高そうだ。
「それで吊り下げベルトを作るの?ちょっと柔らか過ぎない?」
仲間にも馬車作りを依頼された話はしている。最近はカイの物作り風景にも見慣れてきて素材選びにも目が利くようになったチャム。束ねれば使えるだろうが、大荷重を掛けるには柔軟性が高すぎるように彼女には思えた。
「これくらいで丁度良いんだよ。どう使うかはお楽しみに」
「あらそう。まあ、あなたの作る物なんだから普通じゃないんでしょうけど」
一人放っておかれて馬車作りは寂しいので、興味を引くような台詞を吐く。
「おーい! 結構居るぞ。フィノ一人じゃ手が回らなそうだ」
「すぐに手を出さないのよ! ってもう魔法使ってるじゃないのよっ!」
「ちょ! 腹、赤っ! そいつは
「あちゃー」
後の祭りだった。樹々がざわりと揺れると多数の影が飛び出して来る。
「熱っ! 何やってんのよ、もう!」
そして熱風で上昇気流を作り、ヒラリヒラリと飛び回っては小火球を放って来るのだ。
「へぶっ!」
カイが
「ぢぢぢっ!」
リドも大型化して
その後はもう、てんやわんやだった。
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