彼女の正体

「あだっ!」

 かなり強めの拳骨が落ちた。

「強引過ぎるでしょ! 女の子相手に」

「好奇心に勝てなくて…」

言い訳したカイは獣人女性に土下座する。

「大変申し訳ございませんでした」

 

 実際のところは、ここまでの流れは阿吽の呼吸で行われている。カイにしろチャムにしろ、彼女を説得しようにも切り口に欠けるのだ。

 彼女が正体を隠したがる事情が判らなければ、どう説得すべきかも解らない。もちろん、知ってしまった事情は墓まで持っていくぐらいのつもりで聞く。それでも本人が折れてくれなければ端緒さえ掴めないではないか。

 説得材料に乏しいまま議論を進めても決して建設的な結論に至るとは思えない。そこでカイは一番大胆な手に出たのだ。


「そういう事かよ」

 トゥリオは完全に納得顔だ。チャムも少し苦い顔をしている。

「なになに、何か変なとこ有る?」

「何って、見りゃ解るだろ。この子は獣人だぜ。そんで魔法士だ」

「それの何がいけないのさ。彼女はこんなにすごい魔力の持ち主なんだから魔法士の道を選ぶのは全然変な事じゃないでしょ?」


 カイにはそこが解らない。

 彼女は自らの才能を活かして職業を選んだ。そしてその才能を伸ばして立派に働いて、あまつさえ人の為になろうとしている。


「いい、カイ? そうまで言える人間が少ないって事。獣人は総じて魔力が低く、魔法がほとんど使えない。それは常識として定着してしまっている。そこから外れた人間が何と言われるか、想像はつくでしょう?」

「僕はそんな考え方は嫌いだ」

 フードの魔法士は驚いたようにカイを見ていた。

「好き嫌いの問題ではなくて現実なの」

「ありがとうございますぅ。フィノの為にそこまで言ってくれて」

 彼女の一人称は彼女の名前だった。フィノをじっと見てカイは言い募る。

「フィノ、君はもっと自信を持つべきだ。そして自分を大事にすべきだ。今のままじゃ将来絶対に、何かの壁に当たる。その壁は最悪、君を殺してしまうかもしれない。誠実な君がそんな目に遭うのは僕は嫌だ」

 真摯に自分に向き合ってきてくれる彼の言葉に圧倒されるフィノ。

「正直に言うと僕は君に仲間になって欲しい。最初からそのつもりだった。どう説得すればそういう方向に持っていけるか色々考えていたよ。でも、今はそれはどうでもいい。無理な勧誘なんてしない。ただ、お願いだから信頼出来る仲間を一人だけでいい。傍に置いてほしい。そうすれば君は壁を越えられるはずなんだ」


 その長広舌は思いやりに満ちていた。

 ただ彼女が今回のような危険な道に迷い込んで欲しくないと。ただ生き延びて欲しいと。そう彼は訴えてきている。

 そして、その彼の言葉に他の二人もうんうんと頷きながら聞いている。微笑みを浮かべてその通りだと彼女に教えてきてくれている。


「フィノは怖かったんですぅ。何で獣人なんかが魔法士なんだって後ろ指差されるのが。それで笑われたり、馬鹿にされるのが嫌で。そんなつまらない理由ですよぉ?」

 悲痛な顔が和やかに変わっていく。

「フィノはさっき皆さんの後ろに居た時、ホッとしていたんですぅ。パーティーに所属するって、仲間が居るってこんな感じなんだなあって思ってました。嬉しくて…。こんな小さなフィノでも仲間にしたいって思ってくれますかぁ?」

「もちろんよ」

「大歓迎だぜ」

 フィノの目が潤んできている。


「仲間のあなた達も馬鹿にされるかもしれませんよぉ?」

「そんな奴、気にすることないわ」

「逆にぶっ飛ばしてやるぜ」

 フィノは笑って、そして照れくさそうにしながら言う。

「仲間にしてください」

「もちろんよ、フィノ。私はチャムよ」

「トゥリオだ。よろしくな」

 黒髪の青年に振り返って言う。

「さっきの青いの、時々くれますぅ?」

毎陽まいにちあげるよ。僕はカイ・ルドウだ」

「フィノ・スーチです。よろしくお願いします」


「スーチ?」

ごうの名前なんです」


 彼女達、獣人は居留域で昔ながらの集団を築いて暮らしている。

 その大きな集団が「ごう」。

 これがその一団を指し示し、集落を形成する一単位である。フィノの場合はスーチ郷。集落の名前がそれであり、家名にしている。獣人達の個人名はバリエーションが少ないらしく、郷の外で活動する時は差別化を図る為に、正式な場では郷も付けて名乗るのだそうだ。

 そして、郷は幾つか、普通は三つから四つくらいの「れん」の集合になる。

 この「れん」は要するに血縁者集団になる。それは基本的に種族単位で形成されている。フィノの場合、ソウゲンブチイヌ連になる。


「見ての通り、フィノはソウゲンブチイヌの獣人なんですぅ。こんなに可愛くないのでも仲間にしていいんですかぁ?」

「可愛いじゃねえか」

 妙に力を込めてトゥリオが否定する。


 確かに彼女の基本の毛皮の色は白だが、耳と言い毛皮と言い、所々に様々な色のブチがある。頭部には柔らかな栗色の長毛、頭髪と言えるものが有るが。


「うん、すごく可愛いと僕も思うんだけど」

「ちゅい!」

 カイは衝動的に彼女の頭を撫で、肩に駆け上ったリドも髪をぐしゃぐしゃしている。

「私も可愛いと思うわよ。獣人基準が解りかねるんだけど」


(この方に可愛いって言われると微妙な気分になるんですけどぉ)


 フィノは顔まで毛皮に覆われていないタイプだ。

 額中ほどから顎までに地肌部分に大きな愛らしい瞳、ピンク色のこじんまりとした鼻、その下に犬口が付いていて、鼻から口にかけては少しだけ前に突き出していた。

 そこから視線を下げると、胸部は大胆に前に突き出している。


「どこ見てんの、トゥリオ?」

「いや!本当に美獣人だって思ってるだけだって! 今まで仲良くした獣人も居る事は居るが、こんなにその…。とにかく自分を卑下する事はねえって言いたいだけ!」

「ありがとうございますぅ」

 褒められ慣れていないのか、少し頬を染めてお礼を言うフィノ。急に妙な雰囲気を作るトゥリオにチャムはほくそ笑んでいた。


「素朴な疑問なんだけど一つ良い?」

「どうぞ」

 手を挙げてフィノに質問する。

「そんなふうに連で血を重ねていって不具合は生じないの?」

「いえ、婚姻は連を跨いで結ばれる事のほうが多いですよぉ」

「それだと種族特性が薄まらないの? 身体とか毛皮の模様とか?」

 カイの常識に於ける混血とはそういう結果を伴う。

「種族特性は母方のほうの血になります。例えばフィノがヤブシマイヌ連の方と結ばれても、生まれる子供はソウゲンブチイヌの子供ですぅ」

「特殊な遺伝をするんだね」

「?」

 カイが何を言ったのかは解らなかったが、彼が納得したので良しとした。


「結婚してんのか?」

「いえ、フィノはスーチ郷の鼻つまみでしたから。俊敏さが無くて狩りが下手なのに、魔力ばっかり強くって、全然獣人らしくないから居辛くて十六で郷を出てしまいましたぁ。もう三輪三年以上前ですけどぉ」

「そうか、苦労してんだな。だがもう心配いらねえぜ。俺達が居るからな」

「はい」

 フィノに笑顔が多くなってきた。とても良い傾向だ。

「残念ながら、落ち着いたら獣人居留域に行きたいなと思ってるんだけど?」

「お、おう…」

「…頑張りますぅ」


「じゃ、話が付いたところで冒険者ギルドに戻ってさっさとパーティー登録しちゃいましょう!」

 チャムは立ち上がって移動を宣言する。

「別にそんなに焦らなくったって良いんじゃね?」


「何言ってんの。鎧豹あいつ再戦リターンマッチを挑むんでしょ?」

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