新兵器の敗北

「これが差です」

 カイは大地に転がるディムザの金属針射出器を示す。

「貴殿が作った新兵器は射程が短く、照準も曖昧。連射も利かなければ、重くて取り回しにも困る。投げられた石に劣るのですよ」

「君は……、最初から分かっていたのか?」

「形状を見て当たりは付けていましたが、実際に対した人から話を聞いて確信しました。致命的な欠陥を」


 ディムザの顔が歪む。

 珍しく怒気を示す彼に周囲の者は驚きとともに恐怖を抱き距離を取る。俯いた顔から息が漏れ、そこから響いたのは笑い声だった。


「はーっはっはっはっは! ダメか! これでもダメか!」

 片手で顔を覆って爆笑している。だが、本当に愉快で笑っているのではなく、複雑な心境が混ざっているようだ。

「僕がプレスガンを完成させるのに、どれだけの労力と魔力を支払ったと思うんです? 実用品というのは長い努力の結実です。そんなにわか作りの模倣品と同じにしないでくださいね?」

「ああ、解ったさ! これは使い物にならないって事がね!」

 口元は笑みを湛えているのに、目は怒りに充血して青年を睨み付けている。

「俺は何と戦っている?」

「人間ですよ?」


 魔法と魔法具に囲まれた歴史を刻み続けてきたこの世界の人間は、技術的な進歩の機会に恵まれなかった。それだけに技術者の技能も低く、構想は有っても満足なものが生み出せない。

 そんな環境下から見れば、カイのやっている事はまるで神の技に思えてくるのだろう。ディムザの台詞がそれを物語っている。


「嘘を吐くな。まったく、冗談にならない」

 肩を竦めると視線を逸らして頭を掻く。

「戦意は無さそうですね? では、イグニスさん、勝ち逃げしましょう」

「うむ、そうだな。総員、後退!」


 再利用されては敵わないので、獣人兵には新兵器を拾って持ち逃げさせる。既に実戦的な武装ではないと知られているので使用は出来ないが、素材として売ればそれなりになるはず。

 悔しそうな帝国兵は苦し紛れに石を投げてくる者もいるが、それに舌を出して応じる獣人兵は尻尾を振りながら後退した。


 ベウフスト候軍後退戦は、これで新たな局面に入ると思われた。


   ◇      ◇      ◇


 チャムは胸を撫で下ろしていた。

 馬には悪かったが、無事に命中させられてカイに恥をかかせないで済んだからだ。


 新しい盾のプレスガンは多少射程が伸びているが、それだけに射程を生かす意味で難易度が上がっている。

 訓練のお陰で、だいたい5ルステン60mくらいまでは勘で命中させられるが、そこから先はどんどん命中率が下がっていく。対処法として、何発か連射する事で確率的に命中率を上げているが、それにも限度がある。


 そこで組み込んでもらったのが狙撃リングだった。

 遠見の魔法に照準を組み入れ、脳内の視覚野に直接投影する刻印魔法。魔法演算領域を光述文で圧迫されているチャムでは、使用できる領域が確保出来ないかと懸念したが、実験の結果リング一つ分10ルステン120m級の視覚野を使用するのは可能だと分かった。

 ギリギリ射程と言える距離を狙撃範囲とした彼女は、そこから先の距離を学習で命中させられるような訓練を始める。射角を取れば弾体はその倍20ルステン240mは届かせられるからだ。風の影響を受けるので命中率はあまり高いとは言えないものの、出来ると出来ないではやれる事が変わってくる。

 現実に、針猫ニードルキャット15ルステン180mの狙撃も可能にしているところが、チャムの対抗心を煽っていた。



「良かった」

 ぽそりと零した彼女の言葉を盟友が拾う。

「どうしたんですかぁ?」

「ん、ちょっとね。失敗しなくて良かったなって」

「良いじゃないですかぁ。フィノなんてプレスガンの勝負になってから出番が無いのですよぅ?」

 もう陽が暮れつつあるので、料理の手を緩めないように会話している。

「結果は出たでしょ? 攻撃魔法が魔獣との戦いからも戦場からも消える事はないのよ。魔法士の存在感は失われない」

「目立ちたい訳じゃないのですぅ。お役に立てなくなるのが怖いだけでぇ」

「良い子ね」

 肩を軽くぶつけるチャムに獣人娘は照れ笑いをしていたが、歩いてくる二人に気付いて見やる。


 カイとトゥリオは獣人兵や投石に参加した非戦闘員の男達に捕まっていた。

 高揚感が冷めやらぬ彼らは、冒険者を褒め称え、歓声を上げ凱歌を謳う。それに巻き込まれた二人は、気が済むまで付き合わないと収まらないだろうと諦めたのだった。

 女性陣二人だけは何とか逃がした男達は、ようやく解放されたようである。


「参ったぜ。あんなに騒ぎやがるか?」

 獣人に質素堅実な印象を抱いていたのだろう。

「あんなものじゃないかな? 絆が強いだけ、喜びを分かち合う時の感情も強くて当然だと思うよ」

「そりゃそうか」

「ああいうの嫌いじゃないんだろう? 頃合いも申し分ない感じだし」

 二人が火の傍に座り込むと器が差し出される。

「美味そうだ」

「いただきます」

 カイは彼女の手料理に上機嫌そのもの。


「構わないか?」

 料理を堪能していると、車座の人数が増える。

「いいわよ。どうぞ」

「済まない。気を遣わせたか。……、美味い」

 当然のように差しだされた器の中身に口を付け、虎獣人は幸せそうに啜る。


「君達はディムザ殿下と知り合いだったんだな?」

 礼儀正しく料理を味わいながらイグニスは切り出した。それが本題なのだろう。

「色々とご縁が有りまして、何度かまみえる機会がありました」

「……あの兵器は彼女の物を真似して作られたようだ」

 さすがに言い難そうにしている。

「ええ。ですから多少は責任があるのですよ。無関係ではいられませんのでお気遣いなく」

「もうしばらく力を貸してくれ」


 もうクステンクルカの真東くらいまでは来ている。インファネス領主の勢力圏内まで遠くは無いのだろう。そこまで行けば救援を請うのも可能だと思われる。


「今回はまぬがれたが、あれの本格実戦投入は可能だと思うか?」

 それが一番聞きたい事かもしれない。一軍の指揮官でもある彼なら、頭の切り替えが必要。それが分かるくらいこの獣人は聡い。

「いずれは有るかもしれません。ですがそれは未来と言える時間が必要な筈です。チャムの持っている物の中身を見ない限りは」

「秘密なのか、それは」

「同じ物が大量生産されるようになれば、戦争での死者の数は最低でも十倍になるでしょう」

 その予想に、獣人侯爵は身震いする。

「それだけでなく、街中でさえ少しの魔力で強い罪悪感も無く人が死ぬようになります。それは認められません」


 技術的に再現出来るほどの加工精度の進歩を見るのには時間が必要だ。だが、独自に開発するよりは早くに登場するであろう事は間違いない。


「なので、彼女のように自制心の強い人にしか渡せません」

 その断言に納得の色を見せる。

「普通の者には荷が重いか。分かる、と思う。それで殿下は貴殿に執着? いや、危険視しているのか。格段の技術力を持つ君に」

「対抗心は抱いているのでしょうね? 直截的には邪魔だと思っている」

「誘われはしなかったのか?」

 脅威なら対抗するよりは取り込んだほうが早い。ディムザはそれが分からないほど愚かではないとイグニスは言っている。

「そりゃ無理ってもんだ。こいつとじゃ絶対に合わねえ。基本に据えているものが違い過ぎる」

「俺も、殿下の為人ひととなりに触れる機会は少なくて分からないが、そうなのだろう」

 赤毛の大男の言葉に、虎獣人は頷いた。


「おそらくもう一度は来ます。警戒を」


 礼を言って去るイグニスに、カイは忠告した。

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