神使の謁見(2)

 クナップバーデン総領国の大使は、ようやく育ちつつある若手の文官のようで、如何にも頼りなさげだが商人出身らしき細やかさが感じられた。


   ◇      ◇      ◇


 メルクトゥー王国から派遣されたのは、小太りの外交政務官。

 宰相シャリアから色々と言い含められているらしく、汗を拭き拭き口上を述べた後に祝いの品を並べてきた。チャムからの感謝の言葉に露骨に安堵の表情を浮かべてひと息吐く。

 方針としてはホルツレインと同じで基本は直接交渉。彼は運搬役のようなものだろう。


   ◇      ◇      ◇


 ウルガン王国の大使は眼光鋭い辣腕紳士という風情で、今は控え目に祝いの言葉を述べただけだが、油断ならないと感じさせる。歴史ある国だけあって人材も豊富なのだろうと思わせる。


   ◇      ◇      ◇


 続いて案内されたのはメナスフット王国の大使。祝い口上の後には値踏みするような目付きで麗人を眺めてくる。


「我が国はアトラシア教と関係が深くありまする。となれば貴国とも浅からぬ縁はお有りでしょう? 今後も良き縁を繋いでおきたいものだと思いますれば如何に?」

 つまり、教会との関係は切っても切れないだろうから、自国を大事にすべきだと主張している。未だ安定を見ないメナスフットはゼプルを取り込んで再び人心掌握に利用したくて仕方がないのだ。

「そういった事項は後の会議にてお話させていただきます。それまでお待ちを」


 チャムは、はぐらかした訳ではなく、それが会議の中心議題であると考えている。しかし、彼は気に入らなかったのか、言葉もなく下がっていった。それが同等であろうとするメナスフットの背伸びを表している。


   ◇      ◇      ◇


 イーサル王国の大使は神経質そうな青年であった。新興国、それもこんな僻地に位置する国と嘗めて掛かっていたのか、壮麗な謁見の間に気圧されたようだ。唇を震わせて時折り口篭もりながら口上を述べると、鷹揚な麗人の態度に幾度も腰を折って退出していった。


   ◇      ◇      ◇


 ジャルファンダル王国よりの大使は実にさばさばとした様子の精悍な紳士で、求められる支援には応える用意がある事を告げると、にこやかに笑っている。チャムの礼に深く腰を折り、笑みを崩さなかった。


   ◇      ◇      ◇


 次にやってきたのはラムレキア王国の大使だ。

 その姿だけで王妃アヴィオニスの抜け目の無さがひと目で分かる。文官の儀礼服ではなく、軍服風の礼装を纏っているのは、しかして見目麗しい女性である。

 チャムの後ろに居るであろうカイの圧しを弱め、且つ同じ女性である麗人に対して話し易さを感じさせる人選。それでいて中身が劣るような間抜けはすまい。外交に於いても相当の手練れだと思ったほうがいい。


「……以上が国王陛下からのお言葉となっております。このウァーシュ・レルメンツ、女の身ではありますが貴国とも縁深き勇者王の御心とともに世界の平和の為に尽くす所存にあります」

「ご苦労様です、レルメンツ卿。こちらはいささか危険な地となりますが、心構えはありますか?」

 チャムもアヴィオニスの思惑は読めている。苦笑を噛み殺して探りの言葉を入れてみる。

「妃殿下はチャム陛下の周囲の方々のお力も高く評価されておいでです。そうであれば、わたくしが迂闊な行いをしなければ危険は無いものと信じております」


 言うまでもなく対応策くらい取られているだろうと言ってきている。こちらを持ち上げたうえで、もしもの事が無いよう釘も差してくるとは、やはり油断ならない相手だと思わざるを得ない。


   ◇      ◇      ◇


 ラルカスタン公国からの大使は少し特殊な色合いを帯びている。

 藍色の巻き毛の若い男はクウィンツ・ムルムウと名乗り、ひと通りの祝辞を述べた後はひたすらチャムの容姿を褒めちぎっている。兎にも角にも賛辞を贈る事で注意を引き、東方の小国を同列と認めさせる作戦のようだ。その為にこの口の達者な若者を選んで送ってきたと見える。

 放っておくと幾らでも喋り続けそうな男を手で制したチャムは、ラルカスタンの協力も必須だと説いて聞かせて、とりあえず下がらせた。


   ◇      ◇      ◇


 重々しい雰囲気を漂わせているのはロードナック帝国の大使、テオルゼ・エウリオーノ子爵。最初から不機嫌な様子を見せている。聞くに彼が連れて来ようとしていた護衛役の同行をエルフィンが拒んだのだと言う。


「案内役のエルフィンには、危険人物の同行は禁じていました。その所為だと考えていますが心当たりはありませんか?」

 ムルダレシエンに確認を取らせたチャムは拒否の理由を聞いたが、本人にも一応尋ねてみる。

「護衛役です。当然武器くらい帯びているでしょう? それとも他の方々は護衛の一人も連れていらっしゃってないとでも?」

「いいえ、そんなことはありません。この場までの同行は遠慮してもらっていますが、それぞれお連れになっています」

「では、なぜ私だけ認められなかったのですか?」


 簡単な話だった。彼が同行させようとしていたのは夜の会ダブマ・ラナンだったからである。

 特殊な訓練を受けた間諜は普段ほぼ気配を感じさせないが、それでは不審がられるのは分かっているので当然変装した上で意図的に見せ掛けの気配を帯びていた。

 しかし、身に付いた特殊技能はそう容易に抜けるものではない。普通の相手なら気取られる事など無かったろうが、隠密行動や気配察知に長けたエルフィンにはひどく空虚に感じられたらしい。

 それで正体を看破した案内役はゼプルの傍に近付ける訳にはいかないので拒んだのである。


「もし本気でそう言っているのでしたら、我々を侮らないでくださいな。彼らは人々の中から巧妙に擬装した魔人でも見分けます。それが神使の一族ゼプルであり森の民エルフィンなのです」

 動揺など欠片も見せなかったテオルゼでも軽く目を瞠る様子が窺えた。

「致し方ありませんな。そこまでおっしゃるのでしたらこちらが退きましょう」

「ご理解もらえたようで幸いです」


 尊大な態度は崩さない。それが虚勢なのかまだ何か隠しているのかは分からないが、どうやら対応を変化させるつもりは無いのだろう。


「皇帝陛下は遺憾の意を表しておいででした」

 切り口を変えてくるらしい。

「なぜに神使の一族の方々は居を改める当たってホルツレインを頼られたのか? 大陸中を見回しても、国力、影響力、歴史、どれをとっても我が帝国が抜きん出ているのは明白でありましょう? その帝国に相談の一つもないままとは如何なる仕儀かと思われたようです」

「事の経緯を明らかにするつもりはありません。様々な要素があったのだとお考えを」

 彼女は頑として譲らない姿勢を見せるが、それで納得する気は無いらしい。

「皇帝陛下をお頼りくだされば、こんな辺境にての建国など有り得なかったとは思いませんか? 帝都ラドゥリウスにとはいかないまでも、我らの庇護下で活動いただければ最も安全に世界の平和に邁進出来ましたものを」

「今後の活動に関しては、後の議事にて説明差し上げるつもりです。何かご意見があるのでしたらその場でお願いします」


 チャムの横からムルダレシエンがひと言で議論に終止符を打つと、テオルゼも難しい顔のまま下がっていった。


   ◇      ◇      ◇


 これでひと通りの国々からの使節との謁見は終わって、青髪の美貌は長い長い息を吐いた。


 コウトギ長議国へも使者は送られたのだが、使節の派遣は見送られた事を総局長は彼女やラークリフト達に報告する。


『コウトギ長議国は、神使の一族への協力は惜しまない。ただし、魔闘拳士からの要請ありし時は何があろうと馳せ参じる』

 それが使者にことづけられた回答文書だった。


 親書にカイが一筆添えた結果がこれだったのだろうと思われた。

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