再戦

 冒険者ギルド内がざわりとした後に静まり返る。三人がフードの魔法士を伴って入っていったからだ。

 チャムのパーティー登録を申告する声に、背後から聞えよがしの非難の声が上がる。その声もチャムがブラックメダルを掲げて見せれば黙らせることが出来る。うるさい外野達も仕方ないという雰囲気を出す。

 中にはやっぱりランク頼みという僻みも混じっていようが。


「チャムさんってブラックメダルだったんですねぇ? すごい動きしてるって思ってはいたんですけどぉ」

「そうよ、だから安心して後衛よろしく」

 トゥリオのシルバーに続いて、いつもの儀式が始まる。

「僕はホワイトだから援護よろしくね」

「噓ですよねぇ、カイさん?」

 鎧豹アーマーパンサーを攻撃した動きと特殊魔法がランクと嚙み合わない。

「えー、僕弱っちいからフィノのお尻に張り付いてようかな」

「はいはい、さっさとなさい」

 怒られた。


 フィノもハイスレイヤーだった。

 活動期間三輪3年少しでこれは極めて優秀だろう。単独ソロでポイント総取りだったのも影響していようが。


 パーティーで鎧豹アーマーパンサー討伐依頼を受け直して冒険者ギルドを後にした。


   ◇      ◇      ◇


 対鎧豹アーマーパンサー戦術の打合せの為にフィノの得意魔法を訊くと、驚いた事に彼女は五大属性に関しては死角はなかった。

 魔法士というのは基本的には得意属性が存在する。一属性扱えれば魔法士見習い、二属性扱えればプロレベル、三属性扱えれば有名魔法士への道というところ。四属性ともなると得意不得意があっても国家魔法士クラスだ。なのにフィノは一様に扱えるという。


「よほど魔法との相性が良いのねえ」

「そうなんでしょうか? ほぼ我流なんで魔力だけで力任せに発現させてるとこ有るんですけどぉ」

「それでさえ出来ないのが一般レベルなのよ」

 彼女が正体を隠す為に他人との接触を避けてきたからこそ埋もれていた才能だろう。


 鎧豹アーマーパンサー相手となると土系風系はほとんど効果は見込めない。雷系は地面に逃がされる可能性が高い。効くのは投擲系でない冷気系とかなり高温の火系か。

 フィノを後方に置いたトゥリオが受けて、カイとチャムで回り込んで包囲して遠距離攻撃で牽制しつつ、フィノの魔法で弱らせて動きが悪くなったところで止めを接近戦で刺す形で意見の一致を見る。


「チャムさん、遠距離有るんですか?」

「有るのよ、秘密兵器が」

「皆さんの攻撃は全体に秘密兵器っぽいんですけどぉ」

 チャムにニヤリと笑われて気付いてはいけないところに気付いてしまったのかと思う。


 宿場町の宿屋での打合せはこうして終わり、翌陽よくじつ再戦リターンマッチに挑む。


   ◇      ◇      ◇


冷気砲ブリザードカノン!」


 ゴウッと吹き付けた吹雪に反応して鎧豹アーマーパンサーは振り向く。範囲水魔法で濡らしておいた身体には効果覿面なはずだ。

 牙を剥いて襲い掛かろうとするところへトゥリオが大剣を突き出し距離を空けさせる。

 すると鎧豹アーマーパンサーの横腹で連続で金属音が弾けてチャムが自分に振り向かせる。盾を構えた彼女のプレスガンの鉄弾攻撃だ。

 畳みかける様に背後から低い振動音とともに光条レーザーが走り、目標を絞らせないようカイが攻撃する。


氷結弾フリージングブリッド!」


 空いた時間に構成を編み上げたフィノが再び氷礫を浴びせかける。

 先ほどからこれを延々と繰り返している。敏捷で攻撃力の高い鎧豹アーマーパンサー対策でも一番安全策になるだろう。徐々に削っていって決定打が放てる瞬間を読んでいる。


「ゴウォッ!」

 ところが急に鎧豹アーマーパンサーが一声吠えた事で状況が一変した。

「チャム、後ろ、近付いてきてる!」

「冗談きついわ」

 木々を縫いながら物凄い速度でもう一頭の鎧豹アーマーパンサーが迫っている。そしてカイの背後からも。

「トゥリオ! それは二人に任せた!」

「解った! 気合い入れていくぜ、フィノ! 俺の後ろから絶対に出るなよ。完璧に守ってやるから攻撃に専念してくれ!」

「はい!」


 壁のように大きな背中が心強い。

 戦闘中だというのにフィノは少し笑みが零れてしまう。こんなに危機的状況だというのに心が軽い。託せる仲間と言うのはこんなに気分を変えてくれるのかと思う。

 しかし、ここは集中しなければいけない。目の前の弱りつつある一頭を早く片付けて仲間・・の援護に回らねば。脳内の魔法演算領域をフル稼働させる。


   ◇      ◇      ◇


 背後から迫った鎧豹アーマーパンサーに牽制の数射を放って足留めする。弾箱カートリッジの換装をしなければならない。樹木を盾に近付けさせないようにしながら作業をする。チャムの盾では鎧豹アーマーパンサーの牙は防げても、同時に襲い来る爪は防げない。

 踊り掛かってきた一頭に、下をくぐるようにして腹に剣旋を走らせるが、腹面も金属鎧片に覆われていて、耳障りな金属音を立てて弾かれる。


(オリハルコンの刃を弾くなんてどうかしてるわよ!)


 そうは思うが事実は曲がらない。しかし、腹面を集中して観察したチャムには一つの可能性が見えてきていた。


   ◇      ◇      ◇


 鎧豹アーマーパンサーの金属鎧とオリハルコンの拳が激突すると耳障りな異音がする。

 鎧豹アーマーパンサーにしてみれば、厄介な人間どもを完全に分断したというのに、思わぬ抵抗を受けて戸惑いもある。


 それでも一対一なら勝負にはならない筈だとも考えている。しかし現実として、この大柄とは言えない部類の人間は付いてくるどころか追い越されかねない速度を叩き出してくる。結果、回り込まれて拳打が飛んで来るのだ。

 これは本当に人間・・なのだろうか? 鎧豹アーマーパンサーは混乱しつつあった。


   ◇      ◇      ◇


 全身が霜に覆われつつあるというのに鎧豹アーマーパンサーは動きが悪くなるだけで倒れる様子はない。それでもトゥリオの大剣がその身体を捉えているという事はかなり状況的には良くなってきている筈なのだ。

(もう一押し。何か決定打が要る)

 ひしひしとトゥリオは感じる。背後のフィノも同じ考えなのか声を掛けてきた。


「トゥリオさん、どうにか剣を鎧豹アーマーパンサーの身体に突き入れられませんかぁ?」

「やってみる! 一回突き放してくれ」

 フィノは氷槍を生み出して、順々に打ち込み鎧豹アーマーパンサーを後退させる。するとトゥリオが少し低く構えてグッと剣を引き寄せた。

 再び鎧豹アーマーパンサーが牙を剝き出しにして飛び掛かってくると、狙いすました様に彼は口内に剣先を滑り込ませようとする。しかし、それは鎧豹アーマーパンサーも読んでいたのか、ガキリと剣先を咥えて止めた。


 それがフィノが待っていた瞬間だった。

雷電球プラズマボール!!」

 紫電を放つ球体はトゥリオの大剣に吸い込まれる。その雷電は、滑り止めの皮手袋を着けたトゥリオには影響せず、その全ての雷エネルギーを鎧豹アーマーパンサーの体内に送り込んだ。

 ビクンと痙攣して、動きが止まる。口と金属鎧片の隙間の所々から煙を上げる鎧豹アーマーパンサーが横倒しに倒れる。


「やったぜ!フィノ!」

「やりました!」


 二人は一瞬、抱き合いそうになったが、他の二人の事を思い出して見回すのだった。


   ◇      ◇      ◇


 チャムはプレスガンで牽制しながら、通り抜け様に剣を送り込む攻撃を繰り返している。注意深く観察して、鎧豹アーマーパンサーの急な攻撃に警戒を続ける。気力を削り取る様な攻防が続く。だが、彼女が単調な攻撃を繰り返していたのには理由が有った。

 もう何度目かも解らなくなった交錯の瞬間が近付く。しかしこの回だけはチャムは剣を振り被らず、鎧豹アーマーパンサーの向かって左側にスライディングで滑り込む様に身体を倒し込む。


(首の下。あの金属鎧片の半メック6mmの隙間に刃を入れる!)


 地面ギリギリに振り込んだ長剣。限界の集中力に引き延ばされた時間の中で剣を跳ね上げる。

 長剣の刃は見事に金属鎧片の隙間に入り込んで斬り込んでいく。鎧豹アーマーパンサーは苦鳴を上げる暇もないまま、首を刎ね飛ばされ、数歩を惰性で走ってからまくれる様に転んだ。


 立ち上がったチャムは思わず長剣を持つ右手を差し上げるが、すぐに思い直して見回すのだった。


   ◇      ◇      ◇


 殴り飛ばされた鎧豹アーマーパンサーは背中から樹木に激突して苦鳴を上げる。カイは無表情を貫いて、悠然と敵に歩み寄っていく。時々、仲間たちの様子を見る余裕さえ残して。


 距離を取れば光条レーザーを撃ち込む。サイドステップして意表を突いた攻撃が来ると衝撃波で弾き飛ばす。どうしていいのか解らなくなったらしい鎧豹アーマーパンサーの足が止まる。

 敵わないと思ったのか身を翻して逃げ出そうとした相手に瞬時に近付き尻尾を掴む。反転して牙を立てようと大口が迫るが、片足を軸にクルリと躱して鎧豹アーマーパンサーの首を抱え込む。


「カイ!」


 自分の相手を撃破したらしい仲間達から声が掛かる。だが、それに首を振って答えて、息を詰めて一気に腕に力を籠める。


 ゴキリと首の骨が折れる音がして鎧豹アーマーパンサーは力なくくずおれた。


   ◇      ◇      ◇


 フィノは不思議でならない。なのでトゥリオに疑問をぶつけてみる。


「カイさんは強過ぎますぅ」

「そりゃそうだ。奴があの『魔闘拳士』だからな」

「へ!? ええええーっ!」


 フィノの声は森に響き渡るのだった。

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