いとまごい

 モノリコートの生産販売を王国に移譲する契約をしたカイが出した条件は幾ばくかの金銭とホルムト各所への孤児院の設置だった。

 ともかくこの世界の都市は孤児が多い。戦争で両親を失った者、病気で失った者、遠出の時に野盗に襲われて失った者、母を産褥で失い運悪く父も失ったり未婚だったりした者、冒険者の両親を魔獣に逆に狩られた者、そして捨てられた者。それらの保護と育成を積極的に行って欲しいという願いだった。


 アトラシア教の衰退は著しく、教会が寄付で担っていた孤児院経営はかなりの部分が放棄されてしまい、街をうろつく孤児が目に付くようになってきてしまっていた。

 それを憂いたカイは、モノリコートで得る利益で王国運営孤児院の設置を願ったのだ。

 その志は国王と王太子に快く受け入れられ、あっという間に会議を通過する。これはホルツレインが福祉国家への道を歩み始めた第一歩だった。


 モノリコート生産に乗り出した王家がまず行ったのは多数の水車の設置である。これは天日で乾燥させたモノリコの実を粉に加工するためのものだ。

 ホルムトには近隣の川から引き入れた用水が何本も流れている。これは主に生活用水と、都市出口で合流させる下水の排水に供されるもので、飲用水は井戸で賄われている。

 その用水路付近の土地が買い上げられ、ずらっと水車が並べられた。それは壮観な光景であり、後にホルムトの名物になっていくのだが、それはまた別の話である。


 生産の指導者となるべく集められた菓子職人は直接カイに指導される事になったのだが、ここで問題になったのがかなり重要な部分を占める温度管理の困難さだ。

 正確な温度計というものが無く、感覚や目見当での管理が困難だと解ったカイは、加熱魔法具の出力管理と砂時計による厳密な時間管理で対応する方法を採る。検証を重ねて割り出したその条件を厳守する事で生産品質の保持を行ったのだ。

 そうすれば菓子職人の技量に依存する事無く、品質の維持が可能となる。つまり誰が生産しても均一なクオリティの製品が仕上がる仕組みを作り上げた。

 とはいえ、生産技術や衛生管理には一定の技能が必要になってきて、専門の職人の育成が急務だという報告が王宮に上がる結果になる。


 現王家の全員と主要大臣、カイとチャムが参加した試食会が実施された。カイ以外の手で生産されたモノリコートが初めて職人以外の口に入る場になる。

「おお、これは!」

「ん? あれ?」

 前者が初めてモノリコートを味わう者の感想で、後者がカイの生産したモノリコートを食べた事がある者の疑問だ。

「どこが問題があるのか? 余には驚くほどの甘露に思えるが」

「ええ、味的には再現されているとは思うのですが…」

 国王を始めとした前者グループは疑問を呈した後者グループの反応が不思議で仕方なかった。

「そうですね。粉の碾き方が足りないのだと思います。これは碾き臼の導入を検討したほうがいいかもしれません」

「そのように違うものか?」

「これをどうぞ」

 カイは自作のモノリコートを回してもらう。

 それは生産品に比べると、舌触りと後味に大きな差が出ていた。

「ふむう、なるほど。こうも差があるでは不満が出ようというものだな。碾き臼の設置も急がせよ。財務卿、予算の計上を頼む」

「御意」

「一般生産品としては製品レベルに達しているとは思うんですけど?」

「余はこれを次期主要輸出品と捉えておる。ならば品質向上の為に手間は惜しまぬわ」

 カイが呈した疑問に答えた国王は自信ありげにしている。


「ならばこちらもどうぞ」

 カイが新たに取り出したモノリコートが回され、皆が試食をする。

「なっ! これは!」

「あらあら、まだこんなものを隠していたのね、カイ」

 それは荒く砕いたモノリコナッツを混ぜて固めた、言わばナッツクランチモノリコートだ。

「こうすると食感は更に上がります。個人の好みに拠りますが、こちらのほうが当たるかもしれませんね」

「そなたの発想力は底なしか!?」

 そう褒められてもカイにとっては既存の技術なので申し訳ない気持ちになる。


「ただ、あまりに高カロリー食品になってしまうのです。肥満を原因とした病気を防ごうと考えるならば、価格調整が難しくなるかと思われます」

「それは我らの仕事だ。信用して欲しい」

「ええ、お任せします」


 こうしてモノリコート生産会議は一応の決着を見せた。


   ◇      ◇      ◇


 その夜、王家一家と晩餐を楽しんだ二人は、話し合っていたある事柄について切り出す。


「陛下、僕は改めてこの世界を見て回りたいと考えております。しばしの暇をお願いしたいと思います」

「ええっ!! 嫌です、カイ兄様! ホルムトにずっといらっしゃればいいではないですか!」

「…行っちゃうの、兄様、チャム…」


 王孫姉弟からは不満の言葉が出る。

 しかし、その他の王家の者達にはカイがいつ言い出すかと想定されていた台詞だった。

 彼が、「まだ出来る事があるような気がする」と言ったからにはホルツレイン一国には定まらない気がしていたのだ。


「ごめんね、セイナ、ゼイン。僕は僕がなぜこの世界に来れたのか、その意味を知りたいと思う。そんなものは無いのかもしれないけれど、確かめずにはいられないんだ。でも、ホルツレインは僕の第二の故郷なんだから定期的には帰ってくるよ。ダメかな?」

「…嫌です」

「……」


 二人は涙が止まらなくなっている。カイは回り込んでセイナを抱き上げて「ごめん」と言う。ゼインはチャムに縋り付いていた。


 しんみりとした空気が流れる中、姉弟は父母に諭されて納得するしかないのだった。


   ◇      ◇      ◇


本陽ほんじつは暇をいただきたく、罷り越してございます、陛下」

「うむ、行くか」


 を改めて謁見に上がったカイとチャムは国王に暇乞いの挨拶をしていた。

 国賓待遇で滞在していた身であってはこういう手順も必要になってくるのだ。


「はい、陛下の御厚遇には何の不満もございませんが、しがない冒険者の身の上、どうかご寛恕いただきたく存じます」

「よい、許す。そなたは救国の雄だが、我が臣でも無い。誰も止める事など叶わぬ。しかし我が可愛い孫達が悲しむ。出来るだけ帰ってくるが良いぞ」

「はい、僕の心はこの国にあると信じてくださいますようお願いいたします」

「本当にお世話になりました。私も敬愛できる王に初めて出会った心地です。再会のまでどうかご健勝であらせられますようお祈り申し上げます」

「嬉しいぞ、チャム。そなたも健勝でな」

「必ずや再開を喜ぶを」


 二人と一匹の旅立ちのが近付いていた。

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