耐久戦術

 行進してきた帝国軍は停止した。


「ほら、止まりましたよ」

 暁光立志団のゼッツァーが正面を示す。

「そりゃ、止まるわよねぇ」

「これで相手を殺さずとも西への港には辿り着けなくなりました」

「そうかしらね?」

 疑問を呈すチャムに彼は不審げな顔をした。


 一刻後、睨み合いが続く中、魔闘拳士がやってくる。


セネル鳥せねるちょうが疲れてしまいます。休憩させても良いですか?」

 皆、ずっと騎乗状態なのである。

「油断すれば攻撃してくるかもしれないではないか? 痺れを切らせば襲ってくるとお方様が警告をくださったはずだぞ?」

「でも、この状態がずっと続けば精神的にも消耗しますよ。いざって時満足に戦う事さえ出来ないかもしれません」

「緊張を強いられているのは相手も同じだ。疲れ方も同じだろう?」

 彼には、待機状態で身体を休める方法があるとは知り得ない。

「では、せめて戦隊ごとの交代での監視に切り替えては?」

「仕方ない。ただ、もしもの時はすぐに動けるのだろうな?」

「半数以上が従軍経験のある戦闘職です。心配ありません」

 渋々了承すると、まずはゼルガ戦隊九千が正面に出て監視を続ける。


 獣人戦隊は戦力を二万六千にまで落としている。

 それは家族持ちを中心に二千を割き、北の西部連合へ向けて非戦闘員を旅立たせたからだ。全てではなく衛生部隊と配給部隊は千ずつ残っているが、七千の非戦闘員を二千の護衛部隊が率いて北上していった。

 従ってゼルガ、ハモロの両戦隊はそれぞれ千減らしている。


「どうぞぉ」

 チャムの元へフィノがお茶を持ってくる。彼女は動かない暁光立志団に付き合っているのだ。

「ありがと。しっかり休めてる?」

「くつろいでますよぅ」

「ゆっくりね。どうせ動かないから」


(やはりチャム様もそう思われているな)

 ゼッツァーは賛同を得られていると感じて拳に力を込める。

(君のような無惨なやり方をせずとも目的は達せるのだ、魔闘拳士)

 彼は心の中で勝ち誇っている。


 冒険者グループの元へも配給隊の少年少女がやって来て、軽食や水を配っていった。

 彼らは魔闘拳士に従うのを光栄に感じて、自ら志願して残った者達。なので、活力に溢れている。ゼッツァーはその意識も塗り替えてやると意気込んでいた。


 交代で前に出てきたのはハモロ戦隊。チャムは「休むわ」と言って下がり、代わりに赤毛の美丈夫と獣人魔法士がやってきた。


「なあ、フィノ。今度街に行ったら何が欲しい? ペンダントはこの前贈ったし、耳飾りも買ったろ? つ、次は指輪なんてどうだ?」

 大男は干し肉をしがんでいたり、隣の犬耳娘にこうして話し掛けていたりと不真面目な様子。

「指輪は要らないですぅ」

「うぉぉ……」

「だって杖術の邪魔になりますもん」

 一瞬頭を抱えたトゥリオはすぐに生き返る。

「そ、そうだよな。ロッドに当たっちまうもんな?」

「カイさんからいただいたロッドに変な傷はつけたくないですぅ」

「そうだ! 尻尾にリボンとかどうだ? 結んでやるから」

「嫌ですぅ。恥ずかしいですよぅ」

 敏感な場所に触れさせるのが恥ずかしいのか、彼女は真っ赤になっている。

「旦那、旦那」

「何だ?」

「この嫌は本当の嫌じゃないですぜ? 狙い目です」

 オルモウが耳打ちしている。

「そうだよな? ここは押すところだよな」

「君達……、もう少し真面目には出来んのか?」

「そう堅え事言うなよ。こっちから仕掛けるんでもねえのに」


 暁光立志団の面々もこのいちゃつきぶりに半目になっている。魔法士女性のフレイエスだけは羨ましそうにしているし、それを見てモリオンは苦笑しているが。


(彼も釘付けに出来ていると思っている。魔闘拳士はいい顔しなかったが、仲間は私の策に賛同しているではないか。彼が認められているのは武威だけなのではないか?)

 一見、信頼し合っているように見えていてもどう思っているかは分からない。離れる事でそれが表出しているのではないかと団長は思った。


 三番目はロイン隊。だらけ具合が半端ではない。眠っていた者もいるのか欠伸混じりにやってくる。

 その筆頭からして不真面目極まりない。


「~♪」

「ちゅり~♪」

 魔闘拳士は鞍の上に立ち上がって踊る薄茶色の小動物の前肢を持つと、鼻歌でリズムを取っている。それに合わせて小動物の踊りは激しくなり、小さな跳躍まで入り始めていた。


「あはは~。リド、上手ね~」

 跳ねて戦隊指揮官の少女の鞍に飛び乗ると同じ振りで踊り始め、更に跳ねて副官の狼獣人の鞍に達すると、男は鞍を手で叩いてリズムを刻む。

「ジャセギ、リズム感も良い~」

「褒められるほどではない」

 謙遜を返す。

 そうしているうちにセネル鳥達も歌い始め、盛り上がりに隊員達が集まって喝采を送った。


 昼前になって騒ぎも収まり、また寛いだ空気が戻ってきた頃に、青年は鋭い視線を帝国遠征軍に向けていた。

「指揮官殿、動きます」

「みたいですね」

 距離があって号令などは聞こえてこないが、一部の座り込んでいた兵士も立ち上がりにわかに動き出している。


(ち! とうとう戦う気になってしまったか? そのままなら戦闘になどならなかったというのに!)

 ゼッツァーは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 ところが遠征軍は南側に迂回しようと転進する気配を見せる。

 それに合わせて魔闘拳士が腕を上げてハンドサインを送ると、誰も声一つ上げずに速やかに騎乗し、獣人戦団も南側へゆっくりと移動した。

 避けていこうとした帝国軍は当然進路を妨げられた形となって再び止まり、動かなくなってしまう。


「さぁ、交代交代」


 一刻経って前に出てきたゼルガ戦隊に合わせてロイン戦隊は後方に下がっていく。擦れ違い様に魔闘拳士がチャムに何かを渡していた。


「チャム様、先ほど帝国軍が迂回しようとした時に……」

 黒髪の青年は早くから注目していたのを問おうとする。何か見分ける動作のようなものがあるなら知っておきたかったのだが、早々に遮られた。

「ああ、あれ? 動くなら昼前くらいだろうって最初から言っていたのよ、あの人。あの規模の集団になると、意思決定に時間が掛かってしまうから」

「そういうものなのですね」

 団長は負けた気分になる。

「それよりお昼が配られるからあんた達も少し休みなさい。こっちを先にするよう段取りしておいたから」

「感謝いたします」


「頑張っているあなた達にはご褒美だって。味わいなさい」

 チャムが青い板状のものを割っては暁光立志団の騎鳥の嘴に咥えさせる。ゼッツァーの灰色の通常セネルも咀嚼していたが、ぶるぶると震えるとキューキューと騒いで彼女の後を付いて回ろうとし、必死に押さえなければならなかった。

「駄目よー。それだけで満足なさい。ご褒美にならないでしょ?」

 麗人は微笑んで嘴を撫でてやっていた。


 その後も夕刻前に今度は北側に迂回しようと動いたが、阻止して一陽いちにちが終わった。


   ◇      ◇      ◇


 夜間は危険なので距離を取って夜営をする。


「やっぱ団長の言う通りだってーの! 連中動けなくなったぜ。そのうち諦めんだろ? 怖がってんだからな」

 魔法具コンロで焙った干し肉に嚙り付きながらロドロウが聞こえよがしに騒いでいる。

「油断するな。数では劣っているのだ。それを相手がどう捉えるか分からない」

 判断が遅いと言ったチャムの言葉がゼッツァーに影響を与えている。


明陽あすには動くかもしれない)


   ◇      ◇      ◇


 翌陽よくじつも状況は変わらない。

 戦団は遠征軍の前に交代で陣を組んで移動を阻止する。やはり我慢比べになるとゼッツァーは考えていた。


 相手が夜営の準備に入ったのを確認して戦団も陣を下げる。再び距離を取っての夜営だ。


 そして翌朝、暁光立志団団長の目の前に遠征軍の姿は無かった。

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