光条乱舞
黒髪の青年の肩には、革バンドで脇を回して固定された懸架フレームが展開される。そこから懸架された特殊な形状を持つ四本の筒は、それぞれが高出力中口径レーザー発振器である。
黒き神殿で魔人軍団相手に比類なき力を発揮した武装が、再びカイの肩に出現していた。
(あ、使っちゃうのね)
チャムは、この武装は凶悪過ぎて、おそらく人間相手には使わないのだろうと勝手に解釈していたのである。
彼が歩き始めると同時に、四つの
横一列で一斉に前進し、物量で押し切ろうと目論んでいた射手の列はまだその兵器の危険性に気付いていない。ただ、突出してきた一人の青年に狙いを定めたようだ。
しかし、発射する事は敵わない。はっきりと目に見えない
後方の基部に被弾した射出器は、内圧で破裂して射手を傷付ける。高気圧室を破壊されて暴発した格好だ。
カイが撃ち漏らした射手は、一人ずつチャムが狙撃していく。僅かな時間の間に
これまでの優勢を生み出していた前列の崩壊は、戦力比を変えてしまう。残ったのは足の遅い歩兵部隊がほとんどを占めているのだ。
新兵器を全滅させたカイとチャムは、狙いを魔法士に切り替えている。そうなれば獣人兵に怖れるものは何もない。
「突撃 ── !」
ここを機と見定めた獣人侯爵の号令が飛ぶと、狙いを集中されないようまばらに展開していたベウフスト候軍は一気に猛攻を掛けていく。
動きの遅い重装兵に駆け寄ると、寄ってたかって鎧の隙間に剣を刺し込み地に這わせる。射出器に金属針を装填する係だった軽武装の歩兵に襲い掛かり一蹴する。軍容を厚く見せる意図だったのか、駆り出されていた輜重隊やその警護兵を追い散らかす。
戦場はこれまでの戦いとは一変して、獣人兵の独壇場となっていた。
すぐさま撤退ラッパが鳴り響き、デュクセラ子爵軍に続いて帝国正規軍も撃退された形で決着が付いた。
◇ ◇ ◇
追撃不要の合図をラッパ手に命じたイグニスは信じられないという面持ちで戦場を眺めていた。
(勝った。あの新兵器を前にほとんど損害も出さずに)
最終的に攻撃命令を出したのは自分なのに実感が湧かない。ほとんど本能的に勝機を見出したような気がする。
そこかしこで勝利の雄叫びを上げる兵が散見される。彼らは涙さえ流して喜んでいた。敗北は彼が思った以上に兵を苛んでいたようだ。
「さっさと兵を集めなさい。今は興奮で感じてないけど、結構あちこち怪我しているわ。さっさと治療しないと無駄に長引かせてしまうわよ?」
麗人に笑われつつ言われ、虎獣人はハッと我に返る。
「撤収! 負傷者は救護を受けろ! 急げ!」
「お ── !」
そんな命令にも意気盛んな応えが返ってきた。
拠点攻防を除いた野戦の場合、勝者は速やかに撤収するのが戦場の規範である。そうしなければ、敗戦した軍が戦死者の遺髪や遺品の回収及び遺体処理が出来ない。
罷り間違ってそんな処理の最中に再攻撃など行おうものなら、後々に国際的にモラルを問われる事になる為まず行われないし、どれだけ早く撤収したかが将や指揮官の潔さとして評価される。
僅かな戦死者を収容したベウフスト獣人軍はその場を後にした。
◇ ◇ ◇
民間人を含めた一万近い集団の移動はかなりの時間を要し、北上は思うほど捗らない。
勝利で得られた時間で、非戦闘員の若者を中心に志願を募り、少数で警護してクステンクルカに補給の手を回す余裕はある。当面飢えは凌げそうだが、正規軍の追撃があれで終わりとは言えないらしい。
カイ曰く、経緯から事態の裏側には第二皇子の策略が有ると思われる。ならば、彼らをおめおめと逃がしたりはしないだろうと考えられるそうだ。
おそらく今は立て直しに苦慮しているのではないかと言っていた。
そんな中、トゥリオは単独でディンクス・ローに足を運んでいた。
強いて言えば勘だ。酒場で彼は、自分の勘が当たった事を確認出来た。
「よお、どんな感じだ?」
カウンターの隣に座った黒髪の男に問い掛ける。
「やられたよ。こてんぱんだ。立て直しが大変なんだぞ?」
「嘘を吐け。あいつは今頃増援が到着しているだろうって言ってたぜ?」
「おいおい、何を根拠に……」
そっちのほうは単なる勘ではない。
一度、陣容を見せたディムザがそのままの状態で仕掛けてきたのが引っ掛かると言う。ベウフスト側にカイの姿を確認したならば、何の対策も立てずに再攻撃をする筈がないと考えているそうだ。
青年の予想は、先の攻撃は彼の手の内を探る意図であり、想定以上の損害を被ったものの本格的な攻撃は次回以降だろうと口にした。
「はは……、止してくれ。神
冗談じゃないというように手を振るディムザ。
「あいつに情報を与えれば難しくなるだけだぜ?」
「そうみたいだな。やるなら一発で決める気じゃなきゃダメらしい」
注文の酒を運んでからは主人もカウンターの端に座る二人には近付いて来ない。離れて座る男が金を渡していたところを見ればそういう事なのだろうと思う。客も別席に誘導されている。
「何とか手を引いてもらえないだろうか? 国内が乱れれば結局割を食うのは国民だ。それは彼の本意じゃないんじゃないのか?」
彼もカイにどう働き掛ければ良いのか理解してきている。
「ならよ、どうして非戦闘員まで逃げ出さねえといけねえような状況を作った? それを見せた時点であいつは動くに決まっているじゃねえか」
「獣人侯爵を西部の反攻勢力に加担させる訳にはいかないのさ。獣人が西部に偏ってしまえば戦力的にも整ってしまう。国を割るのはいただけない。解るだろう?」
「そいつぁ無駄な努力だ。コウトギ長議会はカイに従属すると定めちまった」
「な……、に!?」
重大な事実を告げられて、ディムザも思わず振り向かざるを得ない。
「おっと、口が滑っちまったじゃねえか。まあ、言ったもんはしゃーねえ。そういうこった。諦めろ。コウトギと関わりのある獣人はあいつにしか従わねえ。少なくとも敵には回らん」
「おい、それは……」
素知らぬ顔でしらを切るトゥリオに、ディムザは意図的に口にしたと悟っただろう。
「悪ぃ事ぁ言わねえ、お前こそ手を引け。たぶん、もう獣人の苦境を見過ごしたりはしねえ」
「そうか……」
軽装の皇子は黙り込んで、懊悩の気配を見せる。トゥリオが告げた事実は計算外も良いところなのだろう。今後の対応に大きく影響を与えるほどに。
イグニスの動向に留意していたつもりが、完全に相手を間違えていた事になる。カイが助力を決めた先に大きな戦力が集中する結果になろう。獣人侯爵本人も彼の思惑で動き始める可能性がある。
二人の間に沈黙が下りる。
「話したい事がある」
彼の、青緑の珍しい色の瞳に決意の光が宿っている。であれば、トゥリオも浮ついた気持ちで聞く訳にはいかない。
「何だ?」
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