導く力
(そう言う意図があったのか。動かされているな)
情報を速やかに拡散させた場合、その反応が色濃く感じられるのはインファネスだっただろう。それに対してカイがどう考えるか読まれている。
ならば、次にどう動くかも或る程度は予想可能。ここに仕掛けを置いて待っているのも分の悪い賭けではない。
(この流れには乗りたくないんだよなぁ。でも、僕にどうこう出来るものでもないか)
そうは思うが、やれる事はやってみなくてはならない。
「僕が皆さんを護送する事は出来ません」
木立の間を黒髪の青年の声が流れる。
「これから南部を東進して、皆さんのような避難者を集めて回らなくてはならないからです。その方々も困っているでしょうから」
しかし、耳を傾ける者達の顔に不安の色はない。
「今から食料を分配いたします。ですから、皆さんは集結したままでクステンクルカまで北上してください。そこに受け入れ態勢が出来ています。インファネスまでの食料補充と護衛が受けられるように手配されているのでご心配なく」
束の間、静けさに支配されたものの、反対意見が返ってきた。
「嫌だ。ハモロはカイ達に付いていくぞ。戦う力はあるんだ。困っている人がいるって言うのなら助けに行く」
元々情の深い少年だった。だからこそ狼達を助けようとしたのである。そのハモロがここで引いたりはしないだろう事は予想出来た。
しかも狼人間騒動の折に彼らはカイ達に手ほどきを受けている。たった三人で魔獣狩りの依頼を受けて実績を上げるほどに技量も上がっているようだ。
自負と情が彼を衝き動かしている。
「ロインも行く~。邪魔にはならないし~。ゼルガも行くよね~?」
金髪犬娘は当然のように仲間を誘う。
「当たり前です。ゼルガだって役に立ちますから」
「あんた達、もうちょっとよく考えなさい。これから衝突する可能性が有るのは魔獣じゃなくて人族よ? 脅しを掛ける程度じゃすまないわ。命がけよ?」
「ゼルガ達ではチャムさん一人にだって敵わないでしょう。でも、誰かの為に戦う覚悟ではそんなに劣っているとは思いません」
カイの思いを汲んで逃げ道を用意したチャムにも、彼らの決意を覆すのは無理なようだ。
そして、それは呼び水になってしまう。
「子供だけに任せていられるか! ルオンは元から領兵だぞ! 行くに決まっている!」
腰の剣を抜いて掲げる。
「ムヌースだって冒険者だ! 戦える! 同胞の苦難を見捨てておけるか!」
「ルティーナも弓兵、役に立てるから!」
危機感から逃げ出すことばかりを考えていた人々は、目が覚めたように戦意を滾らせている。
(やはり聞き分けてはくれないか。弁を尽くそうにも、心情が理解出来るだけに無下にも扱えない)
戦いに巻き込みたくないという思いと、気持ちを汲んであげたいという思いが拮抗する。
珍しく思い悩む彼をファルマは興味深げに観察している。
譲歩を促すように次々と手を挙げる者が増えていき、それは半数を超えていく。もしかしたら全員が立候補するのではないかという勢いだったが、中には子供連れもいれば人族の家族や恋人を連れている者もいる。さすがにその者らは避難を選ぶようだ。
「分かりました」
青年も押し切られた形になってしまった。
「ですが、子供を連れた方には遠慮してもらおうと思います。はっきり言って避難にも危険は伴います。戦える方は子供達を守ってください。それも立派な役目です」
そこだけは引き下がる訳にはいかない。明言すると、振り分けに従ってくれるようにお願いする。
高齢者と子供、その家族を集めて食料を多めに渡す。意外と恋人同士や既婚者同士で二人とも戦える力を持つ者が多く、半数をゆうに超える三千七百もの獣人が戦力として残った。
十分に戦闘単位として機能する数だ。それを考慮に入れて方針を改める事にする。
(まずは帝都を発ったという軍勢を偵察してから避難民を救出して回ろうと思ったけど、戦力になってしまった以上はやり方を変えないとな)
新たな方針に考えを巡らせる。
千名超の大隊規模で指揮官を決めねばならないだろう。山を引き払う過程で中心になる人物を見極めていこうと考える。
そのつもりで出立の準備を始めた人々を観察していたら、かなり大柄な体躯を気に掛けていたか、静かにのっそりと
感謝を込めて首筋のたてがみに指を絡めて掻くと目を細めて気持ち良さそうにしている。狼達は周囲の警戒に余念がなく、高揚して走り出そうとする子供を押し戻したりと忙しい。ハモロ達もその狼と一緒に全体に目配りしている。
(おや? これはどうしたものかな?)
少し意外な気がして観察を続ける。
「どう思う?」
同じく腕組みして眺めている麗人に問い掛けてみる。
「纏めているわね。割としっかりと。皆、あの子達に一目置いているみたい」
「だよな。ガキだからって嘗められている風もねえ」
「何となく分かりますぅ」
フィノはあまり意外に感じていないようだ。
「どういう事かしら?」
「敬意ですよぅ。たぶんここに集まっている人は人族社会で生まれ育った人がほとんどなのですぅ。
「なるほど!」
普通にしているようでいて、狼に恐怖を抱いてもいたのだろう。だが、実際には危害を加えられる事はないし、ハモロを始めゼルガやロインは意思疎通を可能としている。彼らが狼を慣らしているように感じて、尊敬の目で見たとしてもおかしくはない。
(これはいけるかもしれない)
カイは今後が見えた気がする。
(これも計算通りなんだろうか? それとも拾い物と思ってる?)
灰色猫のしたり顔からは真意は読めない。
(とりあえず意思確認だけはしておこう)
彼は、親しい少年少女を呼び寄せた。
「まずは蓋を外しておこうと思う」
改めた行動指針を説明されたが、比喩表現にハモロ達の顔には疑問符しかない。
「蓋~?」
「ドゥカルの領主サルゲイド伯を退ける。この暴挙を止めておかないと、南部の獣人がここを通って西部に逃げられない。意思を挫いておかないとならないんだよ」
「通行止め解除~」
ロインは楽しげに答えてくる。
帝都ラドゥリウスから西の南部獣人は西に逃げたくとも、この南西部の動向が耳に入って、挟まれて動けなくなっているだろうと思われる。両側に蓋がされていては身動き出来ないので、片方は外しておかねばならない。
「その為に、この三千七百を戦力として機能させなきゃならない」
いきなり公にはしないよう、小声で説明を続ける。
「分かります。お手伝いさせてください」
「助かるよ、ゼルガ。大隊規模の戦隊単位で運用出来るように指揮官を決めなくてはいけないんだけど、それを君達三人にお願いしようと思う」
「わ! ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
大隊規模とは千から千五百ほどだが、彼らはそれが分かっているとは思えない。ただ膨大な人数のリーダーになって欲しいと頼まれているのだと理解はしているだろう。
「ハモロ達なんてやっと
見るからに重責に感じている。
「ここの人々を纏め上げていたのは間違いなく君達だ。様子を見ていたけど、それで問題無く機能するはず。頼めるかな?」
「無理にとは言わないわ。難しいようなら変わってもらうし」
「俺達でフォローしようと思ったら自由に動けねえと難しいだろ? 分かるよな?」
フィノも大丈夫と言わんばかりに何度も頷いている。
「やってみます」
不安に揺れていた瞳も、三人が見交わして決意の色に変わる。
少年少女の引き締まった顔が頼もしげに見えた。
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