ダッタンの魔域(3)

「これは…!」

「……」


 最上階に昇った二人の目に入ったのは、見た事も無いような一つの装置だった。

 緻密な刻印が施された80メック1mほどの金属棒が斜め上、北東の方向を指している。その棒には太い導線が巨大な魔石から繋がっており、その魔石へも壁から伸びた何本もの導線が繋がっている。ただし、巨大魔石は既に寿命を迎えて割れてしまっていた。


「この装置はもう働いていない…」

「でしょうね」

「ちうぅぅ…」

 ここまで来ての残念な結果に二人と一匹は落胆の声しか出せない。

「でも、この装置がどういう風に働いていたかは解る」

「ほんと?」

「ちゅいっ!」

 良い反応に饒舌になる。

「これはここで回収した魔力をどこかに送っていたんだ。でも、その先で何に魔力を使っているのかまでは僕にも解らない」

「そっかぁ…」

「机の上の資料を解読すれば解るかもしれないけど、今の僕には無理だね」

 金属棒に刻印された記述を読んでいたカイは解っている事実だけしか伝えられない。

「ただ、この刻印はすごい。僕が薄っすらと思い浮かべていた理論を裏付けてくれる記述だ。これは良い。どんなに苦労してあの人はこれを編み出したんだろう?」


 急に興奮し始めたカイに軽く引く一人と一匹。

 どれほどのものなのかは二者には解らないのでおざなりに賛同も出来ない。


「下の魔法陣を壊そう。何か大事な働きをしていたらと思って手を出さなかったけど、あれはもう無用の長物だ」

「そうね、危険を招いているだけだものね」

「ちっ」

 頭の上の小動物を撫でながら飛んでもない事実を口にする。

「でも、変な気配がしたんで、ここに近付く前にリドに魔法散乱レジスト掛けといて正解だったなぁ。じゃないとリドまで変になるとこだったよ」

「ちちゅーー!!」

 当の本人は今更驚いているが後の祭りだ。そんな様子にチャムもようやく笑みが漏れてきた。


 下の階に降りたカイは魔法陣の一部を変形魔法によりブロックで外し、脇に避ける。魔法陣というものはそれだけで機能しなくなるのだ。


 次に先人の遺体をくずれないように布にくるんで持ち上げる。


 せめてこの地に埋葬してあげたいと彼は思ったのだ。


   ◇      ◇      ◇


 階下への階段をゆっくりと降りていた二人の耳に唸り声と爆発音が聞こえてきた。

 遺体の包みをそっと横たえて玄関ホールを覗き込むと、一羽の紫色をした大型の鳥が闇犬ナイトドッグ五頭に取り囲まれている。


 その鳥は地上を生活の場とした種類のそれのようだ。体型は、ダチョウやエミューとは異なり、図鑑で見たドードー鳥に近いようにカイには見えた。


「セネル鳥ね。ホルツレインじゃ見かけないけど一般的な騎鳥だわ」

 チャムが囁いて教えてくるれた。


(助けなきゃ!)

 そうカイは本能的に思った。


 おそらくカイが結界杭を抜いた所為で入り込んできた闇犬ナイトドッグに襲われてしまっているのだ。


 彼は手摺りを飛び越えて階下に身を踊らせていた。


   ◇      ◇      ◇


 そのセネル鳥は戸惑っていた。


 はっと気付いた時には闇犬ナイトドッグどもに囲まれていたのだ。

 何とか自分が囮になって仲間達は逃がす事が出来た。しかし、逃げ込んだ人間の建物の中は遮蔽物もなく戦い難い。

 光熱弾を放ってはみたものの闇犬ナイトドッグどもは身軽に躱してしまう。自分の魔法では彼奴らを倒すのは無理なようだ。


 どうも自分はここまでらしい。仲間を逃がせただけでもこの命に価値は有ったと思える。せめて何頭か道連れに散ってやろうと覚悟した。


 その瞬間、上から人間が目の前に降ってきた。

 何だか解らないが「大丈夫、任せて」と言ってくる。その人間は手に大きな甲のようなものを着けていて、そこから光を放って闇犬ナイトドッグどもを撃ち倒していく。飛びかかってきた闇犬ナイトドッグはその拳を振るって殴り飛ばした。


 そうしていると、もう一人人間が降ってくる。その人間は剣を持っていて、闇犬ナイトドッグに斬り掛かり確実に一頭を屠った。

 残りの四頭はもう先の人間に屠られている。

 どうも自分は命拾いをしたようだ。拾った命ならの強き者に捧げると誓おう。


 セネル鳥は服従の姿勢を取った。


   ◇      ◇      ◇


「これ、何だと思う?」

「ごめんね、私、セネル語は詳しくないのよ」

 紫色のセネル鳥は羽根を軽く広げて頭を深く下げている。

 壁の焼け焦げを確認したチャムは冗談交じりに言ったあと続ける。

「このセネル鳥はきっと属性セネルよ。あなたの理屈ならこの子には言葉が通じるはずだけど」

「そうか。じゃあ君、これは僕への敬意と取っていい?」

「キュ」

 こくんと頷く。

「それだと謝らないといけない。万が一の退路の確保に扉を開けっ放しにしたのは僕だ。それで君は窮地に陥ったんでしょ?」

「キュル? キュキュッ!」

 セネル鳥は首を横に傾けた後に、再び先ほどのポーズを取る。

「あくまで僕のお陰だって言うの? 律儀だなぁ。うん、どういたしまして」

「キュウ」

 近寄って首筋を撫でてあげると気持ちよさそうにしている。

「君もあの魔法陣に惑わされてこんな羽目になっちゃったんだね」

「キュ? キュッキュウ!」

「そう、魔獣を惑わせる物がここには有ったんだよ。心当たりがある?」

「キュ」

 一声鳴いて納得したように目を瞑る。

 

 新たにセネル鳥が三羽駆け込んでくる。

 彼らは紫色のセネル鳥を取り囲むと深く深く頭を垂れた。


「キュキュイ!」

 一度首を上げるが再び垂れる。

「キュウ…」

 何か諦めたかのように一羽ずつクチバシで頭を突いて回る。すると彼らはわっと集まって紫色のセネル鳥に頭を擦り付ける。


「後の子達は彼を置いて逃げちゃってたのか。一生懸命謝ってるね」

「絆が強いのね。許してあげたみたい」

 感動的な場面に出くわしたようだ。

「ちゅい!」

「あ、いけない。忘れてたよ、リド」

「ち ──── !」

「怒んないでよ、ごめんごめん」

 階段を昇ってリドを頭に乗せ直し、先人の遺体を抱えて降りる。


 塔の前の広場の片隅に穴を掘って遺体を埋める。


 二人は「どうか安らかに」と祈った。

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