密林会議(1)

 場所を移して行われる会議は御前会議のような形式ではなく、女王チャムも同じ卓に着くという比較的近い形で開催された。

 議事の進行はゼプルからムルダレシエンが務め、ホスト国としてホルツレインのヒュンメル男爵が補助に当たる。引き続き、ラークリフトとドゥウィムがチャムの後ろに席を設けられて着いており、全体の陣容としては落ち着いた雰囲気での議卓となっていた。

 ただ、一部の国々の代表は女王の隣、議長の反対側に掛けている黒髪の青年の姿を不審に思っていた。


「では、私、ゼプル総局長を勤めております、ムルダレシエンが議事を進行させていただきます。とは申しましても、こちら側からは要求や要請、提案がある訳ではございません。お願いだけです」


 彼の口火を切る台詞に各国大使は意表を突かれる。

 神使の一族がその存在を明らかにするのであれば、当然今後の活動に関して支援を要請されると考えていたのだ。それに対してそれぞれの国家が第一の支援国となるべく、競争になると予想していた。

 各大使はどこまでの譲歩が可能なのかを示されてこの場に臨んできている。どの国も公認の正義の旗印に手を伸ばしているのだ。


「その、お願いとは?」

 次期ホスト国を虎視眈々と狙って、政務大臣自らが乗り込んできているフリギアのバルトロが疑問を口にする。

「大使館、もしくは情報局の分室を置きたいとお考えなのでしたら、我が国は喜んで受け入れましょう。もちろん施設等はこちらでご準備させていただきますし、物資や何でしたら生活全般を補助する人員も用意出来ますよ?」

「無論、我が国もだ!」

「我が国でしたら厳重な警備で保安上の問題もありませんぞ!」

 それぞれが激しい主張をし、半ば収拾がつかなくなるがムルダレシエンが手で制した。

「何度も申し上げますが、そういった要請はありません」

「では、何を?」

「通行の公認をいただきたいのです。ひと通り見学してもらってお解りと思いますが、我らの情報収集は森の民エルフィンが一手に担っております。今までは秘密裏に活動を続けておりましたが、我らが所在を明らかにするとともに今後は彼らも表立っての情報収集活動を行わせたく思っています」

 議卓の住人は呆れの空気に支配される。


 想定外だからでなく、或る意味当然の事だからだ。

 神使の活動を補助するのであれば、森の民の自由を保障しなければならない。国に拠っては、一定レベルの機密へ接する権利も譲歩条件に含めていたくらいである。


「国境関などの自由通行権及び、国内活動に於ける身分の保証をいただきたく存じます。彼らの移動や行動が阻害されなければ、必要な情報は勝手に収集します」

 全く以って当たり前の事を請われる。確かにこれはお願い・・・だ。

「それでは今までと大きな差異は無いように思われます」

 これまでは隠密行動だったのが目に見える形で行われるという事だ。差があるようでやっている事は同じである。

「あなた方が今まで秘していた存在や拠点を明らかにする意味は何なのでしょうか?」

「どうも誤解があるようです。今回の変化は我らの使命に纏わるものではありません」

 求められるもの次第で、他国と丁々発止の遣り取りが想定されると思っていた大使達は肩透かしを食らう。

「存在を隠し、独自の文化を堅持する形で活動を続けてまいりましたが、それで起こったのは停滞でした」

 ムルダレシエンは「衰退」という言葉を使わない。相手に弱みを見せる場面では無いのだ。

「変化に乏しい環境は、国際社会との意識の乖離によって使命の遂行に諸問題が生じつつあるようなのです。その解消の為の対応で、大陸の国々に対して今後働き掛けを強めたりする意図は無いのです」

「我々は何をすれば……?」

「差し出した手を取ってください」

 戸惑いの中の各国使節に対して、チャムはにこやかに交流を申し込んだ。


「私は何ら貢献を求めてはいません。神使の一族としてはこれまで通り、国際情勢に関与したり、皆様の国への内政干渉をしたりはいたしません」

 新しいゼプル女王は、国としての姿勢を示す。

「得たいのは公認と交流です。それ以上の意図は無いと思ってくださって結構です」

「それは国として立場を明らかにして、手を携えて魔王対策に当たっていきたいお考えだと受け取ってよろしいのですか?」

「情報の共有に関してはそれで構いません。各国の意にお任せいたします」


 情報を共有しようもすまいも任意であると言う。疑わしき情報でも、自国の不利益に繋がると判断するのであれば機密として扱うも自由という意味だ。

 そう言われてしまえば秘密にし難くなるものだが、言質を与えた形になる。


「それはどこまで信用出来るのでしょう?」

 疑念を表明したのは、帝国の大使エウリオーノ子爵である。

「これまでは秘密にしていたものを明らかになされたという事は、対魔王や魔人に関しては統括的な立場を望んでおられるのだとしか思えません。今後は勇者も貴国が管理下に置かれるつもりであられましょう? もしかしたら各教会も」

「そんな思惑はありませんわ」

 意外な事を言われたとばかりに、チャムは小首を傾げる。

「ゼプルは各教会と違って神々の意志によって生み出された特殊な一族なのです。人々が生み出した教会とは一線を画します。勇者に関しても支援以外の干渉を行うつもりは有りません。現状通り、教会の管轄で構わないと考えています。そのほうが彼らが超国家的活動をするには都合が良いでしょう?」

「そう思われているのはあなた方だけなのではありませんか?」

 この辺りで麗人も言わんとするところが理解出来た。

「勇者本人はそう受け取らないとお思いのようですね? 約束しましょう。勇者ケントを我が国に招いたりはしませんし、接触も避けるようにします。帝国民の彼に間違っても忠誠を求めたりなどしませんからご安心を」

「勘違いなさらないよう。確かに彼は帝国民でしたが、勇者に選ばれた時点で一国が独占など出来ない存在となっております。我が国にもそんな意図はありません」

 勇者を国益に資する存在として認識していると揶揄されたように感じた帝国大使は不快そうに反論する。


「まあまあ、お待ちくださいませ」

 仲裁の声の主は女性の声。ラムレキア大使レルメンツ子爵だった。

「女王陛下はどうも自らの生まれを安く見積もっていらっしゃる。お考えにもなってみてください。貴女様が差し出した手を誰が突っ撥ねる事が出来ましょう。わたくしどもから見れば、一族の方々は神に準じる存在に思えるのです」


 その手を跳ね除けようものなら、国は威信を失ってしまうと断言する。ましてや教会は何もかもを失うだろう。信用は失墜し、人々の心は離れる。事実上の終わりだ。

 ゼプルがその気になれば簡単に全教会を配下に置ける。宗教的に人心を掌握し、遠回しに国家の命運を左右するも容易いと主張する。


「これは極論であり暴論ですわ。ですが、印象で言えばそれほどのものだと御自覚いただきたいと思っております」

 ウァーシュはそう締め括る。

「分かりました。では、この後したためる条約文に各教会への不干渉も追加しましょう。それでよろしい?」

「女王陛下の御寛容に感謝いたします」


 他者の尻馬に乗って、不安を取り除く言質を引き出した形である。チャムは彼女の強かさにくすくす笑いをする。


「アヴィは虎の子を送ってきたのね?」

 人材不足を嘆いているばかりのラムレキア王妃にしては大盤振る舞いをしたものだ。

「お褒めに与かり光栄ですわ」

「今度何かで仕返ししてやるから」


 チャムは小さく呟いた。

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