密林農業
ゼプルとエルフィンは赤燐宮の内装を進めながら、敷地内の施設類の建設も始めている。チャムは全体の指揮を執っている。魔法局と技法局が全面協力する事でそれは迅速に建設中。
王宮に私室をもらったトゥリオとフィノは、内装に関しての要望を尋ねられて注文を出し、その手伝いをしている。合間には杖術の鍛錬も進めている。
カイも私室は与えられていたが、彼の場合は自前で何とでもしてしまうので誰も余計な口出しはしない。
隠れ里にあった各地への転移魔法陣を、赤燐宮地下の転移室に刻印する作業も
女王国領から
そこには地下転移室を作った時に発生した土砂が山と積まれている。運搬役の『倉庫持ち』のエルフィンに、そうするよう頼んであったのだ。
その様を確認して納得したように頷いた彼は、マルチガントレットを展開すると取り掛かる。とは言っても修行したりする訳ではない。これからするのは土木作業である。
まずは川に沿うように土砂付近の河原の石を外に掻き出していく。
ざっと石を掻き出したら、そこの大地に変形魔法を用いて立ち上げる。残土も利用した盛り土を台形に成形して少し固化させると、川沿いに土手が出来上がった。
氾濫を防ぐ堤防であるかのように見えるが、これはそうではない。
掻き出した石の下の土は土手に利用したので少し凹んでしまっているがこれも計算の内。今度はその石を平らに敷き均していく。大きな岩は土手向こうへ放り捨てながら、下流へ向けて傾斜が出来るだけ均等になるように小石を敷き詰めていった。
そこまででちょうどお昼になったので休憩に入る。周囲を警戒していてくれた
「お疲れ様。どんな感じ……、ってもうこんなに出来上がってんの!?」
長大な土手を見た彼女は驚きとも呆れともつかない感嘆を上げる。
「ここまでは大雑把な魔法で済む作業だからね。あっちのほうは良いの?」
「魔法局の研究所と技法局の工房も大体終わり。あとはそれぞれ要望出しながら仕上げていくでしょ。あまり口出ししたら煙たがられるだけ」
そう言いつつ敷物を出したチャムは包みを広げる。中にはエルフィンが作った肉挟みパンと、周辺で採集してきた果実が入っていた。
「手伝いを寄越さなくて良い?」
「こっちも
「ちーるー」
切り分けてもらった肉を啄みながら乾燥豆もパリパリと咀嚼しているパープル達の横で、肉挟みパンを抱え込んだリドは満足げに齧り付いている。甘辛いタレが汗をかいた身体に程よく感じる。
「ごめんなさい。もう少しゆとりがあると思ったのに、案外ばたばたしてる」
「気にしなくていいよ。僕はこうして自分の好きな事をしている」
彼女の今後の事を思って細かい部分には手出ししないと決めたカイには、じれったい思いをさせているように感じている。
「今は君が統率力を知らしめる大事な時、思う存分にやるといい。困ったら相談に乗るから」
「ええ、そうさせて」
だが、チャムは力不足を全く感じていない。
見事に物事を順序立てて進め、しっかりと結果を出す模範となる人物が目の前にいる。一番近くで見ていたと自負の有る麗人は、思い出してはなぞるようにする事で的確な指示が出来ていると感じていた。
この黒髪の青年から吸い取らせてもらった技能が花開こうとしていると思う。
「さて、もうひと頑張りしようかな。君の手作りだったらもっと力が出たんだけど」
悪戯げな視線にチャムも応じる。
「私の手料理が食べたかったら、早く仕上げて素材の供給に一役買ってちょうだい」
「気の長い話だなぁ」
「ちゅりりりー!」
リドの笑いにセネル鳥も呼応して鳴き声を上げた。
上流に移動すると切り欠き部分から川に向けて斜めに溝を作っていく。その発生土砂で下流側に小さな土手を作って水路を作り上げていく。
それを川の本流まで繋げると流れは分岐し、溝を伝って導かれる。土手の切り欠きから外に導かれた流れは、敷き均された小石の上に支流を作る。土手沿いの支流は終点まで流れるとまた土手に阻まれ、下流側の切り欠きから河原へと流れ込んでいっている。
土手の外側に幅
「あまり綺麗な水じゃないのね?」
支流の川面を覗き込んだチャムは感想を口にする。
コウトギで目にした張り水は高い透明度を持っていた。それは山水ゆえの事であって大河の水はそれなりに濁りがある。
「汚く感じるかもしれないけど、この水はすごいんだよ? 驚くほどの栄養素を含んでいるんだ。ミネラル分も山水に劣らないのさ」
この大河の水源は二つあるが、片方は鉱物資源の豊かな王太子領北部から流れて来ている。それにホルムト北の肥沃な大地を削ってきた流れが加わり、かなり高い栄養を含んでいる。事前に変性魔法の分析で確かめていたカイはそれに目をつけ、ここで張り水農法を試してみる事にしたのだ。
コウトギで手に入れてきたジャワナ麦は、おそらく地植えでもこの辺りなら育つだろう。ただ、連作は困難だと思われる。十分な収量を確保しようとすれば広大な農地が必要になってくる。
だが、今以上に密林を切り拓きたくないカイは、小面積で収量が高く、連作にも不安の無い水耕筏に着目する。必要になるのは幅広で作業のし易いくらいの水深の川。それを実現する為にこの支流を作ったのだ。
「あー、冷たくて気持ちいい。あら、もう魚が入り込んでいるじゃない」
密林は温度も湿度も高い。赤燐宮の中や各種施設には冷却の刻印が使われているが、外ばかりはそうもいかない。ちょうどいい川が出来ればチャムは躊躇いも無く足を浸す。
「ちゅり! ちゅちっ!」
「あははは、逃げられたー」
すいすいと泳いでいたリドが魚を捕まえようとしたが、軽く身を躱されている。
「落ち着いたらこの辺は釣り場にもなるよ」
「そうね! 楽しみ!」
「上流で
忙しさで染みついた硬い表情がほぐれたと思う。気晴らしに来たのだと分かった彼は、あまり建国の事に触れないでくれたのがありがたかった。
「もう戻らなきゃ」
名残り惜しくもあったが、何も言わずに見送ってくれるカイに手を振った。
それから青年は、浅くて広い木箱を作ると中に周辺で集めてきた土と腐葉土を混ぜて入れる。ジャワナ麦の種籾を蒔いて、縄で杭に繋げて支流に浮かべる。この辺りなら
あとは水耕筏の試作品を組み上げ工夫を施す。コウトギでは根が張っていない植え付け初期は
その試作品を浮かべて具合を見たところでその
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