軍勢の目的
大陸の南に広がる南海洋は、低緯度帯に位置する為に常に強い風にさらされ、基本的に荒れ模様である。これに地軸の変位が加われば、季節によっては穏やかな顔を見せてくれる筈なのだが、この惑星は地軸が傾いていない所為でともかくずっと荒れている。
北海洋は基本穏やかなのだが、地続きであるか或いは大森林に覆われていて接岸出来ないかという状況で、戦艦の運用に意味が見出せない。海戦能力を保有する国も少なく、遠距離攻撃手段もなければ、艦艇をぶつけ合って争うような必要性もない。誰もそんな予算ばかり掛かる非効率的な手段はとらない。
なので戦艦は積載能力ばかりを問われて大型化するだけの船になっている。
それも南海洋での運用には危険が伴う。端的に言えばいつ沈んでもおかしくない。海の荒れ具合でそんな危険と隣り合わせの運用なのだ。
必然として人を乗せるのも憚られる事になる。
帝国は、戦艦の建造を帝都ラドゥリウスの東のネレン湖で行っている。
湖とは名が付いているが要は
好条件がそろっているネレン湖海軍工廠なのだが、そこからドゥカル海軍基地への航行には危険が付いて回る。そこから海兵搭乗で乗り出すのはかなりリスクの高い賭けになってしまうのだ。
戦艦の建造には相当額の予算が掛かる。しかし、海兵の育成にはもっと予算が掛かっている。同時に失えば損害は計り知れない。
結果として、別の経路で目的地に向かってもらうのが良いと海軍首脳部は考えるのだ。
ロイン戦隊の副官ジャセギは、上官の少女に説明して聞かせた。
「良い声~。好き~」
当のロインは聞き惚れていたようだ。
「……内容は理解出来たか?」
「聞いてた~。ちゃんと聞いてたよ~。だからあんなにずらずらと並んでたんだね~」
「解ってくれればいい」
ぺしぺしと腕を叩かれて微妙な表情の狼獣人。
「ともあれ確定みたいですね。あとは目的なのですが……?」
少なくとも
◇ ◇ ◇
「海兵は陸路で移送されているって事は、今頃戦艦もドゥカルに向かっているって事よね?」
この辺はチャムも管轄外で首を捻っている。
「単に海軍基地に配置転換って可能性も無くはありませんが、そう考えるのが普通って訳ですぜ、姐さん」
「だとすると海路で派兵する意図よね? でも……」
「うん、ホルツレインは帝国との和平合意が目前というとこだね」
オルモウは彼女の事も
「本当かい、それは! じゃあ、二枚舌じゃ!」
「そうでもないんですよね」
知らなかったミルーチは驚嘆する。彼らがホルツレインを本拠地にしているのは有名な話なのでそう思い込んでいるのだろう。
「標的が西方でなくとも、海から攻められる場所で、僕と縁深い国があるんですよね」
「メルクトゥー! あれはメルクトゥー王国を狙っているんですか?」
義憤に燃えるゼルガが大きな声を上げる。
「そこしかないだろうね」
メルクトゥーを攻められるのはカイとしても難しいところだろうとチャムは思う。
ホルツレインも同盟国が攻められているのなら出兵に動こうとするだろう。ただし、現在和平協議中の相手国となれば一方的に参戦するには躊躇いがあるはず。最終的には参戦するだろうが、その少しの遅れだけで帝国にとっては十分だ。メルクトゥー深くに侵攻するのも可能だろう。
そうなればカイも動かざるを得なくなる。体よく東方から追い払える算段だ。その間にどのような戦力展開をするかは帝室の胸一つとなる。
「汚い。これが帝国のやり方なのか?」
ハモロの尻尾も派手に膨らんで怒りを表す。
「それも戦争というものなのよ。真似しろなんて言わないから、相手が何をやってくるか分からないというのだけは覚えておきなさい」
「分かったよ、チャム。ならば決まりだ。今度はあれをぶっ潰す!」
「見て分かったと思うけど、彼らには獣人戦団に対する戦意は無いよ。戦う必要はあるのかな?」
カイは狼獣人少年に問い掛けた。
「う……、うん。……ハモロは西部連合まで戻ってからも、一兵として戦うつもりだ。今の帝室を討たないと獣人に穏やかな暮らしなんて望めない。それならハモロは命を賭けられる」
「旦那が獣人の為に戦ってくれるなら少年だって旦那の為に戦うって言ってますぜ? そりゃオルモウだってそうだし、旦那は戦えって号令掛けてくれるだけで良いんでさあ」
「往生なさい、カイ。あなたはもうあまりにも多くのものを背負っているの。彼らの思いくらい飲み込んでしまいなさい」
瞑目して深い溜息を吐く黒髪の青年をチャムは促す。
「分かった、ごめん。力を貸してください」
「応!」
多くの答えが呼応した。
「そうとなりゃ、どこでぶつけるかだな? あまり海軍基地に近過ぎりゃ、あっちからも増援が来るかもしれねえだろ?」
トゥリオが手の平に拳を打ち付けつつ言う。
「そうだね。最善は彼らに撤収を決意させるにしても……」
「だいたい二割以上削れば将軍も考え始めるね」
ミルーチが勝利条件を提示してくる。それにはオルモウもジャセギも頷く。
「それは兵士のうち二割を
「そう。二割を目途に
「……まさか殺せと言うんじゃないだろうな?」
割り込んだゼッツァーの声が低くなる。
「なぜ君達は殺す事しか考えない? 畏れ多くも神使のお方がおわす正義の軍がそんな血生臭い……」
「面白い事を言う男だね。あんたの仲間は負傷したら一
「そんな事はない」
普通は
「切り傷なら深くても
「だから殺すというのかね? どれだけ不毛なんだ!」
「不毛? 結果は出るよ。あんたみたいな冒険者は目に見える隣の仲良しだけ守ってりゃいいのかもしんないけどね」
ゼッツァーが怒気を強める。
「仲間を愚弄するか?」
「まあまあ、ミルーチ。いがみ合ったって話は進まないからそれくらいにしとけ」
「誰かが言ってやんないと、こういう手合いは分からないよ」
ここで大きく手を打ってチャムが割って入る。
「悪いわね。ここは退いてくれる、ミルーチ。彼には彼で守りたい矜持があるの」
「仕方ないね」
「ゼッツァー。殺したくないというのなら、それをやらずに三万の軍を反転させる方法を対案として出しなさい」
麗人が見つめると団長は目を逸らす。
「咄嗟には無理ですが……」
「それなら黙りなさい。ここは協議の場であって批判する場ではないの」
「
「了解!」
それで作戦会議は解散となった。
◇ ◇ ◇
「舵取りが難しいわね。ごめんなさい」
青髪の美貌は気に病んでしまう。
「思想の違う方が混じっているんだから仕方ないですぅ。チャムさんが謝らなくてもいいですよぅ?」
「そうだぜ。あんな青臭え事言われると、昔の俺を見ているようで臍が痒くなっちまう」
「それは気の所為じゃないかもしれないから綺麗に洗っておきなさい」
大男は舌を出して応じた。
「あなたもあれは無視して良いわ」
「彼らの意見はともかくね、皆は……」
覗き込むとその黒瞳は青白い炎を宿しているかのようだ。
「死なせない」
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