ダッタンの塔

ダッタンの魔域(1)

 ホルツレイン王国を抜けると駅馬車は通っていない。なので自然にカイとチャムは徒歩の旅になっている。

 と言っても二人とも冒険者で旅慣れている上、身体強化も有るのでそれほど苦にならない。仮に夜営になったとしてもカイのサーチ魔法があれば見張りを立てる必要もなく、そこは恵まれていると言っていいだろう。


 南部沿岸域には幾つかの自由都市とクナップバーデン商民国しかない。

 クナップバーデンは西端に位置するフリギア王国と国境を接しているのでかなり西になる。ホルツレインを抜けた辺りは小さな集落と自由都市で形成されている。


   ◇      ◇      ◇


 道行くと二人の目には村落と呼べる家屋群が見えてきた。


「今日はあそこで泊めてもらいましょうか。宿屋が有るかは分からないけど」

「そうだね。屋根があるとこ貸してもらえるだけでもありがたいね」

 しかして、このダッタン村にはきちんと宿屋が有ったのだ。


「御主人、この辺りで採れる産品でのお勧め料理をお願いできますか?」

「地方の名産に触れられるのも旅の醍醐味だわね」


 一階部分が食堂になっているきちんとした作りの宿屋があるのに驚きながらも、それは嬉しい誤算なので問題は感じない。客の少ない地方なので少々お値段は張るのだが、そこまで言及すればバチが当たろう。


「大したもんは出来ないが、野菜は新鮮なものが出せるぜ」

「それはありがたいですね。旅人が飢えているものをしっかりと押さえてらっしゃる」

 主人はニヤリと笑い返す。

「そうおだてんなよ。オマケしたくなっちまうだろ」

「もちろん拒みはしませんからご安心を」

「ちゃっかりしてやがるぜ」

 見るからに冒険者風なのに暴力的でなく、妙に人当たりが良い珍客に主人も乗ってくる。


 しっかり名産品の野菜料理を堪能した二人は、その夜は暖かいベッドにありつくのだった。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、宿屋を出た二人は村大路を駆け回る子供達の洗礼を受ける。


「ねえねえ、お姉ちゃん達どっから来たの?」

「東のほうからよ」

「へー、魔域で魔獣に襲われなかった?」

「「魔域?」」

 聞き慣れない単語に二人は顔を見合わせる。

「うん、ここから東に3ルッツ3.6km行ったところの森はすんごく魔獣が多くてさ、父さんや母さんが絶対に行っちゃいけないって言うんだ」

「それは危ないね」

「うん、だから僕らは西側の川に遊びに行く事が多いんだよ」

 彼らの指差す先には遠く小川が見える。

「そのほうが良いね。魔獣が多いところは本当に危険だから行っちゃダメだよ?」

「解ってるー。じゃあね、姉ちゃん、兄ちゃん」

「気を付けるんだよ!」


「魔域とは尋常じゃないわね?」

「ねえ、チャム…」

「解っているわよ。調べに行きたいんでしょ?行きましょう」


 こうして来た道を戻る事になった二人だった。


   ◇      ◇      ◇


 確かにその辺りの森は重たい雰囲気を放っていた。

 微妙に漂う魔力も濃いような気がする。しかし、それは言われればそうなのかとも思えるレベルで、注意を払っていなかった時には気付けなかったのも仕方ないと言えよう。


 森に入って少し歩いただけで露骨に魔力が濃くなった。

 これではこの辺りに出没する魔獣もそれなりに凶暴な種類のものが出てきても不思議じゃないと感じる。確かに子供の遊び場には全く不向きの場所であった。

 さして深くもない森が異様な雰囲気を放っている。


 更に分け入っていったところでカイは接近する存在を感知していた。

 ところが全く剣呑な感じではない。それでも警戒してカイはチャムを止める。

「何か来る?」

「うん、よく分からないけどいきなり襲ってくる感じじゃないんだ…」

 茂みから大柄の影がぬっと現れる。


「ぢっ!」

「ちちゅう!ちちち!」

 少しそわそわとしていたリドが一番に反応した。現れたのはかなり大型に見える風鼬ウインドフェレットだ。

風鼬ウインドフェレットがわざわざ向こうからやって来るなんてどういう風の吹き回し?」

 既に剣を抜いていたチャムは力を抜く。


 風鼬ウインドフェレットは非常に警戒心が強い魔獣で、まず人は襲わない。

 むしろ人の気配を感じれば速やかに逃げていくはず。その風鼬ウインドフェレットが目前に現れたのだから、チャムが不思議がるのも道理というものだ。


「何か伝えたいことが有るの?」

「ちゅちゅい?」

 カイが訊くと風鼬ウインドフェレットはスッと前に出てくる。

「この奥には行くなって言うんだね?」

 風鼬ウインドフェレットはこくりと頷く。

「危険なのは聞いているよ。もしかして君達も困っているんじゃないのかな?」

 再びこくりと頷く。

「じゃあ、僕にも何か出来るかもしれない。君はこの子の事が心配で来てくれたんだね。大丈夫、リドの事は僕が必ず守るから」

 ところが今度は首を振り、そっと近付いてきてカイの足を軽く引っ搔く動作をする。

「そうか。僕の事も心配してくれているんだ。ありがとう」


「ちちっ、ちゅいっちー!」

「ぢう?」

「ちっ!」


 何らかのコミュニケーションがあり、風鼬ウインドフェレットは横に避けてくれた。

 その風鼬ウインドフェレットの首筋を撫でてカイがもう一度「ありがとう」と言うと、彼の腕に頭を擦り付けて去っていった。


「驚いた。野生の風鼬ウインドフェレットでもあんなに感情豊かなのね」

「彼らは大事な隣人なんだ。僕には共存しか考えられない」

「今のを見せられるとね」


 チャムは今まで感じていた世界がひどく狭かったのだと反省する。


   ◇      ◇      ◇


 しばらく進むと魔獣に幾度も襲われる。

 危なげなく倒していくが、今日は肉を回収したり埋葬したりする余裕がない。魔獣の影が恐ろしいほど濃いのは危機感しか抱かせない。

 村落からわずか3ルッツ3.6kmの距離にこんな状態の森があるのは異常と言っていい。魔境山脈並みの魔獣の濃さに、その原因がこの先にあるのだけはハッキリと感じられた。


 少し進んでチャムはカイに再び止められた。

「ちょっと待ってね。何かおかしい」

「どういう風に?」

「僕にもハッキリとは。ただ景色とサーチ魔法のイメージにズレが有るんだ」

「調べてていいわよ。後ろは警戒しておくから」

「お願い」


 カイは地面に爪を打ち込み、広域サーチを掛ける。

 その時、彼の頭に広がったものは目の前の風景とはかなり違うものだった。

「そうか。これは」

 カイはそこから進路を横に変えて進んでいき、チャムは後方警戒で着いていく。

「有った、これだ」

「何これ?」

 カイが指差した場所を見ると茂みに隠れるように石の杭のような物が有る。それをグイと抜くと彼はチャムに指し示した。

「これ、認識阻害の刻印。これが多分、ぐるりと打ち込んであるんだ」

「認識阻害?じゃあ、見えるはずの物が見えていないって事?」

「その通り。だからここに入っていくと…」


 少し進むと木立が途切れ、拓けた一画が現れる。


 そこには木立より遥かに高い塔がひっそりと佇んでいた。

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