未知の橋掛け
「構わないんですか?」
そうも言いたくなるというものだ。
ホルムトに戻って話を聞いてみると、新街道の開通巡察団にオーリー・バーデンの名前がある。新進商会とは言え、今やホルムトで王太子クラインの御用商人の名を知らない者はいまい。そのバーデン商会の会頭が、ホルムトを離れて国外への視察に同行するというのである。普通ではあり得ない話であろう。
「たまには商隊組んでも良いだろうが?」
呑気にそんな事を言ってくる。
「正気ですか? 飛ぶ鳥落とす勢いのバーデン商会を留守にするなんて」
「あー、心配せんでも下のもんが育ってきてる。任せりゃ良い」
「豪気ですね」
オーリーらしいと言えば彼らしい話だ。
常々、バーデン商会は彼一代限りで終わらせると言っている。
商売はオーリーが好きで始めて続けている事なので、タニアに婿を取らせてまで続ける気は無いそうだ。
だから、カイが突っ込んでくる仕事以外ではあまり手広くやろうとはしない。それでもルドウ基金からの受注と合わせただけで取引額は
「どっちかってぇと、メルクトゥーのほうが人任せに出来ねえんだよ。何せ海商を挟まねえ中隔地方との取引は初めてだ。幾分かは商習慣も違うだろ? その辺りを量りながら遣り取りするのは、うちの若い奴らじゃちーっとばかし荷が重い」
なるほどと思う。その辺りはカイには読み切れない世界の話だ。
「納得しました。僕はざっくりとしか考えていませんでしたので。もしかして、隊商暮らしが懐かしくなって無理を通そうとしているのかと思いましたよ」
「そいつが無いとは言い切れねえ」
会頭はゲラゲラと笑っている。
「言っとくが、お前だってルドウ基金の代表として出向くんだぜ。それなりの心積もりはしておけよ?」
「その辺は勉強させてもらいますよ」
実はそういう側面もあるのである。
カイは今回、新街道敷設工事計画に名を連ねていたから招かれているのだが、メルクトゥー王国からはルドウ基金による資本投入も強く希望されている。基金が行う各種事業の、メルクトゥー国内での展開を望まれているのだ。
カイ自身は別にそれほど乗り気ではない。しかし、そこに外交的側面がある為にグラウドやメルギット外務卿に頼み込まれており、イーラ女史やロアンザに無理を言う訳にはいかない以上動かざるを得ない。
「まずは木材の件、お願いしますよ?」
彼には視察の前にやっておかなければならない事もある。
「任せとけ。木材は街道工事で流れ込んだ分が市場に潤沢にある。良いとこを回してやるから」
「安心しました。さて、じゃあ久しぶりにタニアと一緒の旅だね?」
「五
今回の視察行。国王名代に立てられたのが、何とセイナである。
女性が国王名代に選ばれるなど前代未聞と言っていい。それは習慣上考えられない事ながら、ホルツレインでの彼女の名声は史上類を見ないほどに上がってきており、重臣から聞こえてきた反対の声もごく僅かだった。
その声も大多数に圧され、結局全会一致で決議されたと聞く。
「なかなか珍しい事ずくめの旅になりそうだね」
「うん!」
ホルムト王宮内は、この大事業の集大成となる巡察行に向けて動いていた。
◇ ◇ ◇
時は遡る。
神の啓示は他人事とする訳にはいかなかった。
仲間を叩き起こすとまではしなかったものの、明朝チャムは旅立ちを前にカイ達に相談する。
「『神
彼女は懸念を口にする。
「またずいぶんと厄介な通り名を追加してくれたものだね?」
「他もずらりと並べてくれちゃあいるが、そいつが一番解り易いだけに衝撃が強えだろうな?」
「国に拠って反応はそれぞれだと思いますぅ。でも、無視は出来ないと思いますぅ」
意見も様々だが、当事者に好材料が無いのは一致する。
「でもさ、色々と思惑が絡むだろうし、今のところは何をしたって取り越し苦労になる可能性が高いから忘れても良いと思うよ?」
「いや、忘れるのは無理だろうが!」
トゥリオのツッコミで一応の決着は付く。
(まあ、これで色んなのが釣れるだろうね。そこから目に付いた害になる魚を潰していけばいい訳だけども)
カイはそう考える。
神々の思惑もその辺りだと目星は付いた。
それに続けて、躊躇いがちだがチャムが到達したカイの正体に関する結論にも言及した。
「あー、なるほどなぁ。そう考えたほうが納得出来るんじゃねえか?」
「はいー、何かそう思ったほうが精神的に健全でいられる気がしますぅ。人間がドラゴンや神様と同じ領域に行けると思うのは何か冒涜のような気がしますしー」
自分の卑小さに思い悩まなくて済むのだろう。敵わないと思いつつも、向上心は捨てられない。
「そんな大層なものじゃないと思うんだけど?」
「あなたの感想の問題じゃないの。そう考えないと説明が付かないし、どう生まれつくかまでは幾らカイでも計算出来ないでしょ?」
「それを言われると抗弁しようがないね」
一気呵成に攻め込んだチャムに彼は降参する。
それらについては旅行きの間に考える時間は十分に有るだろうとの結論に至った。
その後は大事は無くホルムトに到着したのだが、冒険者徽章を掲げてくぐった街門の先で彼らは違和感を覚える。
街の喧騒に大差はない。むしろ活況は更に上がっているように思える。ただ、その質が微妙に変わっているように思えたのだ。
何かが欠けている。思わず足を止めてしまうよな変化に、彼らは耳をそばだてた。
そして気付く。目の前を大きな影が横切ったというのに、人々の声が耳に入ってくる事に。
本来であれば、馬車が横切ろうものなら車体の軋みや車軸の擦れる音、車輪が舗装路を噛む音などで人の声など一時的に聞こえなくなる。なのに、露店の売り込みの声などが遠く聞こえて来たりしているのだ。
つまり、馬車の機構の稼働音が極めて低いのである。今までは普通に聞こえてきた筈のギシギシガラガラといったそれらがほとんど耳に入って来ない。そして目を走らせれば、駆け回る各種の馬車の下部には見慣れた円筒の機構が取り付けられているのが見えた。
「ふぁっ! 馬車のほとんどに
フィノの驚嘆は当然のものといえよう。誰もこれほどホルムトが様変わりしているとは思わない。
「こいつぁ、やられたな」
「盗まれたわね。これは老師の仕業でしょ?」
試作品を強奪していった魔法院のアッペンチット老師の姿が思い起こされる。
「それだけじゃないね。もう一段階改良してあるみたいだよ」
普通は、せめてもの騒音振動対策に車輪に動物のなめし皮が幾重にも巻かれている。
しかし、街行く車体の車輪には赤茶色の帯のようなものが巻かれているのだ。それが消音に一役買っているのは間違いないだろうと思われる。
お陰でホルムトの喧騒は人の声がその主役に躍り上がっていた。
その中に「きゃっ!」とか「あれ、魔闘拳士様じゃない?」とか「赤毛の君もいらっしゃるわ!」とか混じっているのが聞こえる。この感じではそれが一気に拡散していくのは日の目を見るより明らかだ。
「マズいわ。逃げるわよ」
チャムの掛け声で、彼らは這う這うの体で
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