銀光の乱舞

 チャムは絶対なる領域アブソリュートエリアを捨てた。捨てて拾った。それは今、必要なものでは無かったからだ。そして、加速した。


 青髪を翻して美貌が走る。その輝きを残像にして走る。黒髪の青年に迫ると斬撃を放つ。大振りな一撃なのに、その手元が見えない。剣閃は絶対なる領域アブソリュートエリア発動時よりも速いように見える。

 派手に火花が散って銀爪が受けた。受けた銀爪が銀光を曳きつつ放たれる。その先には銀色の剣閃があり、高い高い遥かに響く金属音が鳴って衝突を知らせる。受けの斬撃なのに全力が込められているのだ。

 銀光がぶつかり、離れ、またぶつかり、その間もチャムとカイは高速で動き続けている。観衆は慌てふためき更に距離を開け、それでも目を離せない戦いを見守り続けた。


 チャムは盾を格納して両手を剣に添える。上体を逸らして銀爪を躱し、膝から落として前のめりになると腰溜めに引いた剣が銀光と化す。それを銀爪が叩き落し、駆け抜ける彼女の背後に迫る。グルリと振り返り、踵で地を蹴りつつ突き込まれた銀爪を思い切り弾く。それで身体が流れてくれるような彼ではなく、もう一方の銀爪が滑り込もうとしている。その銀光も柄尻で叩いて弾くと、そのまま手首を返して銀閃を放った。

 空間を斬り裂かんばかりの剣閃が黒髪を数本飛ばして走り抜ける。それと同時に突き上げた膝は手で受け止められるが、そのまま押し込みカイの上体を跳ね上げ追い打ちを防ぐ。

 ところがその反動を利用してカイが後方宙返りを切る。大きく跳ね上げた膝を下し切れずに追撃は敵わない。


 距離が離れた二人は、一拍置いて同時に地を蹴り急接近する。甲高い金属音が奏でられ、また離れと繰り返す。動きを止めずに駆け回る二人は互いの様子を窺っている。正確に言えば見つめ合っている。

 カイが浮かべている笑みはいつもより深く、それがチャムの出した答えが正解だと物語っている。そして、チャムはその正解を確認するまでもなく笑顔になっていた。楽しくて仕方が無いのだ。激しい動きの中で打ち合い、存分に剣で語り合い、そして一つの答えに到った快感。それが彼女を幼い子供のように朗らかに笑わせていた。


 その思いは観衆までも伝わり、皆が二人が楽しんで打ち合っているのを察する。剣と爪が銀光の乱舞を描く中でありながら、二人は濃密に語り合い、仲睦まじい様子を見せている。それが皆を呆れさせるような苦笑いに導いていく。まるでカイとチャムのデートを覗き込んでいるような感覚に陥らせていた。


 交錯する度に幾つも火花が弾け、銀光が舞う。心得の無いものでは目で追う事も敵わない攻防がずっと続いていた。

 斬り上げの剣閃を左の銀爪が跳ね上げると、取って返す刃が右の銀爪を打ち落とす。再び跳ね上がる刃が爪に掛けられて逸らされると、チャムは更に踏み込んで担ぐように斬り下ろしを仕掛ける。

 その柄を左手で止めたカイが右の銀爪を伸ばすと、チャムの左肘が横に弾く。そのまま肩で押し込もうとする彼女を避けてカイは後ろに下がり、追い打ちに放たれる銀閃を銀爪が弾き、連続する金属音を響かせる。


 突如しゃがみ込んだカイに横薙ぎの剣閃が空を裂き、掛けられた足払いに上体を残して跳ねると剣に全体重を掛けて落とす。堪らずしゃがんだままマルチガントレットを交差させて受けたカイの膝の間に着地し、膝を入れて抑え込もうとする。しかし、彼が交差した腕を返して剣を絡め取ろうとしたので一度退き、突きを放つべく腰溜めに持っていく。その時にはカイは地に伏すほどの姿勢に変わっていた。


 銀爪が大地に穿たれ全身の力を込めた彼の突進に、躊躇いも無くこれ以上が無いほどの鋭い突きを入れる。蹴り足に更に力を加えたのか、カイの上半身はしなり、突きは空を貫くに終わる。カウンターで伸びてくる銀爪を迎え撃つ為に剣を引こうとしたら、その刃は左手で掴み取られていた。


 チャムは剣の柄から両手を放すと、迫ってくるカイの胸を優しく押し留める。そして、ポンポンと叩いて降参を告げた。


   ◇      ◇      ◇


 観衆からほぅと溜息が漏れる。息詰まる熱戦だったというのに、爽快感しか残っていないという奇妙な状態に包まれている。

 チャムが剣を受け取って鞘に納めながら歩いてくる。二人肩を並べて楽しそうにだ。マルテはどう迎えるべきか分からなかったが、とりあえず正直な感想を送る。


「す、凄かったにゃ」

 チャムが片方の口角を上げて彼女の肩をポンと叩く。解ったかと言わんばかりに。

「どう?」

「マルテには解らなかったにゃ。何で止めたにゃ」


 絶対なる領域アブソリュートエリアのことを言っている。彼女には、チャムがカイの攻撃を受け切っているようにしか見えなかった。カイが動き回ったのは攻めあぐねた所為なのだとしか映らない。


「何の意味も無かったからよ」

「訳が分からないにゃ」

 事も無げに言うチャムだが、マルテには全く通じない。隣のアサルトがその頭に手を置いて「説明してやってくれ」とお願いしてくる。


 チャムは説明してくれる。

 絶対なる領域アブソリュートエリアが有効なのは剛剣を振るう相手か対多数の時、或いは技量で明らかに劣る者に限られる。自分と同等か、それ以上の速度の持ち主を相手にするには不向きだということ。

 その場合、彼女のように見切られて、あまり足を使えない状態が逆に枷になってしまう。カイのように抜きん出た速さを持つ相手にはほとんど意味の無い技だということ。


 だから、彼女は絶対なる領域アブソリュートエリアを解除して、速度の打ち合いに転ずるしか組手を続ける事が出来なかったのだ。無意味だと気付いた時に降参しても良かったのだが、その事実に気付いた事が嬉し過ぎて続けたいと思ってしまったのだと語った。


「それで負けたら世話無いにゃ」

 マルテは呆れ顔で応える。

「それをあんたが言う訳? 攻略法が無いみたいな事言うからやって見せてあげたんでしょ?」

「参考にならないにゃ」

「なるでしょ? 反射神経や膂力パワーに頼らずに技量と速度を磨いていけば攻略出来るって事じゃない」

「無茶言うにゃ」

 チャムはそこに立ち止まっていてはくれないタイプだ。どんどん先に進んでいく癖に、さっさと追い付いて来いと言われても白けてしまう。

「そう言うな、マルテ。そこは俺が更にしごいて何とかしてやろう」


 獣人少女の胸の内を読んだ狼頭が、頭をポンポンと叩きつつ言ってくる。

 事実、彼女にはそこまで伸びる素養は有るだろう。後はそこまで進む意思が有るかどうかの問題だ。しかし、カイやチャムの背中を追い続けていれば引き摺られるように伸びて行くだろうとアサルトは考えていた。


「そんなに要らないにゃ ── ! お腹いっぱいにゃ ── !」


 今はそうとは思えていないようだったが。


   ◇      ◇      ◇


 チャムとカイの組手の最中から、ずっと見ている目が存在した。


 その視線はチャムを追い続け、その技量の高さに見開かれる。元から熱のこもっていた視線だが、組手の様を見守っていくうちにどんどん熱量が上がっていく。それは彼のうちに芽生えた思いに繋がっており、その思いの膨らみとともに視線の熱さが増していったのだ。

 そして、その膨らんだ思いが彼の中で決意に変わっていく。その決意を実現する為には成さねばならない事がある。それは別の理由と合わさってより強固になっていった。


 彼は決意に突き動かされるように歩を進めていく。


「魔闘拳士、俺と勝負しろ!」

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