ラダルフィー脱出
「え? ええ ── !」
ウィレンジーネは開いた口が塞がらず、オルディーナとチッタムが驚きの声を上げる。ガラハとペストレルは仰天の顔で固まっている。ギルド職員達のざわつきも止まらない。
「まさか! 西方に戻ってきたとは聞いていたが、君……、いや、貴殿がそうなのか?」
「そう呼ばれる事も少なくないですね」
年の功でいち早く立ち直ったギルド長が聞き直す。
「黒い髪、巨大なガントレット。本当だったんだ」
東方には意外とその風体が正確に伝わっていた。特に黒髪の部分は噂の的になっている。『魔闘拳士』が実は帝国人であると
だが、それがカイだとはオルディーナも思いはしなかった。半ば伝説と化している人物が隣に居るとは誰も思わない。
「かっこいい……」
「え?」
チッタムがポツリと言う。彼女はその伝説に強い憧れを抱いていて、それを仲間に語った事も有って納得できない台詞ではなかったのだが。
「それは言い過ぎじゃないかしら?」
「言い過ぎなの!?」
思わぬところからの攻撃にカイは悲しげな顔をする。「うそうそ、冗談よ」と後ろから両肩に手を置かれ揺すられると、少しは機嫌を直した様子。
その軽い遣り取りで、場の空気も多少は落ち着いてきた。
蛮王の思惑がハッキリとしたところで、ギルド長の号令で皆が最低限の持ち出し品の準備を始める。特にメダルの魔法記述書換装置などは、特殊技術の塊で最優先持ち出し品に指定されている。持ち出しが適わない場合は完全破壊を求められるほどだ。
ギルド所有の馬車が引き出され、持ち出し品が積み込まれていく。耳の早い商業ギルドなどは既にがらんとしていて早期に避難したのが知れる。何が無くとも、ラダルフィーの街は戦場になる可能性が大だ。逃げ出す者は早い段階から動き出しているようだった。
彼ら二つのパーティーには、臨時に警護依頼が出されて馬車に随行している。ラダルフィー軍本隊はまだ街には到着していない。先ほどギルドに雪崩れ込んできた男達は足の有る尖兵だったようだ。一行は避難する住民達に混ざって街門をくぐる。
「ねえねえ」
チッタムはずっとカイの後を付いて回っている。その様子を彼女の仲間達は苦笑しながら見守っていた。
「カイはわたしみたいなのは嫌い?」
「そんな事は有りませんよ?」
「でも、チャムは凄い美人。英雄の隣に居ても変じゃない。わたしみたいに貧相なのは役者不足」
「そんなに卑下するよ必要はありません。可愛いと思います」
「えへへ、嬉しい」
普段は口数少ない彼女が一生懸命アピールする姿は微笑ましい。
「希望は有るぜ。こいつはすげー子供好きだから幼児体型でも全然問題ねえ」
「幼児体型じゃないもん。トゥリオ、嫌い。無神経」
フォローしたつもりが、彼女の劣等感を刺激してしまう。
「今のは完全にこいつが悪いわ。ごめんね、チッタム」
「すみませんですぅ」
「ちゅりるぅ」
トゥリオはリドにまで突っ込まれて(お前までもか!?)と慄く。
彼らの見せる余裕は集団全体に伝播して、必要以上の切迫感を持つ事は無かった。
◇ ◇ ◇
三
欲を言えばここは街道を使いたくないところ。追跡を受ける可能性を考えれば、それは相手を楽にさせてしまう。しかし、警護対象のほとんどが旅慣れていない者達であれば致し方無い。街道を南下する一行は、遠く追跡者の影を拝む事になった。
「足留めします」
その追跡者が陽動である可能性を示唆して、カイはチャムと手を合わせてその場に留まる。
「待ってください! あれはデュナークです! 二人ではとても」
「誰だ?」
「ハイハダルの配下でブラックメダルの凄腕です」
「なら、あいつらに任せておけよ。チャムだってブラックメダルだ。遅れは取らねえさ」
トゥリオは「それより」と前進を促す。彼らが距離を取らねば、二人は退くに退けなくなるからだ。
「何だ、お前らは?」
二十人ほどの追跡者の前に出てきた銀髪の剣士の言葉にカイは苦笑いを返す。
「何は無いでしょう? この状況下で理由を問うようだから冒険者が馬鹿にされると思いませんか?」
「二人で、だと?」
馬鹿にしているのは誰だと言わんばかりに睨み付けてきたかと思えば、徽章を出して高く翳す。
「それが何?」
チャムも中央に黒いメダルの嵌った徽章を出して見せる。
「安い挑発だけど受けてあげるわ」
「お前もか?」
デュナークの視線は更にきつくなるが、周囲の者は動揺を隠せず浮足立つ様子を見せる。
「面白い」
「
「弱い奴ほど良く囀る」
「どう思おうが構いませんけどね。人の善意は受け取っておくものですよ、単なる忠言ですけど」
カイが合間に言葉を挟んでくるのが時間稼ぎだと気付いてないばかりか、それで興奮してきているのも問題なのだが、本人は全く気にしている様子が無い。多少は腕は立つのだろうが、彼の手綱を握るのは大変そうだ。
チラリと後ろを確認して十分に距離が取れたのを確認した二人は、剣を抜き薙刀を取り出す。
デュナークが剣を抜き放ちチャムが悠然とその前に立つと、カイはパープルに指示をして回り込むように動く。達人同士の戦いの邪魔をしないように距離を開けていた冒険者達に横様に襲い掛かった。
一人目は抜く間もなく、リーチを生かした薙刀の峰の一撃が首筋に決まり、一瞬に崩れ落ちる。それに動揺した男が無闇やたらと剣を振り回してきたが、一直線に伸びた石突に胸を打ち抜かれて落馬し動かなくなる。追跡の為に騎馬を揃えたのは当然だろうが、そもそも騎馬戦闘に慣れていないようで機動性を全く生かし切れていない。
ゆるゆると包囲しようとするがすぐに斬り込まれて崩され、離散する彼らはカイの良い的でしかなかった。一人一人と戦闘不能にされ、転がって呻くだけの存在になっていった。
その剣閃はそれなりの鋭さを持っていた。
(確かに多少は使えるみたいね)と思うが、チャムはゆとりを持って回避していく。
のらりくらりと身を躱すチャムにデュナークの表情は段々と険しくなっていく。
「堂々と打ち合え」
「だから彼が教えてくれたでしょう? 相手の行動の意味を考えなさいって」
一瞬考え込んだ隙に、チャムは斬撃を滑り込ませて慌てさせる。
「ほら、こんな単純な手に引っ掛かる」
「ちっ!」
(幾ら使えると言っても、おつむが残念な感じじゃねぇ)
負ける気はしないが、踏み込めば踏み込んだで思いもかけない反撃が来そうで躊躇わされる。
「後ろを見て見なさい」
「今度は騙されないぞ」
「まったく」
チャムは剣を下げてブルーを後退させる。
後ろを振り返ったデュナークの目には、打ち倒された彼の取り巻きが転がっている姿が飛び込んでくる。
「いつの間に!?」
「あんたが手間取っている間によ」
そう言っている内に、カイがチャムの横に付く。二十対二の筈があれよあれよという間に二対一になっていたのに今更気付いたようだ。
「大物ぶっているようだけど、その程度ではこの人に挑むのも無理ね。戻って蛮王に伝えなさい。ギルドには魔闘拳士が付いているから無駄だって」
「魔闘拳士!?」
目を大きく見開いたデュナークがブルブルと震え出す。
「嘘だ!!」
「そう思うのは勝手だけど……」
言い終える間もなく獣の表情で斬り掛かってきたが、薙刀が一閃し中程から剣身が断たれて落ちる。
「それで戦えなくなったでしょう? 大人しく仲間の面倒を見ていなさい」
二人はセネル鳥の頭を返すと駆け去っていき、悄然とした銀髪の男だけが取り残された。
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