伝送馬車

 ディムザ率いる帝国正規軍一万の進軍は遅い。通常より多くの重装歩兵を揃えている所為もあるが、糧食などを運ぶ『倉庫持ち』輜重隊の他に、金属針射出器用の輜重隊も必要だからである。

 射出器の格納も『倉庫持ち』一人で数台から数十台が限界であり、前面に射手を並べる戦術を採りたいと思えば相当数の人数が必要で、格納時の必須魔力を鑑みれば休養の為に馬車が不可欠となる。


 必然、極めて多数の馬車が中心の編成となり、騎兵や歩兵の行進速度に合わせて行軍が出来ないのだ。格納や昇降にも時間を要し、亀のような速度の運用となる。

 それでもディムザは将来的にはこのような形態の行軍が普通となり、自分の編み出した新兵器が戦争の様相を一変させると信じて疑わない。


(それに、遅いだけでは運用が難しくとも、戦列を維持する方法はある)

 帝国第三皇子はそう思いつつ振り返る。


「マンバス、今どの辺りだ?」

 近くを走行中の馬車からの報告を受けていた副官に状況を問う。

「遅くとも三陽みっか以内には追い付きます。遅れましたが数は揃えられたそうです」

三陽みっかか。まあいい」

「申し訳ございません」

 増援部隊からの報告である。それがなぜ馬車の中からもたらされるかは自軍の一般兵にも秘密にされていた。


 帝国翼将以上が率いる軍勢に必ず一台は随行しているその馬車は、内々で伝送馬車と呼ばれている。内部には一つの機器が設置されており、取扱者と伝令兵が常駐している。

 機器は、冒険者なら見慣れたものだと勘違いするかもしれない。冒険者徽章書換装置に似ているからだ。

 だが、その機能は伝文転送に特化している。帝宮からの命令はもちろん、各軍の間での情報交換にも用いられる。今回のように補給部隊の到着時期を知ることも出来る。


 直接人を動かさないで情報のやり取りが出来るこの方式は、軍事上絶大な効果が得られる。

 時間短縮となるのは当然のこと、専用の人員が少数で済み騎乗動物の消耗に配慮する必要はない。伝令手の移動中を狙われて指揮系統の混乱を生じさせることも無く、偽情報を混入させられるような懸念も無い。


(もうひと当て出来るな?)


 ベウフスト候軍には十分に脅威を感じさせられているも、魔闘拳士に物量の違いを見せつけて単独の武威だけでは抑えきれないと考えさせなくてはならない。


(遠距離交信手段という先進技術を保有しているのは西だけではないのだ)

 遠話器という、軍事的にも優位性を誇る伝達法を持つ相手にも、秘密にしている対抗手段がある。

(畳み掛けて思い知らせてやる)


 ディムザの瞳には対抗心を表す炎が宿っていた。


   ◇      ◇      ◇


 ベウフスト候軍が再び追撃する帝国正規軍の姿を見たのは、避難民と合流してから二陽ふつか後のこと。


 モリスコートから西進した後、彼らは進路を北に変えた。目的地を城塞都市インファネスに変更したのだ。

 そのまま西進すれば商都クステンクルカに避難出来るのだが、駐留する兵士が少ない上に、デュクセラ辺境伯を始めとした南西部諸侯が帝命を盾に出兵する危険性が有る。今以上に敵を増やすのは得策ではないので、頼り先であるインファネスを直接目指す事にしたのだ。


 当座はクステンクルカを掠めるように進みつつ補給をしたいところだが、刃主ブレードマスター率いる帝国正規軍は許してくれそうにない。阻止するように斜め後方から進撃してくる。



 まずは足の速いデュクセラ子爵軍が回り込むように進路を妨害してくるので対応が急がれる。


「彼はまだディムザに従っているか」

 レイオットは健在のようだった。カイに砕かれた肋骨は治癒魔法士の手で回復しているのだろう。

「落ち込まないでください。諸侯の姿勢としては普通でしょう?」

「道理に適わぬ事には義憤を燃やす男だったが、領主となれば人が変わるのだな」

「貫くのは簡単じゃなくてよ? 得るものと失うものは等量になってしまうから」

 イグニスは苦悩の淵にいる。

「あれは僕が止めましょう。後ろはチャムに任せます」

「済まない。五百付ける」

 騎兵の半数、五百の指揮をカイに任せると言う。

「豪気ですね。何者かもしれぬ相手に」

「自分の目を信じる。それに、この娘がそうまで言えるのは君も貫く者だからなのだろう?」

「やって見せなくてはいけませんね」


 チャムと軽く手を合わせてから、青年はセネル鳥せねるちょうを駆けさせていく。


   ◇      ◇      ◇


 カイ達二人に翻弄されて消耗したとは言えデュクセラ子爵軍の戦力は未だ二千五百は下らない。虎獣人の意図するところは、五百が騎馬隊を牽制している内に、新兵器の射程に入らないよう後退戦で抜けるというものだろう。

 しかし、カイにはそんなつもりは毛頭ない。彼に追随する五百騎の士気は高いのだ。


 白い冒険者を先頭に突撃するベウフスト騎馬隊に対して、五倍するデュクセラ子爵軍は受け止めつつ包囲戦に入るのが常道だろう。ところがそうは動かない。前回の屈辱的な敗北が脳裏から離れず、二の轍を踏まずという意志が働いていると思われる。

 向かって左側に開くように横陣を敷いてきた。その横に滑り込むように獣人騎馬隊は進む。


(やっぱりね)


 盛んに指揮ラッパが響き、デュクセラ子爵軍は前端から巻き込むように展開する。横陣を抜けさせて、獣人騎馬隊の後方から半包囲に入りつつ、ベウフスト候軍をも窺おうと見せる姿勢。こちらの焦りを誘おうとしている。


「反転!」


 抜け切らないうちに側撃を掛けようとするカイに、それも予想範囲内だというように子爵軍は厚みを増して対応する。敵方にしてみれば、どの方向からの半包囲でも関係無い。それを計算しての横陣だったのだろう。


 レイオットの誤算は、獣人達が疲弊したままだと勘違いしている事だ。

 深刻だった食料不足は解消し、家族や愛する者の無事を知り、そしてそれを背負っている者は強い。瞳は爛々と輝き獰猛な光を湛え、ここぞとばかりに襲い掛かってくる。


「手前ら、好き勝手やりやがって!」

「よくもマルバを殺ってくれたなー!」

「嘗めるなー!」


 闘気と怒気を全身に満たした獣人達が武器を翳して迫り、デュクセラ軍は明らかに腰が引けた様子を見せた。激突と同時に怒号と悲鳴が錯綜する。

 飢えた獣を相手にしているかのように鋭い攻撃。多少毛皮が自らの血で濡れようとも、ものともせずに前へ前へと出てくる姿勢。

 それは敵方に恐怖を植え付けるに十分な熱気を伴っていた。


 獣人騎馬隊は横陣を食い破るように突き抜ける。デュクセラ子爵軍の先陣千騎を切り離した状態だ。本能的にそのまま数の少ない千のほうに食い付いていく。

 そうなれば残り千五百は獣人達の後背から襲い掛かるのが当然だが、それが出来ずにいた。なぜならそこには、鋭く光る薙刀を相手に向け、横に翳した左腕には光剣フォトンソードを構えた黒髪の青年の姿があったからだ。


「掛かれ!」

 指揮官の号令が掛かる。

「何をしている! 相手は一人だ!」

「だ、だったらあんたがやれよ! あんたはあいつと直接戦ってないから分からないんだ!」

「なんだとぉー!」

 逆上した指揮官は騎馬を掻き分けると、怒声とともに前に出る。

「おおおっ! 食らえ!」

 だが、間を置かず指揮官の首は宙を舞っている。


 デュクセラ子爵軍の兵は震え上がった。


   ◇      ◇      ◇


 大盾を掲げたままじわじわと進んでくる重装兵と新兵器の射手の列を、イグニスとチャム達は見つめている。動かない彼女に後退命令を出すに出せない。


「どうする? 準備は出来ているぞ?」

 騎馬隊が善戦しているようなので、今のうちに抜けておきたいところだ。


「この程度なの? 格の違いを見せてあげる」

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