旅路へ
タニアにもずいぶん泣かれてしまった。
仕方あるまいとも思う。彼女にとってはカイは間違いなく英雄で、不慣れな生活の心の支えであったのだ。
それでもタニアもホルムトの暮らしに完全に馴染んできている。もう元の生活に戻れるとも思えない。そんな自分にも悔しくて涙が止まらない。カイはずっと背中を撫でてくれていた。
グラウドは至って平静に見える。一番の理解者のその態度にカイは安心できる。
「行くといい。ホルツレインはもう武威の英雄を求める国ではなくなりつつある」
「はい、これからは侯爵様のような文民の時代ですね」
「そう持ち上げるな。プレッシャーになる。だが、カイ。いつでも帰ってくるがいい。お前の部屋は永遠に開いている」
「ありがとうございます。侯爵様がおられるので姉ぇの事も心配なく旅立てます」
「親の仕事までお前に取られてたまるか」
こういう人のおかげで笑って旅立てるというものだ。
王宮前には王太子一家が揃っていた。
膝を突くカイにセイナとゼインは抱きついて離れない。チャムはゼインの背中をポンポンと叩いて「大丈夫よ、君なら」と言い聞かせる。リドがしゃくり上げるセイナの頭を撫でて「ちゅうぅ…」と鳴く。
そして英雄は往く。朝の
自らの拳に意味を求めて。
◇ ◇ ◇
南部に進む駅馬車には皆が注目する美人と黒髪の青年が並んで座っていた。
妙に絵になるその風景に同乗者は目が離せないでいる。二人はそんな視線にも慣れっこなのか、全く動じず時々笑いあっては話している。一人の少年はその様子を眩しげに見つめていた。
時は進み、駅馬車も国境まで数駅を残すまでになっていた。
退屈な風景が続き、乗客も思い思いに寛いでいる。
その時、にわかに外が騒然となった。
「おい!
「そのまま突っ込んでくるのかよ。冗談じゃねえぞ!」
駅馬車の専属護衛達は馬上で剣を抜き少しでも勢いを逸らそうと構えている。しかし、大きさ
少年は母親に抱きつき必死に恐怖に抗う。それでも覚悟が必要と思える状態に変わりはない。
その時、扉を押し開けて黒髪の青年が飛び出していく。恐ろしい速度で迫る
ゴッという衝撃音が辺りに響き渡る。
続いて飛び出して行った美人が、剣を閃かせて高く高く跳躍し、
笑顔でハイタッチを交わす二人。
少年の目に映るその姿は間違いなく彼が憧れる英雄のものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます