刃主の狙い
「俺は玉座が欲しい」
ディムザは単刀直入に伝えてくる。
「なぜだ?」
「それしかないからだ」
問い掛けたのは、この友人なら我欲で頂点を目指していれば決して公言はしないと思ったからだ。
それなら、配下以外には誰にも告げず、淡々と謀略を巡らせるはず。そして、いよいよ勝負が決まる瞬間までは絶対に驕らず昂らず、厳重な情報管理をするだろうと思える。
ここでつまびらかにしたのは、権力の先に目的がある所為だ。そうでなければ彼はトゥリオに政治向きの話をしないだろう。彼を介してカイに伝わる事で、何らかの変化を期待しているということ。
「彼には軽く触れる程度話したが、俺はあの組織を切り離すつもりで動いている」
今度ぎょっとしたのは大男のほうである。カウンターの少し向こうに腰掛けている男は件の組織の下部であるはず。絶対に聞かせてはいけない相手なのではないかと思っていた。
「おい」
送った視線の意味を第三皇子はすぐに斟酌する。
「あれは気にしなくて良い」
「信じろってのには無理がねえか?」
「分からなくもないが、今はそう思ってくれ」
トゥリオは困惑して頭をばりばりと掻く。
「とにかく剛腕を押し退けて玉座に近付いた後、そこに座る相手も除かねばならない。その為には国内に火種を抱えている場合じゃないんだ。西部連合が力を増せば、そちらに傾注しなくてはならなくなる。今は失点を避けたい」
危険視されずに自由に動き回る為には、単純に皇子として上を目指していると装わねばならない。成果も上げなければ歓心を買えない。それを企図して行動しているのだと伝えてくる。
「もっと上手くやれ。あいつが嫌う状況もいい加減解ってきただろうが?」
赤毛の美丈夫は、ディムザならそれくらいは出来ると踏んでいる。
「簡単に言ってくれるな。俺にだって出来る事と出来ない事がある」
「立場的には出来ない事のほうが少ないんじゃねえか?」
友人の胸の内を透かし見る。カイの目を気にするより、効率や確実性を重視しているように感じる。策略家というのはそんな人種なのかもしれないと思う。
「そうでもない。彼のように切り札の塊なら状況に応じて動けるだろうが、こっちの手札は有限なのさ」
初めて見る武装で圧倒されたのを揶揄する。
「その手札が多いのが帝国に見えるぜ」
「否定はしない。だが、魔闘拳士におもねって見えるのはいただけない」
虎威皇帝レンデベルはカイを敵認定している。変に勘繰られれば含意有りとして探られるかもしれない。
「分からんでもねえな。だが、最後の一線は守れ。非戦闘員に大量の犠牲者を出すな。チャムにも手を出すな。それであいつは本気にはならねえ」
「承知しているつもりだ。問題はそれが他に見つけられない彼のあからさまな弱点でもあるというところ」
「ああ、他にも有るぜ。あいつの弱点」
ぴくりと
「何が望みだ? 余程じゃなければ何とかする」
「友達のよしみで教えてやろう。
「は?」
思わず振り向いたディムザの目に、にやりと笑う大男の顔が入ってきて冗談だと知れる。
「あいつは蛞蝓が苦手だぞ?」
「分かった分かった。次までに準備しておくさ。ああ、蛞蝓を戦えるように調教するのは骨が折れそうだ」
「だろ?」
二人はグラスを合わせて小さく失笑した。
◇ ◇ ◇
「宜しかったのですか?」
珍しく彼のほうから声を掛けてくる。
酒場を出て裏路地を進んでいると音もなく追随してきた男の台詞だ。
「構わん。知られるくらいでちょうど良い」
真実の一部を開陳する事で、ディムザの語った目標に信憑性を与える目論見である。
「
「申し訳ありません。浅慮でした」
間諜は、主の深慮遠謀に感服する。
本来は
金などの利得で主を乗り換えるような性質の組織ではない。彼に掻き口説かれた結果の事である。
彼らの高い能力を知るとともに、纏わりつかれている限りはいつか自分の真意が知られてしまう危険性を感じたディムザが取り込んだのである。
今のままでは
いずれ狂信者達を切り離した時にも、彼の配下でいれば帝国の公的諜報組織の一部として生き残れる。能力を考えれば、表向きに評価は出来なくとも捨て駒にされるようにはならないと言って翻意を促した。間諜とは言え、持っているであろう矜持に訴えたのである。
結果として「藍」は誘いに応じる。この事実は極秘事項であり、同じく貸し出された
「どうだ? 獣人侯爵だけでも消せないか?」
表では軍勢を率いて戦いながら、裏でも手を回している。
「近付くのも無理なようです。森の民が姿を見せるとは予想外でして」
「仕方ないな。こうもあからさまに動き始めるとは思わなかった」
神使の一族の女王の周りは常に固められていると思うべきだろう。
「諦めろ」
「承りました」
西部に逃げ込まれるまでが勝負と考えていれば無理と知れる。向こうの陣営に入ってからでは、暗殺は無駄に刺激が強く、大きな反発を生むだけでしかない。
(魔闘拳士相手に欲をかけば得られるものも得られなくなる。無理は禁物)
◇ ◇ ◇
久々の勝利に意気揚々と進むベウフスト獣人軍とは言え、子供の足に合わせての移動では自ずと限度がある。非戦闘員を内包した一万近い集団の背後から、再編した帝国正規軍はひたひたと押し寄せていた。
斥候隊からの報告で彼我の距離も把握していたベウフスト候イグニスは、逃げ切るのは不可能と考えて行軍の停止を指示。非戦闘員の警護に散らせていた兵員を集結させ、迎撃の為の編成を命じた。
見えてきた敵の陣容に虎獣人は焦燥を抱く。前回と変化がないどころか、新兵器の砲列が数を増やしているように感じる。
冒険者達に撃ち砕かれた筈の戦列が補充されて、更に危険度を増している。今回も彼らに頼らなければならないのかと思えば気も重くなる。
ただ、いつものように重装兵と射手の列が整然と押し出してくるような事はなく、その中央を割って敵の指揮官が姿を現した。
「性懲りもなく同じ戦術ですか」
黒髪の青年は独り言を口にしつつ前に出る。それを待っていたかのように
「カイ、これは内紛だ。手を控えてくれ。他国や君の仲間に危害を加える意図は皆無。それは断言していい」
「疑いはしません。ですが僕にも信条というものがあるのです。それに別の意図は有るでしょう?」
「分かっているなら話は早い。これだけの数を揃えられるだけの技術力が帝国にはあるんだぞ。対抗出来るのは、君とその麗人だけだ。それでどうなる? ここだけ凌げれば良いと思っているなら、君を買い被っていた自分を恥じねばならないが?」
一人二人でどれだけの人を守り切れるのかと問い掛けてきている。この一戦に勝利したところで、新兵器の猛威に対抗策は無いだろうと言っているのだ。
「果たしてそうでしょうか?」
青年の口元には笑みがあった。
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