フードの魔法士
彼女はソロの魔法士で、この周辺で危地に陥っているパーティーが居ると、いつの間にか現れて魔法の援護で助けてくれると言う。冒険者ギルドでもたまに姿が確認されているが、パーティーに勧誘しても頑として首を縦に振らないのだそうだ。
それどころか、目深に被ったフードの所為で彼女の顔さえ拝めた者も居ないのだ。
「そういやぁ、噂より物足りないようだなぁ」
「あんた、喧嘩売りに来た訳?」
「違う違う! 本当にフードの魔法士だって思ったんだってば。彼女はとんでもない強力な魔法をいとも簡単に使うらしいからな。さっきの魔法を見てそう思ったんだ」
男は大袈裟な身振りで悪気の無さを主張する。
「私達は最近レンギアから流れてきたのよ。その前は南にいたし」
「じゃあ本当に違うんだな。フードの魔法士の正体を見たら自慢できるのにな」
「それはおあいにく様だったわね」
「いや、助けてくれたのには感謝してんだぜ、ほんとに」
その後、巨大
「気になるね」
「フードの魔法士の胸の盛り上がり具合が?」
「いやいやいや、違うよ。でも興味引かれない、その人?」
根に持っている。女性にプロポーションの話は地雷が多過ぎる。
「正体を知りたがるほどミーハーじゃないって思ってたんだけど」
「好奇心強いのは確かなんじゃねえか?」
「そうじゃなくって、変でしょ、その人」
筆頭に、素顔さえ見せない点。強力な魔法を扱えて勧誘が多いのにパーティー加入を拒む点。何より魔法士という守りを必須とする後衛職なのにソロで活動している点。これらから導き出されるのは、彼女が絶対に正体を隠したがっているという事実だ。
「危険だと思わない?」
「すげぇヤバいと思う」
「今のところは命に関わる問題になってないみたいだけど、これからもそうだとは思えない」
「寄せ付けないくらいの自信が有るのかもしれないけど綱渡りよね」
単なる興味本位でなく、そう思って勧誘しているパーティーも多いだろう。だが誰も成功していない。
余計なお世話なのかもしれない。でも事情が有るなら相談に乗ってあげたいとも思う。
それが三人の総意だった。
◇ ◇ ◇
フードの魔法士の足跡を追うのは難しくなかった。
彼女はフリギア北部では有名人で、冒険者ギルド毎に目撃情報がある。向かった方向から当たりを付けて聞き込みを続けていれば必ず何かが引っかかった。
時にはまだ冒険者ギルドに依頼を出していないが、村人達を困らせている魔獣討伐なども行っている。それほどまでに情報があるというのに、フードの魔法士の顔を見た者は誰一人居ない。
言葉少なに会話をした者は居るのに誰一人、だ。
彼女をそこまで頑なにさせている原因が解らない。普通、そこまでの実力が有れば、魔法士としての立身出世も望めるというのに、目立つことを避ける様に各地を転々としている。
「変わってるよねえ」
「誰かさんにそっくりねえ」
「自分の事は解んねえもんだなあ」
「おや?」
この場合は魔闘拳士と少し事情が異なる。
彼の肖像画はとんでもない量が西方各地に出回っている。だが、その肖像画に描かれている人物は本人には似ても似つかない美男子なのだ。
共通点と言えば黒髪くらいなのだが、それさえ半分程度がそうなのであって、全部と言う訳でもない。そんな感じなのでカイが顔を晒して闊歩しようが余程でなければ看破されないでいるのだ。
三人はとある宿場町でフードの魔法士に追いついた。
冒険者ギルドから出てきた彼女の姿を確認した三人は距離を取って追跡する。それは普通に接触してもおそらく敬遠されてしまうと考えたからだ。
チャムがそれとなく一人で話し掛ける案もあったが、それでも警戒はされてしまうと却下された。
何らかの条件を整えてじっくり話し合う状況を作り出したい。具体的には
その状況はすぐに到来した。
ふらりと森に入り込んでいくフードの魔法士を追う彼らは、時折り襲い来る魔獣を撃破しつつ奥へ奥へと進む彼女を観察している。しばらくすると彼女の挙動がおかしくなった。
「あれはいけない!」
カイが注意を与えると同時にトゥリオがダッと駆け出していき、二人も続く。フードの魔法士が牽制の魔法を連発しているが、魔法を全て掻い潜ってその魔獣が彼女に迫る。
恐ろしく機敏な挙動を見せるその魔獣は
この
その
フードの魔法士が魔法を壁系に切り替える前にトゥリオが前に飛び込み大盾で受ける。
「痛ってぇ!前の盾だったら割れてたかもしんねえぞ。この化物め」
「!!」
まだ何が起こったか解ってないフードの魔法士。
「そのままよ。止めておきなさい」
「長くは無理だぜ」
左側へ駆け込みざまに抜き斬りを振り上げるチャム。しかし、察していたのか、後ろに引く
呼吸の合った連携に
痛みに驚いた
「逃がしたか」
「打ち合わせ無しじゃちょっとキツいわね」
警戒を解いた三人はフードの魔法士を振り返る。
「あれにソロで挑むなんて無茶が過ぎないかしら」
「…ごめんなさい。助かりました」
フードの奥から確かに可愛らしい声が流れてきた。
落ち込んでる感じを漂わせるその声に誠実さが溢れている。
「とりあえずは森を出て話そうか」
魔法具コンロで沸かしたお茶が行き渡ったところでチャムが口火を切る。
「さっきも言ったけど、あれはいくら何でも自殺行為ね」
「
「討伐依頼を受けたんなら、せめて野良パーティーでも組んだら?」
「……」
善意のひと言にも戸惑う気配を見せる。
「それほどまでに隠したいのね。でもそれなら依頼そのものを回避すべきよ」
「冒険者の方がいっぱい行方不明になってるって聞いて、居ても立ってもいられなくなって…」
善人も過ぎれば毒になる典型か。チャムも彼女を思って言っているのだが、このまま責めてもお互い辛いだけだ。
「ともあれ無事だったんだから、疲れを癒そうよ」
カイはモノリコートを取り出して分けていく。フードの魔法士はいきなり渡された青い物体を不思議そうに眺めている。
「お菓子よ。甘くて疲れが抜けるわよ」
「いけるぜ、結構」
それぞれが口にしているのを見て、モノリコートがフードの中に消えていく。
「え!? きゅうう ── ん! 何これ!」
続けて渡すと夢中で食べているようだった。
その時、カイが伸ばした手がフードの後ろに懸かり、サッと下ろしてしまう。
「きゃん!」
フードの下から現れたのは、驚きに耳をピンと立てた若い獣人女性の顔だった。
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