神使の謁見(1)

 神使の一族からの親書で招集に応じた大使や名代は、未だ嘗てない特殊な体験をする。


 移動法に関して異論を唱えたり追求しない事を誓約させられた彼らは、街壁外の人気の無い場所まで連れ出されると、森の民エルフィンが宙に光の文字を綴るのを見る。次に気付いた時には、見慣れない個室のソファーに座っていた。

 突然姿を現した伝承の住人達からの説明で、使者は幻覚魔法を掛けられ操られた状態でそこへ連れられて来たのだと説明を受けた。

 精神操作の魔法という犯罪捜査等に用いられる魔法の使用という事実に驚きを禁じ得なかったが、実際に空気は変わり粘り付くような湿気を感じるのは認めざるを得ない。

 操られたという話に苦情を口にする者も幾名かはいたが、誓約を持ち出されては黙るしかなかった。


 小都市国家などには通知が送られただけに留まったが、主だった国には親書を携えたエルフィンが赴き、そして全ての国が応じた使者を送ってきている。

 まずは一組ずつが招かれて、この新たな国の女王との謁見を許される事になった。


 到着の早かった西側からの順で行われた謁見では、フリギアの使者が跪いている。

 彼らから見上げるように設けられた壇の上には、木製なれど荘厳な玉座が置かれ、儀礼服を纏った青髪の麗人が静かに腰掛けていた。その後ろには、多少は劣りはするもやはり壮麗な装飾を施された二脚の椅子に身体を預ける美しい男女の姿もある。


「この度は貴国の建国に際し、国王陛下よりのお祝いの言葉を伝えさせていただきます」

 発言の許しとともに口を開いたのはバルトロ・テーセラント公爵。フリギア政務大臣であった。

「このような場にお招きいただいた、身に余る光栄に打ち震えております。私、ラルヒム・ウェーベラントと申します。どうかお見知りおきを」

「ご苦労でした。急な招待に応じてくれた事、感謝しています」

 バルトロに続いて発言したのが外交政務高官の男で、大使となる公爵家の人間のようであった。

「女王陛下におかれましては、以前当国にお出でくだされた事も有りましたが、改めて拝謁の栄に賜れた幸せを噛み締めております」

 フリギア政務卿は声音を親しげなものに変えている。


 バルトロにしてみればチャムとの親交を強調したいのが本音だ。神使の一族、それも首長たる立場との繋がりは、何事に替えても得難いものがある。

 しかし、彼女が王都レンギアで誘拐されかかった事件の事を思えば、今は背筋を流れる冷や汗が止まらなくなる。その時にもしもチャムが何らかの被害を受けてしまっていれば、フリギアは今、立場を失っているかもしれないからだ。それ以前に魔闘拳士に滅ぼされているかもしれないが。

 そんな思いを抱えるがゆえに、むしろここでは女王との親交の深さを前面に押し出した弁論を展開しようとしている。この抜け目の無さが若くして切れ者と言わせる彼の所以であった。

 そして、バルトロは畳み掛けるように切り札を惜しげもなく曝してくる。


「そして、経験不足ではありますが、大使秘書官としてこの者を上がらせていただきたく存じます」

 儀礼服に身を包んだ女性が少しだけ進み出て礼を取る。

「このような場への同席をお許しいただき感謝しております。ご無沙汰しております。メイネシア・スタイナーにございます」

「畏まらなくても結構。見ての通り、この国では男女の尊卑はありません。遠慮無く十分に責務を果たす事を願っています」

「ありがたきお言葉、ご期待に沿えるよう努力いたす所存にございます」


 メイネシアは、トゥリオを除けばフリギアでチャムと最も親しい人間である。同性であるのを加味すれば、場合によっては美丈夫を凌ぐかもしれない。

 将軍であるスタイナー伯爵に頼み込んで彼女を借り出したバルトロは、今後のゼプル外交が成功するように、チャムの近くに彼女を据えてきたのだ。


 しかし、当の女王陛下の表情に変化は無い。威厳を保ったまま微笑を湛えた美貌で応じてきた。

 同じく壇の下、側方に聳える大理石柱の近くに控えているカイが顔を覆って肩を震わせている。失笑を零しているのだろう。だが、何と思われようと譲れないものがあるのだ。


 チャムが「のちに」と言い添えてくれたのにバルトロは希望を見出していた。


   ◇      ◇      ◇


「久しくあります。折々にお声掛けさせていただきましたが覚えてくださっておられると幸いですが」

 やはり王国との親交の深さを主張してきたのはホルツレイン使節の男である。

「今回、在ゼプル大使を命じられたケビン・ヒュンメル男爵にございます」

「ご苦労様です。ご覧のように煌びやかな宮廷とは無縁の僻地。不便とは思いますが、何かあれば申し出を」


 見覚えがあるかと問われれば微妙な人物である。外せない宮中晩餐会などではチャムの美貌に引き寄せられるようにやってきて声を掛ける貴族など後を絶たない。その内の一人だったのではないかと思う。

 その人選を見れば国王アルバートや政務卿グラウドは、在ゼプル大使を重要視していないのが分かる。建国における彼女の思惑を直に聞き意図するところを理解した彼らは、困り事があれば直接伝えてくれればいいと言ってきたし、それで事足りると考えているからだろう。


「とんでもございません。神使の一族の方々と近いこのお役目、如何に大事か心得ておりますれば、不平など欠片もございませんとも」

 ずいぶんと前のめりである。


 当人は王国首脳部の考えは理解していないようであった。

 この新しい役職、しかも正義の象徴たる神使の一族の国ゼプルの大使を勤め上げれば、今後の栄達は約束されたも同然と考えているようだ。

 彼のような、領地を持たず王国からの俸給で家を支えている貴族からすれば、出世への一本道に乗ったと考えたのかもしれない。


「手始めに程近い北辺府に、方々からのご希望を所管する外交部署を設けるよう上申しておりますれば、そちらが機能するまでは何事であろうと私めにお申し付けくださればこの身の及ぶ限り応じさせていただく所存です」

 事を大袈裟に進めようとしている。

「ありがたく思います。ですがそれは私の願うところではありません。そちらのレレム・エレイン北辺爵と図ってください。我々は北辺爵領に間借りしているようなものなのです」

「そのような事などお気になされる必要はございません。こちらでの建国は国王陛下の御裁定によるもの。北辺爵はそれに従うのが筋というものです。北辺卿もお解りであろうな?」

「ええ、心得ております」

 位階として同等であるのに頭ごなしな物言いは、相手が獣人と嘗めているのだろう。

「ですが物資の融通に関しては政務卿より配慮するよう直々にお言葉をいただいております。流通経路の計画書は数陽すうじつ中には届くとのお達しですし、物資保管庫の増設等、既にお話が進んでおりますれば、そちらでご不便を掛ける事は無いものと考えております」

「き、聞いておらんぞ?」

「政務卿が直接差配されておいでのようです。ですのでおそらくはそれ以外の部分が貴殿に期待されているのだとレレムは理解しているのですが」

 グラウドの名を出されれば反論の余地もなく、ケビンは「う、むぅ」と口篭もる。


 王国の期待する彼の役目が、ゼプルの様子を窺ってそれを報告するだけの連絡役だと気付くのには今しばらくの時間が必要かもしれない。

 しかし、宮廷で鍛えられたであろう弁舌は、チャムの両親の無聊を慰めてくれるのではないかと密かに期待している。


 彼女なりに、この大使の熱心さは買っているのだった。

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