愚挙の結末

 バルッカ・テレメンツが伝手を辿りに辿って行き着いたのは、ホルツレイン最大商会と名高いクラッパス商会であった。国王陛下の御用商人でもある彼の商会ならばホルムト商業界への影響力は非常に大きく、商業ギルドへの発言力もある。そのクラッパス商会を動かせれば、バーデン商会はおろか魔闘拳士までも手が届くかもしれない。

 出来得る限りの付け届けを携えてクラッパス商会を訪れたバルッカは、待たされはしたもののムリュエルへの面会に漕ぎ付けた。


本陽ほんじつはお時間を取っていただき誠にありがとうございます。つまらない物ではありますが、どうかこちらをお納めください」

 正直、栄華を誇るクラッパス商会主にとっては本当に些少な品々かもしれないが、縁の無いバルッカが誠意を示すにはそれくらいしか思いつかなかったのだ。

「これはこれはお気遣いいただき感謝いたします。お互い忙しい身の上、早速御用向きのほうをお伺いいたしましょう」

「おお、そうでありますな。実は一つ困り事がございまして、ムリュエル殿にお力添えいただきたく……」


 バルッカは自身の窮状を訴える。事前通告無く一方的に契約解除の不義理を働くオーリーと、その原因となった魔闘拳士の傲慢を身振り手振りを交えて大袈裟に伝え、そんな横暴許すまじと賛同を得、糾弾の手筈を整えようと立ち回るべく言い募る。

 だが実際のところ、ムリュエルは現状を正確に把握していた。ホルムト最大商会の会頭ともなれば、そのくらいの情報網は常時稼働し、彼の耳に入ってくる。

 テレメンツ夫人の愚行も、オーリーの怒りも、バルッカがマータナリー伯爵に絶縁を言い渡された事から、魔闘拳士がその一事に何の感慨も抱いておらず全く動いていない事まで知り得ていたのだ。


「なるほどそれはお困りでしょう。しかしながら当方にご協力出来そうな事はほとんどございませんな。反転リングは当方で使用したいと考えている分まで出荷に回して引き合いにお応えしている有様。モノリコートもお付き合いのある商会や取引先にお出しする量を確保するのに精一杯で、新たなご要望にお応えするのは不可能な状況。バルッカ殿にはその辺りをご理解いただきたいと考えておりますゆえ」

「それならば好都合。あの目障りな成り上がりめに退場してもらえばモノリコートはその分浮いて貴殿に回る入荷量は増えるのではございませんか?更に彼奴めの抱える職人もクラッパス商会でお抱えになれば生産量は向上し、貴殿の独占市場でございますぞ。ムリュエル殿が御決断くださるならこのバルッカ、誠心誠意ご協力させていただきたく存じます」


(つまらん男だな)

 おくびにも出さないが、ムリュエルの正直な感想だった。


「ではお聞きしたい。バーデン商会は王太子殿下の御用商人。その失脚の画策が露見したとなれば、次期国王であらせられる王太子殿下の不興を買う事は想像に難くない。その危険性を補うに値するほどの代償が当方に有りましょうかな?」

「う、うむ、そうでありますな……」

 バルッカはこの件でクラッパス商会と縁を深め、共謀者として裏で繋がり、その先で魔闘拳士失脚の策を講じようと考えている。まずはその第一歩としてこの交渉を進めなくてはならない。

「では表に立つのはこのバルッカが務めましょう。商業ギルドの集会に於いて、バーデン商会の不義理を質すよう訴え掛けます。ムリュエル殿には内々にお声掛けいただき、意見の取り纏めをお願い致したく思います」

「ほう、では貴殿は本件の危険性を一身に引き受けるとおっしゃる?」

「その通りでございます! ムリュエル殿には後ろでどっかりと構えていただくだけで多くの利益が入る算段になります。それを足掛かりにバーデン商会を庇うであろう魔闘拳士を弾劾し、失脚させるに至れば次なるはルドウ基金。事実上の差配を握るお嬢様に基金を掌握していただき、ムリュエル殿が実権を握るのもそう難しくはない筈。いかがなもので?」

「無駄ですな」

 ムリュエルはこれ以上話しても何の益も無いと感じ、幕引きに論法を傾ける。

「貴殿は魔闘拳士を知らなさ過ぎる。その程度の策略などの御仁は簡単に看破して見せるでしょうな。彼は懇意にしている人物を非常に大事にする。その先鋒である貴殿はどんな目に遭わされるのでしょうな?」

「そんな、まさか……」

「もう少し新しい情報に目を向けるべきですな。そもそも反転リングの発明者がどなたかもご存じないようだ」

「は? 魔法院で開発されたのでは?」

 バルッカはそう思い込んでいた。魔法院で研究開発が行われたからこそ王家の御用商人であるクラッパス商会やバーデン商会に製造販売が委託されているのだろうと考えていたのだ。

「発明者は魔闘拳士ですよ。バーデン商会で生産が追い付かないから、うちでも生産販売をお願いされただけ。もうお解りいただけた事と思うが、当方もの御仁と深い繋がりが有るのですよ」

「あ……、あ!?」

「元を質せばモノリコートも魔闘拳士が作り出した物。カイ殿の言葉一つで、我が商会の儲け頭の商品が取り扱えなくなってしまう。私がそんな愚行を犯すとでもお思いか?」


 これはほとんど嘘である。反転リングはともかく、モノリコートの権利はもう王家の手中に有る。カイが何と言おうと販売を差し止める権利はない。

 しかし実際には、カイが強論すれば王家はそう動く可能性は高い。彼はそんな事はしないとムリュエルも思ってはいるが。


「主要2商品を当商会から奪い、我が身代に罅でも入れるおつもりか? もしや当商会に取って代わろうとしていらっしゃるのか?」

「とんでもない! そんな事は欠片も考えてなどいませんとも!」

「冗談はともかく、貴殿の企みは全て魔闘拳士に筒抜けですよ。どうなさる?」

「…………」

 バルッカはもう言葉も無い。

「貴殿の愚挙は見過ごすにはあまりに許し難い。この件は商業ギルドに持ち込ませていただく。沙汰有るものとお覚悟を」

「どうかどうかそれだけはご勘弁を! 我が家族も従業員も路頭に迷ってしまいまする。どうかご勘弁くだされ!」

 目を見開いたバルッカはすぐに跪いてムリュエルの膝に縋り付く。

「見苦しいですぞ? 他者を貶めようと考えるのに、自らが堕ちるのを善しとしないとは」

「何と言われようと構いません! お許しいただけるなら!」

 愚か者の末路を見る思いで、彼はバルッカを見下ろしている。


「仕方ない……。ご本人に伺ってみましょう」

 無為な時間を過ごしている気がして溜息しか出ないムリュエル。

 隠しから遠話器を取り出して発信操作を始める。バルッカは、彼が急に何をし始めたのか理解出来ずに呆けていた。

「申し訳ない、カイ殿。今宜しいか?」

【こんにちは、ムリュエル殿。何か不具合でもありましたか? すぐに対応しますよ?】

 カイからは反転リングの設計図に刻印棒と同時に遠話器も譲り受けていた。

「実は…」

 語られる事情に、相槌を打つカイの声音に何ら負の感情が籠らないのを不思議に思いつつも語り終える。

【それはお困りでしょうね? オーリーさんは僕とちょっと似たところが有って、一度怒るとなかなか許してはくれないでしょう。ご無理を言って申し訳ありませんが、ムリュエル殿のほうで何とかご都合して差し上げてもらえませんか? モノリコート工場のほうには融通出来るよう僕からお願いしておきますので】

「おや、お怒りではないので?」

【別に何とも。ただお礼などは結構ですので。お互い思想思惑が違う者同士、それぞれの世界で生きていきましょうと、そうお伝えください】

 それは喧嘩にもならない深い断絶宣言なのかもしれない。それでも対立よりは建設的かとも思う。

「解り申した。お伝えしておきましょう」

【あ、また近々伺わせてください。色々考えるところがありまして】

「おお、それはもちろん! お待ちしておりますぞ。いつでもお声掛けください」


 カイからの伝言を伝えるとバルッカは床に頭を擦り付けて感謝の言葉を述べる。言う相手が違うのであるが、ここで跳ね除ければこの男はカイの所に押し掛け兼ねないと思い、黙って受け取る。


 ムリュエルは、聞いていた人物像よりカイが寛容だと知って一つ見直すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る