拡散する猫

 理由は簡単だった。

 雲輝狼クラウドシャインウルフと懇意にしている少年達が中心にいて頼まれたから、狼達は獣人を保護していたのである。


「それにしてもずいぶん集まりましたねぇ」


 フィノの意見ももっともだ。

 この人数が集まって移動していたとは思えないし、皆が同じ潜伏場所を目指したとも思えない。ここはあまり知られていない普段人気の少ない山で、だからこそ転移門が置かれていたのである。


「今のところは追手も掛かっていねえみてえだぞ? 偵察くれえ出さなかったのかよ?」

 トゥリオも目立たないうちに北上したほうが良いのではないかと思ったようだ。

「この規模となると、長居しては食料が持たないんじゃないの?」

「ゼルガもそう思ったのですが、猫の姉さんがここに集めているんです。港湾都市ドゥカルの領主が獣人捕縛令を出しているらしく、集団で抵抗しないと危ないと」

「猫の姉さん?」

 チャムの質問への答えには意味の解らない単語が混ざっている。

「偵察に出てから結構時間が経つのですが」


 黒髪の青年は背中にピリピリとした何かを感じる。ずっりとした予感が彼を苛んでいる。厄介事に巻き込もうとする意図が質量をともなって襲い来るかのような……。


「この背中にのし掛かる生々しい重みのような……、ってか重いよ!」

 後ろに向かって突っ込む。

「カイだにゃ ── !」

「げ! ファルマ!」

 青年の背中に飛びついてきたのは斥候士スカウトの灰色猫だった。

「『げ!』とは何だにゃ、『げ!』とは! 失礼しちゃうにゃ!」

「あんたが現れると大概厄介な事が起こっているのよ! 自覚なさい!」


 リドに「ぢー!」と警戒音を立てられつつ尻尾でぱちぺちと叩かれているのに、彼女には省みるつもりはなさそうだ。カイの背中に張り付いたまま離れない。


「姉ちゃん、また連れてきたのか?」


 恐る恐る二十人ほどの獣人が木立を抜けてやってくると多くの同胞に迎えられる。そこで緊張の糸が切れたのか、へたり込む者もいた。


「なんだ~。カイもファルマと知り合いなんだ~」

 金髪の犬娘が彼の腕を引く。この二人は息が合うのか仲が良い。

「縁が有ってね。時々、気儘に現れては手を貸してくれているのさ」

「そっか~。ファルマ、すごいもんね~」

「そうにゃあ。ファルマはすごくて可愛いのにゃ。もっと大事にするにゃ」

 カイの首に手を回して身体を揺する。

「だから振り落としてないだろう? そろそろ降りてくれないかな?」

「堪能したにゃ」

 降りて回り込んだ灰色猫は、自分の鼻をツンツンと指している。


 匂いを嗅いでいたという意味だろう。

 獣人には通常の嗅覚が鋭いのはもちろん、特殊な嗅覚が利く特色を持つ。それは獣人に対して好意的で、高い力を示す相手を嗅ぎ分ける能力である。

 幼少期の保護本能に基く能力だと考えられる。自らを保護してくれる存在を見極め、それを良い匂いとして感じるのだ。

 普段は秘密にしている能力も、周囲が獣人だらけなら隠すほどのものではない。


「じゃあ、姉ちゃん。もしかして、カイが……、その……、あれだって知ってる?」

「もちろんにゃよー。カイが魔闘拳士にゃ!」

 ハモロは、判断が付かず言い辛そうにしたのに、あっけらかんと暴露する。


 人族が現れ、警戒感を示していた獣人達。自分達にこの安全な場所を教えてくれた少年少女の知り合いであればとそわそわしつつも黙っていたが、そこへとんでもない情報が放り込まれた。


「うおおお!」

 一斉に感嘆の声が上がる。

「助かった!」

「生き残ったぞー!」

「嬉しい……」

 まるで既に逃げ切ったかのような騒ぎ方だ。


「ちょっと待ってください!」

 両手を掲げて騒ぎを抑える。

「まずは現状を確認させてくださいね?」

「では、ゼルガが説明します」


 一番状況を把握しているであろう三人の中で、冷静な彼が立候補した。


   ◇      ◇      ◇


 一度、獣人郷に詣でに行っていたハモロ達は、雲輝狼クラウドシャインウルフとの事で責任を感じており、宿場町レスキレートまで戻ってきた。

 引き続き彼らが専門にしていた食肉用草食獣狩りに加え、魔獣狩りにも手を出して生計を立てながら、時折り狼達にも会いに行く陽々ひびを送っていた。


 事の起こりは八陽ようか前。

 獣人連絡網で、獣人侯爵叛乱の内情と西の盟主の決起が伝わってくる。それに魔闘拳士が関与していることも。

 加えて、レスキレートや南の港湾都市ドゥカルを治めるサルゲイド伯爵が、叛乱の報に触れて領兵に獣人捕縛の命令を下したと伝わってきた。


 あまりに出鱈目な命令だったが、領主の命令は命令である。ドゥカルではかなり派手な混乱が起きたようだがレスキレートでも混乱があり、どう足掻いても獣人は逃げ出さなくてはならなくなる。

 かなりの数の獣人が脱走しなくてはならず、安全を求めて小集団がばらばらに北へ向けて旅立った。


 その一部を纏めたのがハモロ達である。

 当面の潜伏先に心当たりのある彼らは、出会う同胞に声を掛けながら集結し、この狼達の山に逃げ込んだ。


 そして、翌陽よくじつには珍客を迎える。

 剽軽で軽薄な雰囲気の斥候士スカウトの猫獣人が同じく避難民を引き連れてやってくると、連陽れんじつに渡り出掛けては同胞を保護して連れてくる。数十人の事もあれば時に数百人に及ぶ事もあり、山に逃げ込んだ人数は膨れ上がっていった。


 ファルマと名乗った猫系獣人は、今後の不安を口にしたゼルガに大集団で纏まって戦力となる事で安全は担保されると教える。いくら領兵が軍として機能していようが、千人単位の獣人集団には気後れすると諭されたのだ。


 そして彼らは、周辺の獣人を糾合して北へ向かう時を探っていたのであった。


   ◇      ◇      ◇


「やっぱりこの面倒な状況を作り上げたのはファルマじゃないの!」

 チャムが横目で睨むが、本人はどこ吹く風。

「冤罪にゃー。ファルマは間違った事は言ってないにゃよ?」

「確かに理には適っているんだよね。部隊編成された領兵が動員されているのなら、小集団で動くのは危険だ。領主が何を考えているのか分からないけど、冗談では済まされない被害がどちらにも出る」

「ほら見ろにゃー! 可愛いファルマちゃんのほうが正しいにゃー」

 不機嫌を露わにするチャムに、灰色猫は勝ち誇った笑みで応じる。

「腹立つ!」


「ただ、よく解らない部分もあるね」

 カイはファルマに味方しただけで終わらず、疑いの目も向ける。

「西部の情報、南の情報。どちらも拡散が早過ぎる。どういう事かな、ファルマ?」

「にゃ? それはこの美麗猫ちゃんが走り回って色んな人の耳に入れたからにゃー。四陽よっか前くらいにはラドゥリウスにだって届いているはずにゃー」

「何だって!?」

 その言葉に青年は、事態が予想より遥かに深刻である事に気付く。

「まずい。これは難しくなった」

「どういう事?」


 既に状況は悪化しているという意味だ。帝国がどんな対応をするにせよ、獣人の取る行動は一つ。この周辺のような脱走になる。

 留まれば最悪、彼との戦いに駆り出される可能性が高まると知る。コウトギの意思決定を知っている獣人達は、それを避けたいと考えるだろう。ならば一斉に脱走を企てるしかないという結論に至るのは自明の理。

 先回りして受け皿の準備に動こうとしていたカイ達は、完全に後手を打っている事になる。つまり、急がねば受け皿の無いまま迷走する獣人が増えてしまう結果が待っている。


「いけませんですぅ。嫌ですけど、また帝都近くまで行かないと、サルゲイド伯爵領と帝都の間で板挟みになっている人達がいるはずなのですぅ」

 フィノの言う通りの事態が差し迫っていると思われる。

「やってくれたね、ファルマ?」

「急ぐにゃよ、カイ」


 その言葉で彼女がカイの動きを予想していたと知らされた。

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