ダッタンの魔域(2)

 その塔はわずかに風化の影響を感じさせながらもそこに屹立している。

 黒に近い表面をさらしたままの外壁は、何らかの鉱石を原料にして土魔法で建立した強固なものなのだろう。どのくらいの時間そこに隠され続けてきたのかは知れないが、まるでそこだけ時が止まったかのような雰囲気を漂わせている。

 地上1ルステン12mほどは蔦の侵食を受けているが、その先は真新しさまで感じさせる様相を呈していた。


「壮観ね。少し不気味だけど。最上階にはボス級の魔獣でも住み着いているのかしら」

「そんな定番の塔なら魔獣を駆逐して破壊するだけで済みそうだけれど、これって何らかの意図を持って建てられた物のように見えちゃうんだよね?」

 青年は言葉を選びながら告げる。

「どの塔だって元は何かの為に建てる物でしょ? 技術だったり権力だったりの誇示の為に」

「まあ、そうだね。でもそれだったら隠す必要なんてないんだ。むしろ見せびらかさなきゃいけない」

「失敗。あなたの言う通りだわ」

 ペロッと舌を出してチャムが笑う。

 カイの頭の上で「ちちちっ!」とリドも笑うように鳴いて、ペシペシと黒髪を叩く。


 独特の雰囲気にもしかして入口も無いかと懸念していたのだが、回り込むとあっさり扉は見つかる。固く閉ざされてはいたが。


「開きそう?」

「いや、そもそも鍵さえ掛けてないや。あの認識阻害結界に自信が有ったんだろうね」

「じゃあ、冒険の始まりね」

 おどけた様にチャムは言う。


(こういうの苦手なのかな)

 その様子がカイにそう思わせているのだが、本人は気付いてないようなので黙っておく。


 扉を引いて覗くと、中は普通に玄関ホールのように見えた。

 カイは何となく「ごめんください」と呟きながら立ち入っていく。そこら中に埃が厚く積もっている様子を見ればそんな事は必要ないと言うのに。


 埃を何か所か取り去ってみると全てが土魔法によって作られているのが解った。

 木製部分など数えるほどしかないのだ。それは非常に強固に思えるが、人が住むにはあまりに冷たさを感じてしまう。ここに住み続けるとなるとかなりの覚悟が必要になるだろう。


「全く人の気配は無いわね。痕跡だけ」

「うん、今は誰も住んでない」

 カイはサーチ魔法の結果だけを告げる。


 階段を昇って二階を確認すると、円形に小部屋が続く。

 一つ一つ中を見るが、ほとんどは書庫らしきものになっていて、一部には実験装置のようなものが置かれている。何の実験かは二人には窺い知れなかったが。


 そんな感じのフロアが何階分も続き、チャムが飽きを感じてきた頃に、ふいに開けたフロアに到達した。

 しかし、そこでチャムは眠気を吹き飛ばすような物を見つけて息を飲んだ。隅に置かれた机に人影が有ったからだ。


「誰も住んでないんじゃなかったの?」

「今は、ね」


 驚きを見透かされて責めるような口調になったチャムにカイはそれが想定内の事実であるかのように言った。

 彼はそのまま人影に近付いていき、その肩に両手で縋ってチャムが続く。人影は机に突っ伏したままミイラ化していた。

 おそらく机に着いた状態で病死か何かで亡くなったのだろう。手の甲や首筋に見える生前の皺の痕跡から、もう相当高齢だった事が窺えた。


 カイは机上の皮紙を取り上げて見る。

 保存の魔法か何か掛けてあるのか十分に読み取る事が出来る。しかしチャムにはその文字を読む事が全く出来なかった。


(ドイツ語? フランス語? 全然知らないから区別さえ出来ないや)

 高校の授業内容程度の語学知識しかないカイにもそれを読むことは叶わない。文字を目でなぞるのが精一杯だ。


「それ、読めるの?」

「ううん、読めない。でも、これは僕の世界の文字であるのは確かだと解るよ」

「…そう。この人、あなたの先人なわけ?」

「そうなるね。違う国の人だけど同じ空を僕は知っている」


 感慨深げにカイは言う。その思いが伝わってチャムは口を閉ざした。


   ◇      ◇      ◇


 そのフロアの床は奇妙な模様に埋め尽くされていた。

 これはチャムにも馴染みのあるものである。それはかなり大きめの魔法陣だった。


 この世界の魔法陣は、カイがゲームなどで触れてきた図形で出来ているものではない。図形を象ってはいるのだが、それを構成する線は全て魔法文字の羅列。

 円形が描けるほどの長さの魔法記述で構成が編み上げられ、必要な文節同士をまた魔法記述で繋ぎ、それが図形にまで発展するに至り、極めて複雑な刻印魔法を生み出している。

 その魔法陣がフロアに描かれていたのだ。


 10詩60分は掛けて淡々とカイはその魔法陣を読み解いていく。

 終わった頃にはさすがに彼も疲労を覚えている様子だった。

「で、これは一体何だったの?」

「魔獣寄せだね。しかも魔獣の意識を混濁させて戦い合わせるかのような構成まで編み込んである」

「え! なんでわざわざそんな真似を? 危なくて仕方ないじゃない!」

「理由はたぶん、これ」

 カイがマルチガントレットで引っ掻いて壁を少し剥がすと、そこには水晶板が埋め込まれている。その水晶板は壁面全てに埋め込まれているようであり、板同士は導線のような物で繋ぎ合わされている。

「こうやって塔そのものを巨大な魔力回路にしてあるんだ」

「壁から魔力放出は感じていたけど、保存刻印か何かが刻まれているんだと思ってた。これの所為だったのね」


 カイが続いて述べた推論はこうだ。

 魔獣寄せの魔法陣で魔獣を呼び寄せ戦い合わせる。その時に魔獣が放出する魔力を、この塔が受容器になって吸収する。そして…。


「その魔力はこの上にある何かに注がれている」

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