密林会議(2)

 ここぞとばかりに譲歩を引き出そうとする各国の大使に、女王チャムは防戦一方。ホルツレインのヒュンメル男爵が自制を促すが、外交の猛者達は手を緩めない。

 それでも青髪の美貌は笑顔を絶やさず鷹揚に対応しているし、議長である眼光鋭い神使も時折り口添えするに留まり、激する様子は見せなかった。


 フリギアのテーセラント公爵バルトロは、この機に攻め入るような真似はせず情勢をつぶさに観察している。その気になれば攻め口は幾らでも思い付くが、今、麗人の恨みを買うのは得策で無いし、何より黒髪の青年が全く動かないのが薄気味悪い。

 この場面での軽挙は、後々手痛いしっぺ返しが有りそうで怖ろしくて仕方がない。


 だが、知らないというのは強いものだ。平気で火種を放り込んでくる者がいる。


「では、なぜこのように遠くへ移転なされた? 現勇者を支援するのであれば、その必要は無かった筈ですが? 当座は我が帝国を頼ればよろしい」

 エウリオーノ子爵のその言葉に反応したのはカイだった。

「おや、異な事を。まるで帝国の方々はゼプルの所在をご存知だったかのようですが?」

「…………」

「自らの発言がご理解出来ない? 困りましたね。帝国内で神使の設備が奪取されて破壊された事があったとお聞きしました。その時に何か掴んだのでしょうか?」

 この揺さぶりには如実な反応が帰ってきた。

「破壊などしていない! 勝手に自壊したと報告書にあった! 捏造するのはやめていただこう!」

「残念ながら奪取したのは事実のようです。人類の仇敵、魔王と戦う神使の設備を奪おうとするとはどういう了見なのでしょう?」

「う、ぐ……!」

 帝国大使に非難の視線が集中する。

「先ほどは同調しましたが、これは聞き捨てなりませんわね?」

「そうだな。方々の活動を妨害するという事は、魔の陣営に利する行為だ」

 ラムレキアのウァーシュに続いてバルトロも難しい顔をし、他国の大使達も口々に批判的な意見を述べた。


「貴様……!」

 険しい視線が向くが、カイは全く堪えた様子を見せない。

「八つ当たりは止めてくださいね? 原因を作ったのはそちらです」

「技術を秘匿し続けた神使の側にも問題は無いのかね!? 魔王を人類共通の敵とするのなら、協力は不可欠な筈だ!」

「なぜ秘匿するかですか? 簡単な話ですよ。活動の助けとなるように開発した技術を、人はすぐに戦争の道具にしてしまうからです。ゼプルは人殺しの道具を作っているのではありません」

 理屈をこねるテオルゼ大使を一蹴すると、厳しかったチャムの表情も和らぐ。何よりその発言内容が彼らゼプルの救いとなる。

「好き勝手を抜かしおって! そもそも貴様は何者だ!? 神使ではあるまい!」

「違いますが、今はゼプルの側の人間です」

「大体、この茶番は何だ! ホルツレインから何を貰った!? 本来、神使の一族は我が帝国とともに勇者を盛り立てて魔王を倒し、それを世界中に知らしめるのが在るべき形ではないか!? 今からでも遅くは無い! 帝国に属すると言えば、皇帝陛下は寛大にもお許しくださるだろう! 考え直すべきだ!」

 声高に無理を通そうとするが、それを許す青年ではない。

「そしてゼプルの魔法技術をも奪おうとするんですね? あの組織に何を言い含められてきましたか?」

「……何の事か?」

「『夜』を一つ潰したくらいでは懲りませんか?」

 凄みを僅かに利かせるカイに、テオルゼ・エウリオーノ子爵は椅子を蹴立てて立ち上がる。

「黒髪黒瞳の男に青髪の麗人! 貴様、魔闘拳士か!?」

 その事実を知らなかった大使達に動揺が広がった。


 三者三様の反応が見られる中で、帝国大使の面が怒気に染まっていく。

「神使の一族は何を考えていらっしゃる! そやつは皇帝陛下が認めたる敵! しかも神ほふる者、神敵ですぞ!」

 わななく指を黒髪の青年に突き付けつつ吠え立てるテオルゼ。

「許しがたい悪逆の徒がなぜこのような場所に居る! 出て行け!」

「自重していただこう。貴殿の行いは礼に欠けている」

「なぜ落ち着いているのだ!? 罪人が紛れ込んでいるというのに!」

 更に捲し立てようとする彼を黙らせたのは、チャムが議卓を平手で軽く叩いた音だった。

「黙りなさいと言っています。それ以上言い募るなら、ロードナック帝国は我らゼプル女王国との国交の意思なしと見做しますよ?」

「なぜ!」

「私のゼプルの騎士の名誉を傷付けるなら、神敵はどちらになると思われますか?」

 その言葉に帝国大使は愕然とする。

「『ゼプルの騎士』ですと? それは問題ですぞ? その者は我らが敬愛する第二皇子殿下を手に掛けた。殿下を弑したのは神使の一族の意志だとでも?」

「私の身に危険が迫れば行動するのは当然です。見解は分かれると思いますのでここで議論しても仕方ありませんが」

 テオルゼが自国の正当性を主張し始めるのを封じる。

「そもそも根本の部分に誤解があるのです。神々はひと柱として欠けてはいらっしゃいません。『神ほふる者』というのは、それを可能とする者という意味です。実行するかは別問題。これは国としてでなく、私個人の公式見解だとしてくださって結構です」


 彼女はそう言うが、神使の一族側は誰一人として異論は挟まない。そうなれば暗に国としての公式見解だと理解せざるを得ない状況だ。


「そういった誤謬の解消の為にも我らの一族は開かれた国を興し、人々に御神の御意思を伝えなければと思っています」

 自分達にはその能力があるのだと示す。

「き、詭弁だ! それでは神使の思惑を神々の意志として伝えるのも容易いではないか! ゼプル女王国は世界を手中にしようとしているのか?」


 白けた空気が流れる。出席者にしてみれば、お前がそれを言うかとの思いしかない。

 それに、ゼプルにそんな意図があるのなら、大陸はとうに彼らの支配下にあるだろう。それが分からないくらいにテオルゼが激している。そうとしか見えない状況だった。


「少々お言葉が過ぎますぞ、帝国大使殿。落ち着いていただかねば話が進まない。なんでしたらムルダレシエン殿に休憩を挟むようお願いするが?」

 バルトロが取り成すように言うが、彼は明らかに冷静さを欠いた様子で睨み付ける。

「無駄だ! こんな議論など無駄でしかない! 魔闘拳士の罠に嵌って帝国を貶めようとするのだな、貴殿らは! 帰らせてもらう! 冗談ではない! こんな状況で結ばれた条約など帝国は認めんぞ!」

「残念ですが仕方ありません。エウリオーノ子爵殿を丁重にお送りしてください」

「結構! 自分の足で帰れますぞ!」

 足音高く出て行こうとする。

「それは無理です。敷地を一歩出ればここは魔獣の巣ですよ? あなたは武術の心得がおありですか?」

「く……、馬鹿にす……、さっさと送ってもらおう! 無駄足だった!」

 拒もうとするが、それでは命が無いくらいの判断は付いたようだ。


(どうやら帝国は攪乱の意志しかなかったようだな)

 退室していくテオルゼを眺めながらバルトロは思う。

(魔闘拳士殿が刺激したとは言え、あの程度で激するようでは外交は務まらない。お粗末極まる対応しか出来ない人物を送り込んできたという事は、掻き混ぜるのが目的だったって事さ)

 目を移せば、カイが溜息を吐いているのが見える。

(思惑通り追い払ったってとこか? いや、もう少しマシな人間が来ると思っていたのに当てが外れた落胆か。さて、どちらにせよ、ここからが彼の真意を引き出す本番だって事だ)

 侮れない相手との対峙の始まりだ。


 フリギアの切り札バルトロは気を引き締め直すのだった。

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