三人の初陣

(加減しなくても良いとは言ったけどさ……)


 ロイン戦隊の機動は怖ろしく疾い。とても雨の中の疾走とは思えない。彼女率いる千はその背中だけを見て追走している。


 おそらくロインはとんでもなく鼻が利くタイプなのだ。彼女がキンイロシマオイヌれんの出身の犬娘だからではない。俗に言う戦闘勘というものだ。環境や状況に関わりなく、最良の経路が見えているのだろう。


 狼人間騒動の時にもその片鱗は見えている。

 ロインは伸ばした自分の手の先が怪しくなるような霧の中でも全力疾走で相手に迫り、高速の一撃離脱を可能としていた。その時に才能が開花していたのかもしれない。

 その後の魔獣戦闘などの経験で更に磨かれ、洗練された形が今カイを驚かせているのだろう。


 奇襲を意図した先制攻撃ではないと分かる。音を消す工夫などしていないので、接触前に襲撃を悟られてしまう。

 ただ、その速度が尋常ではなかった。相手が態勢を整える前に激突する事となる。


「おおおー!」

 剣戟の甲高い音の後に重い衝突音が響く。武器を合わせた後は、そのまま体当たりを入れているのだ。

 様々な悲鳴が入り混じって聞こえる。準備の足りなかったサルゲイド伯領の領兵は、防具を外して身軽になっていた。そこへ戦闘装備の獣人が勢いそのままにぶちかましを掛けたのだから堪ったものではない。押し倒され踏みしだかれ負傷者が大量に発生する上、それらが邪魔で反撃も困難になる。

 そうしているうちに怒涛の如く押し寄せた戦隊は、擦り上げるように通り過ぎていった。雨に煙る視界には獣人達の姿はなく、ただ足音だけが残されている。


 負傷者を運び始めてしばらくすると、再び雨の帳の向こうから地響きが聞こえてきて、戦隊の影が見えたかと思うと一瞬にして血気盛んな戦士が武器を振りかざして斬り込んでくる。

 同じ事の繰り返しなら対応が取れようものだが、それを方向を変え角度を変えと自在に攻め立てているので、対処に困っている様子が窺えた。


 幾度も攻撃を受けて損耗が激しくなっていくものの、それでも相手は訓練を受け場慣れもしている軍である。激突の一瞬を耐える態勢が出来ていき、被害は徐々に少なくなっていく。

 それに、敵勢力が千程度であるのも気付き始めているのだろう。反撃の手筈を整える気配も見えてきた。


 再び襲い掛かってきた激突に耐え、離脱の後尾に反撃を加えようと踏み込んだ瞬間、領兵は真正面に敵が迫っているのに気付いた。それは機を見ていたハモロ率いる正面戦力である。

 追撃を掛けるべく不用意に踏み出していた領兵軍は、準備万端力を蓄えて接触してきたハモロ戦隊と激突。近接戦闘熟練者で編成された戦隊は、反復攻撃に慣らされて油断している兵士達に食らいつくように斬り込んでいった。


 ハモロ戦隊は一撃離脱はしない。正面から抉り込むように切り崩していく。

 彼自身は少し下がって全体が見える位置にいて、押し戻されそうなところへ戦力配分をしている。指揮官である以上、冷静に冷静にと自分に言い聞かせるような戦いをしていた。

 そして、ロインが軽く口笛を鳴らしてきたのを聞き取ると、一気に前に駆け出していった。


 その後方にはゼルガ戦隊がゆるゆると押し寄せて来ている。遠隔攻撃と重打撃戦力を持つ戦隊は機敏な動きには向いていない。今回は敵をしっかりと崩しておいてから、止めの一撃を放つ役割を担っている。ただ、いつもは冷静沈着で実直な彼も、初陣の時ばかりは戦場の空気に酔ってしまっていた。

 雨の膜の向こうに戦闘中の敵が薄っすらと見え、剣戟の音が響いてくるとつい高揚して命令を下してしまう。


「放て ー!」

 後方の弓隊が一斉に矢を放つ。


 だが、それはハモロ戦隊が一撃目を終えて一時後退をした後に放たねばならない斉射だった。

 状況を自分で確認する癖の付いている冒険者は斉射に加わらなかったが、命令で動く元兵士と元猟師は反射的に弓弦ゆずるを鳴らせてしまう。


「早い!」

 弦音はハモロの耳にも届き、焦らせる。

「逃げろー!」

 先頭にまで出ていた狼獣人の少年は自隊の戦士の背中を叩いてまで逃がそうとした。しかし無情にも彼の頭上から大量の矢が降って来つつある。


ボーン!」

 生み出された風巻く蛇がうねって上空を通過すると、全ての矢を食み取っていった。

「ゼルガ! 落ち着け!」

 大男トゥリオの声で、ハモロと同じヒョウモンオオカミ連の少年は我に返る。

「次射、つがえ!」

 今度はハモロ戦隊が退避したのをしっかりと確認して、斉射を放つ命令を出した。


 降り注いだ矢で領兵軍は大きく崩される。そこへ反転したハモロ戦隊が再度斬り込んでいった。更にその中央を割るように、ゼルガ戦隊の重打撃戦力が突進を掛け、完全に崩していく。

 ハモロとゼルガも肩を並べて攻撃に加わり、中心となって敵を粉砕。領兵指揮官の叱咤の声も虚しく、崩れ立つ軍からは離脱者が出始める。追い打ちを掛けるように反復攻撃を再開したロイン戦隊に押されて、離脱の動きは加速の一途になってしまった。


 時を置かずして、領兵軍四千は散り散りになって崩壊した。


   ◇      ◇      ◇


 空は明るさを帯びてきて、雨は量を減じてきている。なのに、大地には大粒の水滴が落ちていた。


「ゼルガは、危うく味方を殺すところでした。それどころか大事な友人まで……。指揮官には向いてません。ご期待に沿えず申し訳ありませんでした」


 戦闘が終わると、後悔とともに恐怖が込み上げる。自分を責める気持ちばかりが先に立って頭は混乱し、周囲が見えなくなっていた。

 良い香りがしたかと思うと、しなやかな腕に抱き寄せられ柔らかさに包まれる。同時に優しさを込められた声が降ってきた。


「あなたの気持ちは分かるけれど、そんなに自分を責めてはダメよ。最初から完璧に指揮出来るなんて思っていないんだから」

 チャムの腕が狼獣人の少年の頭を肩に引き寄せ背中を撫でる。

「ゼルガには期待しているの。だって一度の失敗にこんなに辛く苦しい思いをしたあなたは二度と同じ失敗はしない。そのあなたに背中を預けるハモロとロインはどれだけ頼もしく感じるかしら? 自分がもし失敗したとしてもあなたが何とかしてくれると思えば、安心して戦えるわ。そうでしょう?」


 濡れた瞳の先には大切な親友が頷き返してくれている。

 ハモロは拳を掲げて振り、「そうだぜ」と笑って見せる。ロインは「よろしくね」とばかりに彼の肩を優しく叩く。

 生涯の友人と決めた二人はこんなにも自分を信じてくれていると知って、嬉しくて仕方がなかった。


「お前ら……」

 崇拝している麗人に慰められ、親友達に励まされたゼルガは力が戻ってきているのを感じる。

「絶対に応えて見せる」

「出来るわよ~、ゼルガなら~」

「ハモロ達はこの程度じゃ挫けないからな!」

 カイもその様子を見て頷いている。

「ゼルガはもう心配要らないね。ロインは全然気負っていないようだから問題無さそうだけど、時々は後ろを見るように」

「ひゃう~、叱られた~」

「ハモロは一生懸命抑えていたみたいだけど、もっと気持ちを出しても良いと思うよ。熱意は周りに伝わるものだからね」

 一人ひとりに気付いた点を伝えてくれる。彼らは真摯に言葉を受け入れ、心に刻み付けた。


「そうは言うがよ、お前はもうちょっとは熱くても良いんじゃねえか? たまには吠えて見せろよ」

 青年がまず気合を発したりしない点を指摘する。

「どうしてさ。外まで漏れ出てしまうほどに闘気を高めてそれを拳に乗せて相手にぶつけるんだよ? それを攻撃前に口から吐き出してしまうのは無駄」

「今、色んな所に敵を作ったぞ?」


 トゥリオは呆れて肩を竦めるしかなかった。

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