新兵器の弱点
「……出来る?」
カイが青髪の美貌に囁くように尋ねると、ちょっと考えて頷いた。
「たぶん何とかなるわ」
「単なる脅しだから外しても大丈夫」
チャムが盾を持ち上げると、プレスガン発射口の先に狙撃リングが光る。
ベウフスト候軍から帝国正規軍の距離は
発射音を立てたプレスガンは鉄弾を吐き出し、弾体はほぼ直進する。だが、速度を減衰させると放物線を描いて下降を始める。そして、馬の額を貫いた。
小さな衝突音の後に馬が膝を折り、横倒しになる。騎乗していた帝国第三皇子ディムザは倒れる前に跳び下りていた。
「何をする!?」
突然の暴挙に彼は抗議の声を上げる。
「実証です。見ての通り、彼女の武装はこの距離でも命中させられるほどの精度を持っています。貴殿の新兵器にそれが可能ですか?」
「残念ながら無理だ。そんなには飛ばない。劣っているのは認める。だからこそ君達抜きでは対策は無いと言っている」
「僕達がいなくては攻略できないと思っていらっしゃるんでしょう? では、試してみましょう」
カイは、獣人軍の前列の歩兵達に振り向き、希望者だけ付いてくるように呼び掛けた。
ここまでの戦いで彼の武威で命を長らえてきた兵士達は、その言葉を信じて千以上の者が追随する。横に広がるような隊形でゆっくりと歩き始めると、徐々に間合いを詰めていった。
正規軍側は当然、重装兵に大盾を下ろさせて射手が金属針射出器を構えて待ち受けている。
この新兵器の射程は想定上
「これから僕は自分の武装も魔法も使わずに新兵器を無力化します」
そう言うとカイはかがんで、ひと握りほどの石を拾い上げる。そして無造作に投げ付けた。
身体強化の掛かった彼が投じた石は、ほとんど下降線を描く事なく、狙い違わず射手の顔面に命中し、一撃で昏倒させる。
「この通り」
自慢げに両手を開いて見せる。
「は? それが何だ?」
「解りませんか? この距離は誰でも石を投げて届かせる事の出来る距離なんですよ。さあ、みんなで石を投げましょう!」
言われた獣人達は、そんな事は簡単だとばかりに全員が石を拾って投げ付ける。簡単に命中させられる距離ではないが、確かに射手のいる辺りに投げつけるのは容易い事だった。
「行きますよ!」
投石が始まってしばらく待つと、カイは駆け出した。
「付いて来てください! もうあの針は当たりませんから!」
「お ── !」
「愚かな! 撃て!」
釣られて駆け出した数十人は新兵器の発射音に思わず目を瞑るが、身体が痛みを訴える事はない。金属針は的外れな方向へ発射されていた。
それも当然、飛んでくる石に射手は反応してしまう。反射的に避けようとするし、避けなければ当たって相当痛い。その痛みに全く身動きしないのは不可能。その小さな身動きだけで射線は大きく逸れ、まず命中させるのは無理だ。
「な!」
その事実にディムザは驚愕の声を上げている。
だが、容赦なく獣人兵は射手の列に襲い掛かった。
◇ ◇ ◇
カイがプレスガンの原型を作ったのは、一度目の転移時である。
魔法に関して色々と実験していくうちに、魔力切れ間近に身体が思うように動かなくなる経験をした彼は、その状態に強い懸念を抱く。戦闘中にその状態になれば確実に命の危機が迫る。だからと言って加減していれば魔法は有効な攻撃手段だとは言えなくなる。
対策として、動きが鈍った状態で魔力を用いないで使える武装の必要性を挙げた。
具体的には銃である。しかし、銃の構造など知らないし、この世界には火薬も無い。
ただ、代替物として魔法が有る。魔法を応用して銃として機能する武装を作り上げようと考えた。初期型のプレスガンが必要魔力を
模索していくうちに挙がった問題点は二つ。
射出に空気圧を用いれば、初速を得るのが難しいこと。
一発一発装填しなければならないようでは、一人で使う武装としては機能しないこと。
初速を得る為には、極めて強く圧縮した空気が必要だ。それを一気に発生させるのは魔法でも無理で、工夫が必要だった。
それは
実験を重ねて生み出したのがトリガーコア。スライドする
次は装填機構。それは映像で見た自動式拳銃の機構に着想を得る。薬莢の排出にスライドする部品を使っていたのを思い出して、そのスライドの時に次弾を装填する仕組みを考える。
発射に用いる空気圧を用いて、銃身を覆うような部品をスライドさせ、銃身に開いた開口部へ弾体を、シーソーのようなトグルで送り込むようにする。発射時には、その装填スライドで銃身の開口部を閉塞する機構を作り出した。
この二つで自動装填式空気圧銃『プレスガン』を生み出したのである。
今では改良を重ね、空気圧を高めて射程を伸ばし、銃身内に
トリガーコアも、以前は機械式で可動させていたが、現在は強力電磁石で作動させ、シリコン風船で定位置に戻るように改造した。
非常用護身魔法具でなく武器として洗練された今は、使用魔力も使用者に依存するように改変されて現状に至っている。
しかし、帝国の用意した新兵器は遥かに単純な機構しか持っていない。
単発式で、弾体は手動で銃身の一部を開いて装填しなくてはならない。
更に
気密保持に苦労した挙句に、何とか気圧を下げる事で対応していると思われる。その為に初速は低めで射程は短く、集弾性の悪さを補う為に銃身を長くしなければならず、かなり重くて取り回しの悪い武装になっているようだ。
それがディムザの金属針射出器の大きな弱点になっていた。
◇ ◇ ◇
状況を見れば明白で、踏み出せなった獣人兵も一斉に駆け出して、石を拾っては射手に投げつけ攻撃中の味方を援護する。それだけでは無い。非戦闘員までもが前に出てきて投石を開始した。武器の扱いには慣れていなくとも、石を投げるくらいなら誰にでもでき、しかも届かせられる距離なのだ。
新兵器が無力化したとなれば、獣人兵は一斉に襲い掛かる。先の戦闘の再現だ。
重装兵を屠って射手を倒し、射出器を踏みにじる。使い手の居なくなった武具など器物に過ぎない。蹴り出されるのが落ちである。
帝国正規軍のうち、重装兵や射手の数は全体の二割程度。そのほとんどが失われたとしても総数が大きく減じる訳ではない。だが、新兵器寄りの編成をしていた為に戦力的にはガタ落ちとなり、戦線の維持も困難になっている。
状況に合わせて装填補助兵員や予備兵力を後ろに下げた時点で獣人侯爵からも前進停止の合図が送られる。
「どうなさいます?」
対峙する両軍の中、カイはディムザに呼び掛けた。
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