威力偵察
「って、それ何?」
チャムは青年から出た単語に首を捻る。
「威力偵察っていうのはね、敵方の戦術を見極めたい時に、一度攻撃を加えてみて出方を見る作戦行動の事を言うんだ」
「で? それをやってみようって言うの?」
「うん、この前並進した時の様子を見たよね? 警戒はしている癖に極力無視するような行動をしたでしょ?」
確かに戦意など欠片も感じられなかった。
「連中、俺らに遭遇しても交戦するなって命令されてんだな?」
「その可能性が高い」
「たぶんそうですぜ。ありゃあ単なる警護戦力だ」
トゥリオの意見にオルモウも賛同する。
帝国正規軍のうち、彼らが違和感を感じ海兵と断定したのは半数ほど、一万に過ぎない。他の整然と行進しているのは正規軍の歩兵一万と、掻き集められた領兵一万だと思われる。
つまり、後者の二万は海兵一万を無事に送り届ける為に付けられた戦力だと言っているのだ。
「いざって時には戦うけど、出来るだけ戦わずに済ませたいって訳さね」
ミルーチは指を交差させて「交戦せず」を示す。
「でも、放っておくと海を渡っちゃいますもんねぇ」
「そりゃ困るから止めなきゃなんねえが、相手に交戦意思が無いってのがバレると、また奴らが騒ぎ始めそうだな? 戦わなくて済むなら戦うなって」
「あの手合いは、口では大きな事を言うが見えているのは目の前だけだ」
ジャセギが重々しい口調で言う。
「あんた、連中みたいなの嫌いだもんねぇ、きしし」
「こら、からかうな、ミルーチ。ジャセギは有言実行を信条にしてんだから」
「んふふ~。ジャセギ、格好良い~」
ロインはまたペタペタと副官の腕に触る。ゼルガは気が気ではない。
ハモロは男女分け隔てなく友人付き合いするタイプだが、ゼルガは違う。彼は男女の感情があってロインと行動をともにしているのだ。
金髪犬娘は気付いていない訳ではないが、今は仲を進める気は無さそうに見える。この幼馴染の三人で何かをするのが楽しくて仕方が無いのだろう。当分は結論を出す気は無いと見える。
「それじゃ、変に勘繰られる前に偵察だけ済ませちゃおうか。ロイン、良いかい?」
彼女は大きく手を挙げて「はーい!」と元気よく答えた。
「では行こうか、司令官殿」
「頼みますね、ジャセギ」
カイはこの実直そうな男を信頼しているように麗人には見えた。
◇ ◇ ◇
ロイン戦隊が戦団から離れて動き始めると、後方からゼッツァーが駆けてくる。
「未だ方針は決まっていない筈ではありませんか? なぜ勝手に動くのですか? あんな専横をお許しなるべきではない!」
チャムが立ちはだかると畳みかけるように言い募ってくる。
「専横って、あの人が司令官だって何度も言っているでしょう? 決めるのも、そして責任を取るのも彼なの。解りなさい」
「貴女様は存在の格そのものが比較にならないのです。ご命じになるだけで宜しいのですが」
「じゃあ、命じるわ。大人しくそこで見てなさい」
暁光立志団団長は自縄自縛に陥った。
◇ ◇ ◇
カランバン将軍は全軍を停止させると防御態勢を取らせた。
(見逃す気は無いという事か。忌々しい連中め)
前方に待ち受けていたのは獣人軍。
(交戦は回避できんか? 待て、少ないぞ?)
遠見の魔法を使わせて観察すると一万もいないようにしか見えない。
「警戒を厳にせよ!」
少ないという事は、別の場所から仕掛けてくるということ。確認出来ないのは逆に危険を感じる。
すると、獣人軍が動き始める。騎鳥隊は駆け足で接近してくると、南側を擦り抜けていく。見れば武器も抜いておらず、彼にはその意図が見えない。
更に反転すると、後方から再び接近してくるが何もする気配が無い。領軍兵士が色めき立って武器をかざすが、嘲笑うようにその鼻先を掠めていく。
(これは挑発しているな)
何度か接近離脱を繰り返すが、一向に攻撃してこない。
カランバン将軍は掛かってやるものかと身構えた。
◇ ◇ ◇
「何をやっているんですか、彼らは?」
ゼッツァーが問い掛けてくる。
「ん? 偵察よ」
「なんだ。急に飛び出していくから、また戦闘に向かったのかと思ったではありませんか」
(急にいきり立つような人に言われたくないでしょうね、彼も)
青髪の美貌は心の中で肩を竦める。
(それにしても、やっぱり亀のように守りを固めて動かないわね。少しは迷彩掛けようとは思わないのかしら?)
どうしても疑問に思ってしまう。
行軍の意図を隠そうとするなら多少は挑発に乗っても良いと思う。そうでなければ、海兵を送り届けるのが主任務だと容易に露見してしまうからだ。
衝突した振りをして、それほど損害が出ないうちにさっさと退いてしまえばいい。それなら単に臆病な司令官だと思わせるに留めるのも可能。
「帰ってきやすぜ」
オルモウの指摘に視線を戻せば、ロイン戦隊は大きく反転して少し前方に向かって移動を始めた。
「いいわ。全体前進!」
丘陵の上に戦団を隠していたチャムは、その姿を遠征軍の前にさらした。
◇ ◇ ◇
距離を取って夜営時に、再び作戦会議に入る。
「やはり挑発には乗らない。命令を徹底されている」
ジャセギが近くから見た感想を口にする。
「ツンツンだったけどガッチガチだったよ~」
ロインの表現は非常に抽象的だ。彼女に偵察を任せてはいけない。
「想定通りだった訳ね。それは良いのよ」
「何か気になる反応があったか?」
トゥリオの質問を機に、あまりに想定通りの反応なのが気になる旨を告げる。チャムの目には当たり前が不自然に映ったのだ。
「軍人さんなので命令に忠実なのではぁ?」
全くの素人のフィノはそこを疑問に思わないらしい。
「そうじゃないんだよ。あれそのものが挑発なのさ」
「どういう意味?」
また、大きく跳んだ発想であろうカイの言葉に疑問を投げ掛ける。
「おそらく首脳部の考えとしては、今回の海路出兵は本気じゃないんだよ。僕に対して、あまり帝国内を掻き回すならこちらには背後を脅かす準備があると言いたいんだろうね」
「じゃ、帝国は旦那に本気度を示す為に二万も兵を動かしたって訳ですかい?」
「だろうな。ディムザならやりかねねえ。あいつは兵で国境や情勢じゃなく心理を動かそうとする」
トゥリオの言に副官達は息を飲む。
「
「その思惑をあなたに悟らせる為に厳命しているのね? いえ、もしかして意図的に愚直な将を選んだのかしら?」
「両方かな? だから手堅いよね、戦い方が」
カイも対処に困っているのか頭を掻いた。
「では、あの軍勢はこちらから仕掛ければ反撃してくるかもしれませんが、何もしなければ攻撃はしてこないという意味ですね、チャム様」
ゼッツァー団長がやはり思わしくない方向性の意見を入れてくる。
「それはあくまで我々に対しては、という話よ。出航させれば派兵先では思う存分に暴れる事でしょうね? 見逃せっていう意見は聞けなくってよ」
「私にもそれくらいは分かります。ならば足留めをするくらいは容易なのではありませんか?」
彼は新たな戦術を提示してくる。
それは我慢比べ。向こうからは攻撃する意図が無いのなら、軍勢の前に戦力を並べるだけで行軍を阻止出来るという作戦だ。それを続けていれば諦めてしまうのではないかと言う。
「もしかしたら痺れを切らして攻撃してくるかもよ?」
愚直な将であるほどに、任務は遂行したいとも考えるかもしれない。
「その時は仕方がないので戦うしかないでしょう。その為の備えは必要でしょうが」
既に彼の頭からは、この獣人戦団が各国の支援を受けて運用されているという頭は無い。大量の物資を消費しつつ行動している自覚が無いから我慢比べなどという発想が生まれる。
それが分かっていながらもチャムは目線で問う。
カイは苦笑しつつも首を縦に振って見せた。
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