馬車作り(3)

 カイは時々手を止めて考えつつ組み上げていく。何せそれぞれの部品は元から有る機構を流用したものだが、思い浮かべている全体の構造は彼のオリジナルなのだ。出来るだけ単純な構造にして、自分以外の人間にも整備や簡単な修理は可能なようにしなければならない。そうじゃないとおちおち旅立てもしない。


 車輪もハブから多数のスポークが伸びるものでなく、ハブからリムへは五本の足が伸びているだけの一体型になっている。強度は高いが、変形魔法士以外に任せると削り出ししか方法がない構造。カイはそこは気にしていない。強度重視の特注品を作っているつもりなのである。接地面には硬くて防刃性さえある魔獣の皮を巻いて摩耗を防ぐ。


 中央が円弧になった細長い金属板で挟み込んでベアリングを噛ませると、円弧の頂部からシャフトを伸ばす。これは車輪を馬車枠組みシャーシに固定する物ではなく、穴に通して上下動出来るようにする為の物。このシャフトの前後に空気圧式緩衝装置エアショックアブソーバーを配置して、路面の凹凸や衝撃は車輪部分だけで吸収する構造体に組み上げた。


 シリンダー方式の緩衝装置は、軸方向への変化は緩衝出来るが、横方向の荷重には弱い。シリンダー内部が傷ついてしまうからだ。その為にこのシャフトが路面水平方向に掛かる荷重を防ぐ役目を担っている。枠組みシャーシのシャフト軸受けにも円筒ころが組み込まれて、円滑に上下動するように工夫した。


 この全体の機構が、車輪を小さくした最大の理由になる。車輪を大きくすればするほど支えるシャフトも長くしなければならず、構造的に間延びしてしまう。そうすれば強度がガクンと落ちてしまうのだ。逆に小さくした時の欠点は、前述した踏破性の低下だけだと言っていい。

 小さければ緩衝装置も短く、伸縮幅ストロークも少なくて済むというのもある。


「面白いわねー。よく転がるのに全然振動が伝わってこないわ」

「ズルいですよぅ。フィノも乗せてください」

 女性陣は枠組みに固定する基部に腰掛けて車輪を転がす遊びに興じている。

「こらこら。それと同じものをあと三つ作んなきゃいけないんだからね」

「作るのはあなたでしょ。私達の魔法の出番は少しだけじゃない」

「まあそうなんだけどさ」

 放置されるとちょっと寂しい。


 車輪回りの機構は、単体でもかなり重量のある物になったが、クラインの要望には応えられるような出来上がりだと思われた。


   ◇      ◇      ◇


 カイから完成の報告をもらって、クラインはいそいそと王宮練兵場にやって来た。

 そこには長さ300メック3.6m170メック2mという、通常の馬車に比べて三倍近い面積を持つ枠組みシャーシの上に床板が組み上げられている。枠組みからは引き棒が伸ばされていて、便宜的にパープルとブルーが簡単に革紐で括り付けられている。


「ずいぶん大きいではないか?」

客室キャビンは大きい方が楽でしょう?」

「限度が有るだろう? この床の上に箱を組み立てるんだぞ。もっとずっと重くなる。専門家じゃないから詳しくは分からないが四頭立てにしても厳しくなってしまうんじゃないか?」

「そう思うでしょう? ところがこれが彼らでも悠々引けるんですよ」


 促されると王太子一家は床板の上に上がって来る。エレノアも「お邪魔するわね」と言いつつ、フランの介助を受けて上がってきた。何せ床面の高さは下部に車輪が収まっている為、80メック96cmもある。脚立を用意してあるがドレスの女性には一仕事かもしれない。


「パープル、ブルー、よろしく」

 カイが声を掛けるとセネル鳥せねるちょう達は足を踏み出す。馬車は大した抵抗も無く、スルリと発車した。

「どんな感じ? 重いかい?」

「キュキュ!」

「キュリールー!」

「もしかして余裕かな?」

「「キュイ!」」


 適当に進むとカーブを描いて元の方向に戻ってくる。そのまま周回を始めるが、セネル鳥には全く負担になっていないらしい。

 おっかなびっくり乗っていた乗客の王太子一家も、草叢や馬蹄が掻いた凹凸を踏み越えても全然揺れない車上に在って驚いているようだ。セイナやエレノアでさえ何の支えも無く立っていられる。


「これは……、魔法か?」

「違います。そういう仕組みなんですよ」

「信じられん。どうすればこんな物を作れるんだ」

「昔の人の知恵の結晶です」


 元の位置に戻ってくると、彼はセネル鳥に止まってくれるようお願いし、自身も合わせて制動装置ブレーキを操作して車体を停止させる。これはテコを利用した摩擦式の制動装置。紐を引っ張ると、後輪に皮を巻き付けたパッドが押し付けられて制動が掛かる機構だ。


 他にも更に手が入れられている。

 あの後、部屋で試作した車輪機構を横から睨んでいたカイは、一度組み上げた空気圧式緩衝装置を没にした。そのまま外で使用すると下から泥やゴミが入り込んで、シリンダ内を傷付けてしまうだろうと気付いたからだ。改良版のシリンダは、下部もピストンロッドを通す穴と小さな空気穴以外は封じられており、穴にはパッキンが取り付けられた。これでシリンダ内に異物が入り込む事はまず無いだろう。


 更に上にチャムに腰掛けてもらって小さな段差の上を転がす。僅かに軋む音とブレ振動を感じたカイは、シリンダーの配置を考え直す。結果、シャフトの前後のシリンダーを車軸に向けて少し斜めに取り付けるよう変更する。それでシャフトの遊びによるブレを抑え込んでしまおうという考えだ。その試みが功を奏して、ブレはほとんど起こらなくなっている。


 設計図や構想だけでは問題点に気付けず、こうして試作品を組み上げてしまわないと洗い出せない辺りが、彼が素人である証明になる。変形魔法が有るからこそその場で簡単に修正出来、効率の良い物作りが出来ているだけの話なのだ。


 その後、冒険者達も上に乗り込み、荷重を増して馬場を乗り回したのだが、全員が全く不快感を感じない仕上がりになっていた。セネル鳥もほとんど疲労を感じていない。クラインは十分な出来上がりに納得してくれたようだ。


「一台25000シーグ二百万円出す。だからもう一台作ってくれ。これが有れば随行員も増員出来る。色々楽になる」

「引き受けましょう」

 カイは仲間を振り返って満面の笑顔を見せる。

「山分けで一人12500シーグ百万円だよ。あの苦労も偲ばれるね」

「え? 良いわよ、気を遣わなくても」

「いや、最初からそのつもりであの狩りに誘ったんだから構わないんだよ」

「でも悪いです。フィノは少ししか協力してないのに」

「俺も何にもしてないんだがな」

「じゃあトゥリオの分はフィノにあげるね」

「いや待て。くれるもんは貰うぞ」

 トゥリオはそのままフィノに渡すよりは、何か贈り物を買おうと画策しているのだった。

「フィノはもうお金の感覚が変になりそうですぅ」

「有って困らないくらいなものだと思って諦めなさいな」


 慰められているフィノだが、相変わらず自分の評価が低い。今回とて、彼女が居なければもっと飛び火蜥蜴フライングサラマンダーに苦労する羽目になっていただろう。その働きの対価だとカイは思っているのである。


「つまんない。リドに乗るほうが楽しいよ」

「あのね、リドは乗り物じゃないのよ」

 最近、ゼインは大きいリドに乗るのに凝っている。風鼬ウインドフェレットは決して乗用には向いていないのに、激しく動く背に乗るのにスリルを感じているらしい。その辺は男の子だと言っていいだろう。

「チャムも乗ってみると解るよ?」

「遠慮させて……」


 ゼインはあくまで楽しさを主張し、布教を諦めないのだった。

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