プレスガン対プレスガン

投炎槍フレアジャベリンマルチ!」


 高温の槍の一群が上空から降り注ぐも、帝国正規軍の前衛戦列に接近すると赤い粉を散らして拡散してしまう。魔法散乱レジストの効果だ。

 戦列から少し遅れて点々と配置された魔法士が、重装兵と射手を魔法の脅威から守っている。この新兵器の運用には必須の対策だろう。遠距離攻撃の主役である魔法を押し退けて新たな主役となるには、対策を講じておかねばならないと考えるのは当然のこと。

 それでなければ、途切れない継続性や誰でも扱える簡便さ、そして長期の訓練を必要としない利点を前面に押し出すのは難しい。


「やっぱり効きませんですぅ」

 落胆するフィノを想定内の状況として励ます。

「飽和させるのは難しくないでしょ? ここは譲ってくれない?」

「はいですぅ」

「だがよ、これ近くねえか?」

 徐々に前進する前列は既に10ルステン120mまで迫っている。

「もっと詰めてくるぞ。ここで攻め手が焦って飛び出せば迎撃されるが」

「そりゃそれで面倒だな」


 その後にチャムは格の違いを見せると発言する。


 盾をスッと持ち上げると、「パシッ!」と発射音がして一人の射手がもんどりうって倒れたのが見える。大盾の隙間を通して、その向こうの射手を狙ったのだ。


「それがあの時使っていた武装か。とんでもない事が出来るものだな?」

 戦死者が出た事で前衛の前進は止まっているので話す余裕くらいは出来る。

「それはこっちが元祖だもの。ずっと使い続けていればこれくらいは出来るわ」

「いや、普通は出来ねえよ」

 トゥリオの突っ込みが入る。


 熱心に訓練を続けてはいるが、そこには才能の助けも入っているだろう。そうでなくてはあり得ないほどの熟練度である。そこまでは読めていなかっただろうが、カイは最適の人物に最高の装備を与えてしまったのだと彼は思っていた。


 チャムが無造作に数射放つと、大盾から覗いていた重装兵の数名がその場に崩れ落ちる。それで開けた防御の穴に、再びプレスガンが撃ち込まれて射手に被害が及び、果てはその後ろに控えていた魔法士にも倒れる者が続出した。

 慌てて応射してくる射手もいるが、金属針は失速して地面を穿つばかりだ。狙って当ててくる技量は無い。射程距離の違いか鮮明に表れてしまっていた。


「お粗末」

 押すも引くも判断出来ない前衛指揮官を、チャムは吐き捨てるように貶す。

「動揺してんだろ? 連中、こんな経験は初めてなんだ」

「魔法士隊相手の演習くらいしていないわけ? 狙われる側になる可能性を想定してない?」

「あいつだってずっと面倒見ているんじゃねえだろうし」

 その間にも発射音は連続して、戦死者負傷者は量産されていた。


 止まない狙撃に指揮官はようやく悟ったようだ。そのままでは埒が明かないという事に。

 麗人は弾箱カートリッジを換装する時間以外は連射していられる。それに対応するには、密集して大盾を重ねて首を引っ込め、亀のように固まっているしかない。それではいつまで経っても反撃に転じるのは無理だ。


「か、構え!」

 声が震えているのが分かる。賭けに踏み切るつもりなのだろうと思う。


「仕掛けて来そうね?」


   ◇      ◇      ◇


 流れは大きく傾いている。

 切り離されて浮足立っているデュクセラ子爵軍の千は、対峙しているのが半数程度だとは思えていないのだろう。縦横無尽に斬り込んでくる獣人兵に一方的な蹂躙を受けていた。


(ここは彼らに頑張ってもらう)

 本来なら速やかに千を潰走させるのが正解だが、カイは先頭に立って戦ったりはしない。残り千五百の牽制に徹している。


 兵に必要なのは食事と休息、睡眠、戦後の褒賞や大義など色々とあるが、勝利も必要である。敗走が続くと軍勢はどんどん弱くなっていく。士気が下がると同時に個々が自信を失っていくのを防ぐのが指揮官の一つの役目でもある。時には多少の損害を見込んででも勝利は必要なのだ。

 それを知らず、無理を避け兵の命を大事にし過ぎて弱体化させていくのは愚鈍な将だと言える。


(ほら、本当は強いんだと気付き始めてる)

 戦闘開始からそれほど経過もしていないのに、敵方は散開を始め集団戦闘が出来なくなり始めている。早々に瓦解するだろう。


 流れを掴んだ軍勢は強い。戦闘中に転機を見出せるのは名将と言えようが、そんな人物はデュクセラ子爵軍にもいないようで、傾いた流れは取り返せない。

 それでもレイオットは愚将ではないらしく、千五百で両翼を広げるように展開させる。カイを避けて救援に向かわせる腹積もりのようだ。

 しかし、それは一歩遅かった。後方にいた一人が悲鳴を上げて武器を放り出して馬を反転させると、連鎖的に逃走を始める。未だ六百以上は残存している一隊が五百を前に潰走した。


「まだ戦えるか!」

 次なる敵を求めて反転してきた五百騎を青年は鼓舞する。

「おお ── !」

「今度の敵は多いぞ!」

「やってやるぜー!」

 獣人兵達は剣で自分の鎧を叩いてカンカンと金属音を立てて敵を威嚇する。


 誰かが上げた怒声を号令に一気に仕掛けていく。

 その間に、出遅れた負傷兵に目配りしたカイは、順に復元リペアを掛けて回る。すると自分の変化に目を瞠った兵士は、礼を残して戦列に加わっていった。


 豹の獣人が繰り出した槍は相手の鎧の上を滑るが、そのまま身体ごとぶつかっていく。長柄を打ち合わせて力押しに掛かると、ナイフを抜いた人族騎兵に二の腕を浅く斬り裂かれた。

 興奮した身体は痛みを伝えてこず、ひと思いに押し込めば敵は自分の槍で顔面を強打。怯んだところを、ひるがえした穂先で喉を突く。

 嫌な感覚に身を伏せると右の肩口を長剣の突きが掠める。石突を送り込もうとするが、走り込んできた狼獣人がその騎兵の脇腹を斬り裂いた。落馬したのを見届けると、二人は腕を打ち合わせて歯を見せ、再び新たな敵を目指して分かれる。


 そんな光景がそこかしこで見られると、千五百でさえ獣人騎兵五百に圧倒されていく。その一画では薙刀の銀光も閃き、死が振り撒かれ続けている。

 レイオットの目にも勝負は決しているかのように見える筈だが、それでも闘志を衰えさせずに斬り掛かってきた。冒険者装束の男を退ければ、この流れを引っ繰り返せるとでも思っているのだろう。


「らああーっ!」

 振り下ろされた大剣は、いとも簡単に銀爪に止められていた。

「くそお!」

「指揮官がそう吠えるものではありませんよ?」

 剣身を押し退けられて空いた胴を薙刀の銀閃が横切る。口を開いた鎧の隙間からは血が流れ出し吐血もする。


 深手を負わされた主君レイオットを近侍が支え後退してく。


 青年は深追いせず見送り、ほぼ決してているように見える戦いの帰趨を見守っていた。


   ◇      ◇      ◇


 正規軍の前衛の変化を見定めようとしているイグニスの耳に、大きな歓声が飛び込んできた。

 振り返れば、後方で待機している非戦闘員達が歓呼とともに騎兵隊を迎えている。


(勝った……、のか?)

 驚きとともに見つめていると、いきなり声が聞こえる。


「んー、そろそろ痺れを切らしそうだね?」

 急に現れた青年に、チャムは事も無げに答える。

「来るわよ。一気に詰めて撃ってくるつもりじゃない?」

「だろうね? させないけど」


 薙刀を格納したカイが右腕を差し向ける。低い振動音が虎獣人の耳を打つと、重装兵もが次々と撃ち倒されていき、突撃の気運は再び沈んでいくかに見えた。


「突撃! 射程が長いのは二人だけだぞ! 一度に相手出来るのは少数だ!」

 拡声魔法でディムザの声が届き、鼓舞された兵は雰囲気を変えた。


「そうかな?」

 カイは一歩踏み出す。


射出装置ランチャーシステム

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